現在の王都は血盟城とともに開発された旧市街地と、増加を繰り返して広がった新市街地で構成されている。
旧市街地は貴族達の館が多く、また出入りの御用商人達の店などがあり、平民が気楽に出かけられるという場所ではない。
当然、私たちの家は新市街地だが、比較的旧市街地に近く、住宅地区と商業地区が入り交じって昼間は程よく人通りがあり、夜は静かな一角にあった。
元の主は長く王都に店を構えていたが、隠居して生国に帰るため手放したそうだ。
これ幸いと商売仲間として顔見知りだったヨザックが買い取ったわけだが、彼の持ち金では全額に足りず、残りの金は分割になっている……らしい。

暮らし始めた当初、ヨザックはそれこそ四六時中、私の側を離れなかった。
「猊下」として滞在していた頃は「お忍び」で出かけるといってもほんの一部を見た程度に過ぎず、「大賢者」として存在していた頃の血盟城と城下とは大きく変わった今の王都はほとんど私の知らない街であり、そのためか少しでも気温の高い日にはヨザックは私を連れて王都はおろか周囲の土地まで、それこそ短い日数でいけるところは隅々を案内した。
自分の店、馴染みの店、良く行く市場、白鳩便の出張所、一人で歩ける安全な場所、日が落ちたら絶対踏み込んじゃいけない路地、値切るならこのくらいまでとか。
とても楽しく嬉しくもあったが、二週間も経つと次第に心配になってきた。彼は軍を辞めたとは言っていなかったのに、こんなに私と一緒にいて大丈夫なのだろうか、と。
「ねぇ、ヨザック。君、仕事はどうしてるの?」
「してますよ? どうしてです?」
「だって、君、ずっと僕と一緒にいるだろ?」
「そうですよ? 溜まりに溜まった休暇をここで一気に使ってますからね。」
にこやかにそう言われてしまうと私には返す言葉が無かった。
それでも私を一人にすることに不安がなくなったのか、一ヶ月を過ぎる頃から週に一日か二日、それも半日くらい仕事に戻るようになって、今は、午前中は私と、午後は仕事に、夜には戻ってきて一緒に食事をし、共に就眠するというというスケジュールに落ち着いた。
彼が半日勤務で何をしているのか……もちろん、私は知らない。

ヨザックがいない昼間、どうしていたかというとプラプラと街をブラつくか、彼が営んでいるという各地/各国の名産物を扱う店に顔を出すようになっていた さすがに昔ほど本は読まなくなっていたし、街中にいた方が色々な意味で刺激的だったからだ。
ヨザックの営む店は彼が言うように定番である食料品や医薬品、布や服、家具や貴金属など多種に渡り、物と人で溢れていた。
初めて連れて行ってもらったとき、薬草の話で盛り上り、店を預かるエリオットさん(いわゆる、番頭さん…かな?)に「是非、店の客に飲み方や使い方を教えてやってくれ」と頼まれてしまい、以来、週に2~3日顔を出すようになった。
求められるというのはどんな時でも嬉しいものなのだが、ヨザックは当初あまり良い顔をしなかった。
(そんなに外に出すことが不安なんだろうか? もう子供でも双黒でもないのだが……。)その時はこんな風に考えていた。
結局、説得の決め手になったのは「やることがあった方がボケないよ?」という私の一言。
なぜ彼が当初渋い顔をしたのかは通う内になんとなく分かってしまった。
眞魔国でも同等の品が手に入るのにワザワザ遠国の品を輸入するのか、時折訪れる業者の中に姿勢よく体格もガッチリとした者達が多く含まれるのか。
つまりこの店は「半官半民」なのだ。
表向きヨザックが店主の民間業者のようでいて、実は各地/各国に潜入したお庭番達の情報中継地。
だが、私は問わないし、彼も言わない。これは私が知るべきことではないのだ。
内陸にある王都はまだ寒かったが、各地から齎される産物が春の訪れを教えてくれていた。
季節は春になろうとしている。
ここに住み始めて四ヶ月。

どの土地でも同じで、春は全てが芽吹く季節。
特に農産物輸出国でもある眞魔国では待ちかねた季節で、国を挙げて祝う。
王都は飾られた花々が華やかさを演出し、昼夜を問わず祝宴が繰り返され、再び訪れた春を思う存分満喫できる。
その中でも庶民が一番熱狂するのが魔王のパレード。
王都内には結構お忍びで出歩いている魔王陛下だが、やはり正装して馬に乗り、立派な姿を見られるこの時をみんな待ち焦がれていた。
そして、当然ヨザックは警備を担当するわけで、ある晩、「しばらく帰れません。」とすまなそうに私に言った。
「うん、分かってるよ。僕は大丈夫だから。」
そうは言ったが、一緒に暮らすようになってから初めて一人で夜を過ごすことになるわけだ。
「ムラタァもパレードを見に行くんですか?」
「もちろんじゃないか。これを逃したらまた来年にならないと見られないだろ?」
「人出がありますから、巻き込まれると危ないなぁ。」
「あのねぇ~。どうってことないよ、人込みなんて。」
「いいえ、熱狂的なんで毎年警備に苦労するんですよ。う~ん、誰か人を付けましょう。」
「いらないって、子供じゃあるまいし。」
「ダメです。ちゃんと見えるところに案内させますから、付き添いと一緒に行ってください。ねっ、お願いしますから。」
(過保護すぎないかぁ?)とは思ったが、『ちゃんと見えるところ』って言葉に引かれて付き添いを了解した。

当日はよく晴れた日で、時折吹く風さえ暖かかった。世界全てが祝福と歓喜の声をあげている。当然だ、魔王は民だけでなく精霊にも愛されているのだから。
ノックされてドアを開けると、小柄でにこやかな笑顔を浮かべた二十歳くらいの女性が立っていた。もちろん彼女が魔族ならこの認識は確実に間違っているのだが、いきなり「魔族ですか?」と聞くのも変なので、まぁそんなくらいに見えた、としておこう。それより誰かに似ているとも思ったのだが、特定することはできなかった。(うん、これも……まぁ聞かなくてもいいことだろう。)
「おはようございます、ムラタさん。グリエさんから頼まれたルーシーです。今日はご一緒させていただきます。」
「こちらこそ、面倒かけちゃったね。よろしく頼みます。」
「いいえ、グリエさんにはお世話になっていますから。それでは行きましょうか。」

当初、王都は城壁で防備を固めた砦として建設されたため、拡張を繰り返し、今のように広くなっても各所に防壁や門があり、特に旧市街地の道は侵入してきた敵兵が容易に進めないよう狭く曲がりくねり、練り歩く側もそれを見ようとする側も、そして警護する側もかなり大変なことになる。
楽隊や近衛兵などを従えた魔王陛下一行は、血盟城を出ると西の正門から王都を出、城壁沿いに正面の王門から王都に入り、メインストリートを血盟城へと向かうのが公式発表されているパレードのルートで、数日前から沿道は場所取り合戦が繰り広げられ、今日は既に人で埋まり、彼方此方の窓からは気の早い人たちが紙吹雪やら花吹雪を風に舞わせていた。

ヨザックが指定した場所は数少ない直線の上り坂にかかる防壁の上らしく、少し離れた階段の入り口は市民が昇らないよう警備兵が詰めていた。
「あの~、ここから上がるの?」
「そうですよ? とにかくヨザックさんから指定されましたから。すいませ~ん、上がりますねぇ。」
そう言いながら警護の兵ににっこりと声をかけると、
「あっ、ルーシーさん。聞いてますよ、どうぞ、どうぞ。」
至って暢気に僕たちを通してくれた。
(いくらヨザックが先に話を通していたとしてもすんなり行き過ぎじゃないのか? 普通、一応、身元確認とかしないのかなぁ?)そう思いながら薄暗い階段を手すりに掴まって昇りつつ、
「あの~、ほんとにここで良いの? マズいんじゃない、ここに平民の僕が居たら。」
「大丈夫ですよ。こっそり身内を上げている兵もいますから。王都ではお見かけすることもできますが、地方に住む者にとってユーリ陛下のお姿を拝見できるなんて一生モンの自慢話ですからね。」
「でも、結構いろんなとこに行ってると思ったんだけど。」
そう言った途端(しまった!!)と思った。いくらヨザックが寄越したからと言っても彼女の素性は分からないし、彼女も私の素性を知っているとは思えない。 (まったく、なんて自分は気が緩んでしまったんだ。)
だが、彼女は「そうですが、でもそういうときは大体変装してるでしょ? 髪を染めていたり、平民の格好をしていたり。麗しい黒髪で正装の陛下を見るのはこの時くらいなんですよ。」とすんなりと受け流した。
あまりにその自然な態度が、本当に気がつかなかったのか、わざとなのか、私には分からなかった。 防壁の上で内緒話をするように声を落として話し合う内に遠くから楽隊の奏でる音楽と歓喜の声が次々と上がり、パレードが近づいてくるのが分かった。
「そろそろですね。はい、ムラタさん、これをどうぞ。」
渡されたのは花びらが一杯の籠。
thank_you
「えっと、これ、まくの?」
「そうですよ。せっかく用意したんですから、盛大にまいてくださいね。」
いささか恥ずかしい感じもしたが、場の雰囲気ってものに呑まれたのかもしれない。
列の先頭が門を通り過ぎたころには籠を抱え、城壁から身を乗り出していた。
長く続く列の中心辺りにいる魔王陛下がはっきり見える。
大きく笑いながら沿道の民に視線を向け、声をかけ、手を振っている。
(君はりっぱに王様をやってるじゃないか。こんなにも民に、世界に愛されている君を見ることができて、どんなに私が喜んでいるか分かるかい?)
列の先頭が門をくぐり終わる頃には、まいては掴み、まいては掴み、周囲の声にかき消されたって構わない、何回も、何回も、声が続く限り大声で叫んでいた。
初めは『陛下』と、だが途中からは『渋谷』と。
門をくぐる直前、花吹雪の中、魔王陛下は顔を上げるとはっきり僕を見て『村田~』と手を振ってくれた。
それだけで満足だった。
(ありがとう、渋谷。ありがとう、ヨザック。ありがとう、ありがとう。)

「ヨザック、ありがとう。アイツ、元気そうだったな。」
「ええ、年の割には元気ですよ。お忍びで会いに来てくだされば良いのに。」
「皆にああ言った手前、会いにくくってさっ。」
「『陛下』としてではなく、昔からの友として、『渋谷有利』としてなら大丈夫なんじゃないですか? それならあの人も気兼ねなく会えると思いますよ。
なんだったら俺の店をセッティングしましょうか?」
「あははっ、旧友と親交を温めるのに、あの店はちょっと場違いじゃないか?」
「何もかも忘れてバカ騒ぎするにはうってつけだと思いますがね。」
「ともかく、また機会を作るように頑張るから、協力を頼むなっ。」
「はい、陛下。こういう楽しい企てにはいつでも喜んで協力させていただきます。」

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