「猊下、猊下、お起きください。」
 んっ、誰だっけ? ああ、シュバリエさんだ。
 お手伝いする者がいないと大変でしょうから、とツェリ様がシュバリエさんを付けてくれたんだけど、どうもやっぱり慣れないや。
 ヨザックなら、上掛けごとギュッと抱きしめたり、派手に捲ってみたり、耳元にエロい声で「起きられますか?」なんてしてくるから。
 なんかスッキリしたような、しないような、変な感じ。
 そのまま自室のバスルームでのんびりと朝湯とシャレ込む。
 普段の朝湯は慌ただしく、どちらかというと夜の後始末と言ったほうが良いかもしれない。
 でも、その元凶は昨日からいない。ヨザックは某国に出張してることになってるから。
 まぁ「アリバイ」?

 風呂から上がると、朝食が用意されていた。
 献立は僕の好きなものばかり、ヨザックが伝えておいたのだろう。
 食事を済ませて午前中は渋谷の元で執務を手伝う。
 渋谷、君の方が緊張しててどうするんだ?

 昼食を済ませると「午後は書庫に籠るね」っと言って僕のアリバイ作り。
 僕が書庫に籠ると夕方はおろか、夜半まで出てこないことをみんな知っているから、実に都合がいい。
 書庫に行くフリをして城の奥の、普段使われていない部屋へと向かう。

 そこには既にシュバリエさんが支度を整えていた。
 もう一度湯を使い、髪を整え、新調されたいつもの服に肩からマントを羽織るだけだったから、式までまだ時間があった。
 そのとき密やかなノックの音が響き、シュバリエさんがドアを開くとツェリ様が立っていた。
「まぁ、すっかり支度はお済みね。」
 そう言いながら目配せし、シュバリエさんはドアを占めて出ていった。
「やっぱりその服装はお似合いだわ。ところで……、世の中にはやってみなければ判からないことがあることはご存じでしょ?」
「えぇ。そんなにあからさまでしたか?」
「いいえ、わたくしは経験上なんとなく。」

 そう、頭の中では理解してるはずだった。でも改めて言われてみると……
「あなたはあれの「家族」になる心構えがあるのか?」
 フォンヴォルテール卿に言われた言葉。
「もちろん」
 だが……半分以上勢いで答えていた。
 僕は真剣に考えたことがあっただろうか「家族」というものを。
 僕にとっては、居たら居たで少し面倒で、居なければ居ないで少し寂しい存在。
 ヨザックには……ほとんど経験のない存在。

 家族になるとはどういうことなのか。
 家族になることで発生する責任と義務とは。
 恋人としての付き合いとはどう違うのだろうか。
 乖離した理解と感情をどう融合させればいいのだろう。
 いつもなら理解を優先させるのに、ことヨザックに関してはどうして感情が勝ってしまうんだろう。

「わたくしはダンヒーリーと結婚しようとした時、それはそれはいろいろな問題があったわ。
 でもわたくしは、いつも、少しでも、一緒に居たかったの。
 だって、一緒に居られる時間は始めから少ないことは分かっていたから。
 あの人はいつも何かを探し求めていたけど、それが何なのか自分でも判らなかったんじゃないかしら。
 だから家族を持つなんて考えもしなかったと思うのよ。それでもわたくしと一緒に居てくれたわ。
 きっとあの人にとっては回り道だったとは思うけど。」
「ツェリ様、それは……」
「だからね、思い倦ねてやらないより、思い切ってやってしまった方が案外うまくいくものなのよ。」
「案ずるより産むが易し、ですか。」
「チキュウではそう言うの? とにかく、あなたたちは一歩踏み出したの、それはとても勇気のあることよ。
 これから先の『良いこと』だけを考えていれば良いの。」
「…..そうですね、ありがとうございます。」
「良かった。では、わたくしは先に行っていますね。」
 ツェリ様は言いたいことだけ言うと、扇情的な背中を見せて静かに部屋を去って行った。
 まったく、さすがに上王陛下。ここぞというときは外さないんですね。
 そう、全て理解することなんかできない、特に『感情』というものは。
 さて、式場に行こうかな。

 式が行われるサロンの控えの間に移ると、フラワーガール兼リングボーイを勤めるグレタ嬢がお洒落をして座っていた。
「あっ、猊下。結婚おめでとう!!」
「ありがとう、今日はまた素敵なドレスだね。式のお手伝い、よろしくね。」
 確かに素敵なドレスだが、この格好を見たら激しく落ち込む人が数名。何たって、彼女の憧れのあの人とお揃いだったから。
「ねぇねぇ、猊下。ヨザックったらさっきまでツェリ様に怒られてたんだよ。」
「えっ?」
「だって、部屋の隅に連れて行かれて、ツェリ様の言ってることに真面目な顔してウンウン頷いてたんだから。その後ズ~っと椅子に座り込んでるんだよ?」
「へぇ~」
 覗き込んだ部屋の奥に頭を抱え、うずくまるように座っているヨザックが見えた。
 彼にも導師の役を果たされたんですか、ツェリ様。

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