「猊…、こっちが居間です。」エントランスに面したドアを開けてムラタァを招き入れる。庭に面しているだけに明るく視界が開けた部屋は、そこそこの広さがあり、調度品はシンプルだがそこはかとなく高級感を醸し出し、ゆったり過ごすにはうってつけだと思ってる……俺は。
彼は壁にかかっている絵や窓越しに庭を眺め、ソファの背に触れ、一通り見回すと「フゥ~ン」とだけ。
(え~と、感想はそれだけですか?「落ち着けそうな部屋だね」とか「良い部屋だね」とかないんですか?)
「で、こちらがキッチン、向かいがダイニングです。」
「ヘェ~」 (……まぁ、確かにここはそれでもいいんですけど……)
「こちらがトイレとバスルームです。お湯は使い放題、温泉、引いてあるんです!!」
「そのようだね。」 (あの~、一般宅に湯船付きバスルーム、更には温泉って、かなりと言おうか、確実に贅沢なんですけど……)
「ここは書斎です。俺も帳簿付けとかで使いますけど、本棚はあなた専用。」
「そう。」 (う~ん、もうちょっと他の感想はないんですか?)
「一番奥が寝室です。」
「ベッドがあるからそうだろうね。」 (……俺、泣きそう……)
さっさと廊下に戻ったムラタァは書斎とベッドルームの間にあるドアを指差し「ここは?」と尋ねられた。「……衣装部屋……です。」力なく答えると「君の? 開けていい?」。
「だめです」なんて言えるはずもない、俺に言えることは「どうぞ。」だけだった。

自分の物もあるだろうとは思っていても、さすがにここまでとは思っていなかったようだ。ドア越しにしばらく眺めていたが、やがてゆっくりと歩を進めた。元は子供部屋だったらしいが、俺が改造したもので、壁の一面が俺のもの(含グリ江用)、残り2面は全て彼のものだ。
一通りかかっている服を眺め、手触りを確かめたり、身体にあてたりして全てに目を通すと「カラフルだね。」とまた一言。
「黒は売ってませんから。ご用意した方が良かったですか?」眞魔国で『黒』といったら貴色で陛下専用カラー。唯一の例外がご自身だったってことをよくご存知のはずなのに……つい拗ねた口ぶりになってしまった。
「そんなことないよ。何から何までこんなに用意してあるなんて……。ヨザック、ありがとう。」
(テレ笑いを浮かべながら上目遣いに見つめるなんて……アァン、猊下ったら!!)
抱きしめようと腕を広げると……ムラタァは脇をスーッと抜けて行ってしまった。 しばらくそのまま硬直。腕が緩やかに落ち、続いて肩が、最後に頭が……ガクッ。
(甘かった……猊下、訂正、ムラタァの性格をすっかり忘れてた。さんざん気を持たせて浮かれさせたあげく、地中深~く突き落とす。ついでに上からたんまり土をかけて、さらに踏みしめてしっかり埋めてくださるという、超ドS級の女王様気質)
力なくドアを閉めるとキッチンからゴソゴソ、ガチャガチャ、物音に続いて、
「ねぇ~ヨザック。これどうやって料理するの~? そろそろ夕食にしようよ。」
いたって暢気な声が聞こえてきた。
愛用のフリルたっぷりエプロンを身につけると手際良く調理、ムラタァの前に数皿の料理を並べる。
「うわぁ、相変わらず見事だね。」「この味、懐かしいなぁ。」「おいしいね。」「そのエプロン、可愛いよ。」ニコニコと料理を口に運びながら数多の甘言をくださる。
「ありがとうございます」とは言ったが、ムラタァの気質を思い出した俺としてはいつ、どんな形で突き落とされるかヒヤヒヤもんで、長年の夢の生活が半日で厳し~い現実に直面することになった。

ムラタァは食事が終わって食器を運ぶ俺についてキッチンまで来ると、壁に寄りかかりながらジィーと洗い物をする俺の背中を見ている……ようだ。
どんな顔をしているのかは分からない、ただ、やたらと寒気がするのは……どうしてだろう?
「ヨザック、一つ聞きたいことがあるんだけど。」(一つですか?、一つだけですよね?)
「なっ、なんですか?」(答えられないことも……まぁ、ある訳で……)
「トイレや風呂場に手すりって、誰の入れ知恵?」(ギクッ!! できれば聞いて欲しくない部類の質問)
「あ~、こちらでも年寄りのいる家じゃ付けてますよ。」
「こちらでもねぇ~、じゃお宅訪問させてもらおうかなぁ~?」 (それはちょっと……)
「それに、トイレから脱衣所まで何本かパイプが通ってたね、温泉を通してるんだろ、触ったら暖かかった。あれはいわゆる『ヒーティング』だよね?」
「猊下ぁ~」(一つって言ったじゃないですか!!)
「村田だよ。」
洗う物などとっくになくなったが、視線に射抜かれて動くことができない。フキンを握りしめながら、「何度か地球に行ったときに、いろいろと……」
「極めつけがあの寝室。アパートをリフォームする前の僕の寝室に雰囲気がす~っごく似てるんだけど。あれは?」
(も~、いいじゃないですかぁ)「……勝利様から……教えていただきまして……」
「勝利さんったら!! ヨザック、正直に言いなよ、一体いつから準備してたんだよ?」
(モロ核心!! いずれ話さざるを得ないとしても、もうちょっと時間をおいてもいいんじゃないですかねぇ。)俺の沈黙を「抵抗」と取ったらしい。
「そう、言う気がないんだね。それじゃ家庭内別居といこう。」
「カテイナイベッキョってなんです?」
俺の知らない単語が出てきて、つい振り返ってしまった。見るんじゃなかった、ムラタァの真っ黒な笑顔。
「一つ屋根の下で暮らすけど、赤の他人のようにお互い干渉せず、完全に独立して生活すること。」
(そんなぁ~!!)「言ってもいいですけど、呆れませんよね? いや、呆れてもいいです。お連れしようと思ったのは……ここ10年くらい……ですかね。」
深呼吸すると覗き込むように顔色をうかがいながら一気に告げた。
俺より背の低いムラタァに下から覗き込むっていうのもおかしいんだが、とにかく彼がこういうときはそうなってしまうのだからしかたない。
「……バカだね。」軽く視線をそらせた後、ニッコリ微笑む顔からは想像できない堅い声で告げられた。
「それじゃ、君がどう準備したのか、居間でじっくり聞こうか。」
「……ハイ……」
夜遅くまで遊んでて親に叱られた子供が首根っこ掴まれて連れ帰えられるように、ムラタァに後ろを取られてスゴスゴと居間へと移動した。

向かい合わせにソファに座る。居心地の良い居間のはずが、いつの間にか尋問室へと変わっていた。(猊下ぁ~、その無表情で見つめるの止めてください。グリ江、こ・わ・い。……じゃなくて!!)
発端はシャツで、それからタンスで、とポツリポツリと話し出した。
「ムラタァの様子は坊ちゃんと勝利様からお聞きしてまして。坊ちゃんが地球からお帰りになって、ムラタァとお会いになったことをうっかり話されて。あっ、最初坊ちゃんは『失敗した!!』って顔をされたんですよ。ほら、分かりやすいから……」
「それで?」
「はっ……はい。俺が平気な顔して聞いてるんで『もっと…..聞きたい?』って。で、お帰りになる度にお話を。その内、仕事で俺も地球に行くことがあって、勝利様にもお会いして……いろいろお聞きしたという訳です。」(本当はこっそり見ていたこともあったのだが、それは……絶対言えない。)
「随分とはしょったもんだね。」
(キッチリ説明したら一体どのくらいかかるんだろう。)
「それでお金貯めて、家買って、迎えにきたってこと。グレート・ギャツビーを地でいったわけか……」
また分からない単語が出てきたが、敢えて説明は求めなかった。
「勝利さんにはなんと言って説得したの?」
「……別に説得ってほどのことじゃありませんよ。ただ……尋ねただけです。
『家族や愛する人に見守られて、ベッドの上で逝きたくないですか? 』と。」

気に入ったら↓のハートをクリックしてね
これ好き!! これ好き 2
読み込み中...