「ちょっと何しようってぇ~の?」
半分唖然、半分ムクれた顔つきで愛しい人は言い放った。
(馬車から降りようとしている猊下に両腕を開いてカモ~ンな体勢の俺、見りゃ分かるでしょうが。)
「だって新居に入るとき花嫁をダッコするんでしょ?」ととびきりの笑顔で答えた。
「君、どっからそんな情報仕入れてきたんだい? だいたい、それは新婚さんの話で僕たちには該当しないと思うけど。」
「二人で新しい生活を始めるんだから新婚と同じじゃないですか。」(俺としてはそのつもりなんですけど?)
降りようとしない猊下を構わず抱き抱えると新居のドアをくぐった。
「さあ、気が済んだだろう。早く下ろせよ。」
「はい、はい。」
できればそのまま家中を案内して回りたいところだが、一応初日ってことでもあるし、分別ってものも持ってることを示しておこう。

今回の地球行きはあくまで俺の『個人的』なこと、だから、到着地に出迎えなどない……はずだった。
ところが、露天風呂の湯気越しに人影が見えたもんだから、俺は猊下を抱えたまま足首に隠し持っていたナイフに手を伸ばした。
「お帰りなさいませ、猊下!!」
(ハァ~……ギュンター閣下か。普段の声より1オクターブほど高い上に最後にハートマークついてない?)
「ヨザック。何をしているのです、早くそこから猊下をお連れしなさい。お風邪でも召されたら大変でしょう。」
(へいへい、言われなくても上がりますよ。)
猊下を抱えた俺の姿がはっきり見えてくると、閣下のウキウキソワソワした態度が戸惑い気味に停止した。 (まっ、そうだろうな。)
至って冷静に猊下を下ろした俺は……閣下以上に戸惑うことになった。なんと猊下は無言のまま片膝をついて頭を垂れ、閣下に恭順の意を示したからだ。
「猊下、どうなされたのです? どこかお加減でも悪いのですか? ヨザック、あなた何かしたのですか?」
(問いつめられても困る、俺だってビックリしてるんだから。)
「閣下。」凛とした声を発すると猊下はそのまま言葉をつないだ。
「私は一平民の『村田健』としてこの国にやって参りました。」
閣下はもちろん俺も唖然として、しばらく言葉が出なかった。
「猊下、何を……」
「お言葉を遮ることをお許しください。『猊下』とはどなたのことでしょうか? 私はここにいるグリエ・ヨザックの『連れ』として来たのです。十貴族のお一人であられる閣下から出迎えを受けるような者ではございません。」

俺が大シマロンから眞魔国に来た、と言うか故郷を捨ててきたのはただただ生き延びるため。あそこに良い思い出もなければ親しい知人もいない、むしろモーレツに逃げ出したかったくらいだから生国を捨てることになんの躊躇もなかった。
だが、猊下は違う。
自分が生まれ育った地を離れ、かつては『大賢者』として眞魔国中から尊敬の念で崇められていた地に、ただの、一市民の『村田健』として俺と一緒に帰ることにどれほどの決意を必要だったか。まさかここまでとは思ってもみなかった。
「そうですか……そうですね。眞魔国の国民が恭順の意を示すお方はただお一人、魔王陛下だけで良いのです。例え平民であっても貴族相手なら……初めに礼をすれば良いのです。さあ、お立ち……なさい。」
猊下の意図を汲んだのか、ため息の後閣下の口調は尊き者に対するものから部下や平民に対するものに変わった。それを聞いてやっと立ち上がった猊下の顔を寂しげにしばらく見つめると俯きがちにつぶやいた。
「陛下は『ヨザックが迎えに行ったのは……ただの村田健。眞魔国国民が一人増えるだけだから、誰も出迎えるな。二人に構うな』とおっしゃったのです。でも、それではあまりにお寂しい、せっかく猊下がお戻りになられるのにと……。
ヨザック、これを……ムラ…タ……に。ですから、ここに来たのは私の一存なのです。」
閣下は持っていたタオルを俺に、俺は猊下に手渡した。
「タオルをありがとうございます、使わせていただきます。」
そうは言ったが、手に持ったまま使おうとはしなかった。
悲しそうにその様子を見ると「私がいては使えませんね、そろそろ城に戻ることにしましょう。眞魔国での生活を楽しんでください……さようなら。」
失望を隠すことなく、肩を落としながら閣下は浴場を後にした。
「猊下、よろしいので?」問いかける俺に「んっ」と言ってメガネを渡すとゴシゴシと頭や顔を拭き始め、一段落すると「君も止めないとね。」とニッコリ。
「何をです?」
「『猊下』って呼ぶこと。」
「え~と、俺もダメなんですか?」
「もちろんだよ。僕は『猊下』なんかじゃないんだから。」
「そう言われても、なんてお呼びしたらいいやら……」
「『村田』でいいよ。それと敬語も禁止ね。」
「「ムラタァ」ですか? なんか変な感じですね。そう呼んでたのは坊ちゃんとグレタ嬢ちゃんだけですし……。あっ、プー閣下も時々呼んでたか。」
「そうそう。大丈夫、呼んでりゃ慣れるよ。」
「ムラタァ、ムラ~タァ、ムラタァ~、ム~ラタァ…………」
「ところで、着替えとか用意してないの? そろそろ冷えてきたんだけど。」
「アッ、すいません、こちらに用意してありますんで、どうぞ。」
脱衣所で身体を拭き、用意しておいた服に着替えると到着した老舗旅館風温泉施設前(アッ、これ例の『陛下のお育ちになった世界の~』云々で作られた国民向け保養施設ね。)で客待ちしていた辻馬車をつかまえて新居に着いたところ。

これ好き
ハートをあげる!! 2
Loading...