地球で生きることを決めたとき、累々と繋がる過去の記憶が役に立たない分野で自分の能力がどこまでできるか挑戦することにした。
魔族と関わることで興味を増した最新医学を学び、そのまま関連の研究所に勤め、友人達を作り、パーティやコンサートや美術館巡り、方々への旅行、……とにかく、今までしたことのなかったことに挑戦しまくった。
他愛もない日常を楽しみ、時には親しくする人を得て(結婚までは至らなかったが)、人生を十分に楽しんだと言える。

*****

「これってお兄さんの仕業?」
「俺は・お前の・お兄さん・じゃ・ない!!」
「お約束じゃないですかぁ~。で、どういうことです?」
長年の癖というのはなかなか抜けないものだ。渋谷と同じく私にとって彼も弄りがいのある人物であることに変わりはない。
だが、こうして話している私たちをまったくの他人が見たらきっとこう勘違いするはずだ、
「年老いた父と息子」。

ボブが勝利を次の魔王に選んだのは一風変わった感情表現はするが弟と同じまっすぐな気性、強力な魔力の持ち主であると共に、確実に長命であることを見抜いていたからだろう。
その結果が今のこの見かけになった。
彼をパッと見たらおそらく30代後半から40代くらい、東洋人の年齢がよく分からない欧米人なら20代と思うかもしれない。その場合は祖父と孫だな。
「う~ん、まぁ、説得されたんだ。」
「誰に? 何を?」
「一緒に来れば分かるよ。」

古い邸宅を改造した独り者が住むにはいささが贅沢なアパートメントの前には彼専用のリムジンが止まっていた。そういえば一度、このリムジンについて彼をからかったことがあった。
「魔王になった途端、運転手付きのリムジンを使うなんて意外だったなぁ。やっぱり偉くなった感じ?」
「俺だって好きで使ってる訳じゃない。運転するのは好きだが不老不死って訳じゃないから怪我もするし病気にもなる。今俺に何かあったら誰が魔族を世話するんだ? 俺はボブから魔王を引き継いだ以上、全魔族に対して責任がある。」
いつものようにムキになるかと思ったら至って真面目な回答が帰ってきて、あのときはどう反応していいか困ったのを覚えている。
にぎやかな市内を後にして小一時間も走ると窓の外には緑が増え、次第に郊外へ、田舎へと景色は移り変わって行く。
この道だと行き先は『別荘』だろう。

この50年、地球と異世界は親密とは言えないが疎遠とも言えない程度の繋がりを保っている。
むしろ兄弟が両世界の魔王となったため、多分今までで一番頻繁に行き来していると言ってもいい。
そのため、移動手段の水があり、住人の増減や見慣れない者を咎めもしないある程度隔離され、程よく通信と交通手段に近い立地環境の場所を世界中にいくつか確保してあった、別荘もその一つ。

メインストリートから木立に囲まれた脇道に入ってしばらく行くと突き当たりに程々に瀟洒な建物が見えてくる。一見すると無防備のようにも見えたが、別荘を取り囲む門扉や柵などは目立たぬように設置され、厳重な警備を隠していた。
車寄せにリムジンが止まると勝利は自らドアを開けさっさと降りた。続いて降りようとすると手を差し伸べてきたのでちょっと驚いたがありがたく手を預けた。
車から降りたら離すかと思ったら、そのまま私の腕をとってエスコートすると玄関のドアまで開けてくれた。不意に笑いがこみ上げてきたがここで笑ったらそれこそ彼が怒り出しそうだったので必死に堪えた。

エントランスで解放された私は特に案内されることもなくプールが見えるリビングルームへと向かった。以前から「好きに使っていい」と言われていたので、時折一人で訪れていた。ここは私の隠れ家でもあったのだ。
屋外のテラスへと続くガラス戸を開け放つと、夕暮れに染まる森と青々とした芝生の中央にライトで照らされた満々と水をたたえた温水プールが見える。丁度この季節、プールから立ち昇る蒸気で周りの風景が霞みに包まれ、映画のワンシーンのように幻想的で美しい光景を見ることが出来る。

「何か飲むか?」
「カルヴァドスのブラー XO、ストレートで。あればマカヌード・ハンプトンコートも。入院中は酒も葉巻も止められてたんでね。」
「贅沢なこと言いやがって!!」
「いいじゃないか、この年になったら好きなことをさせてもらうよ。」
インターフォン越しに誰かに注文を伝える勝利の声が聞こえ、続いて部屋の照明が落とされた。景色を楽しむ私のためだろう、先ほどの行為といい今といい……相変わらずツンデレ体質だなっと思うと堪えていた笑いが蘇ってきた。
デッキチェアに腰掛けて私はどのくらい佇んでいただろう、すっかり夜の帳が降り肌寒くなっていた。
こちらに向かってくる足音、左脇に人の気配、使用人の誰かが頼んだものを持ってきてくれたのだろう。目の前のテーブルにグラスが置かれたので「ありがとう」と言いながら見上げた。

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