午後の日差しを背に受けて丘の上から眺めたそこは、いかにも田舎の『村』という雰囲気を醸し出していた。
森に囲まれて畑と点在する集落、少し離れたところに村の規模から考えたら明らかに大きな館が見えている。山間部の僅かに開けた平地……ルッテンベルク。

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「ちょっと遠出しませんか?」
いつものように軽く言われたので近隣の村辺りで精々2泊くらいするのだろうと思っていたが、実際には来るだけで5日ほどかかった。もっとも馬車を使ってゆっくりと進んだからで、彼が単騎で駆ければおそらく二昼夜もかからずに着くだろう。

村に入ると、道々知り合いから声をかけられ、馬車を止めては挨拶を繰り返し、館に着いたのは日没近くになった。
玄関のドアを開けて出てきた女性がにこやか且つ盛大にヨザックを抱きしめると、「お帰り。この不良息子が、やっと連れてきたね。」そう言いながらパンパンと音を立てて背中を叩いた後、視線を私に向けた。
「ようこそルッテンベルクに。まったくこのコったら、あなたの話はするのに一向に連れてきてくれないんだから。」
「ちょっとぉ!! そんなこと言わなくてもいいだろう!?」
慌てるヨザックを軽~く無視し、次に僕を暖かく抱きしめた彼女は心からうれしそうに告げた。
一通り挨拶が済むと「ヨザック、部屋と台所は使えるようにしてあるから。火と戸締まりだけは忘れるんじゃないよ。ムラタさん、面倒なことはこのコに委せてのんびり休んでくださいね。」そう言って村の方に帰って行った。
「えっと、彼女は君の……?」
「まぁ、ここに来てからの育ての親……ですかね。館の管理一切を任されて、ダンヒーリー様が連れてくる人たちの生活のメドが立つまで面倒みてたんですよ。
で、俺みたいに親がいないガキどもはまとめてここで育ったんです。」
「道理で凄い迫力。」
「そうなんですよ。いくつになっても子供扱いで困ったもんだ。」
苦笑気味に言うヨザックはそのくせ嬉しそうでもあった。
「君はどのくらいここで暮らしたの?」
「ダンヒーリー様に付いて来てから軍隊に入るまでなので……だいたい10年くらいですかね。あとはたま~に帰るくらいですから。」
「結構短かったんだね。で、今回はどうして?」
「一応、『視察』ってことになるんでしょうね。ここは今、ウチの閣下が面倒みてるんで。
元々魔王直轄地だったのを、結婚を機にダンヒーリー様に下賜されて、亡くなった後はコンラッドが受け継いだんですけど、ご存知の通りアイツはフラフラしてるから。
村の状況を知るために年に一度は俺を派遣するんですよ。ほらっ、あの人、見かけによらず面倒見がいいから。仕事と里帰りを兼ねてって感じですかね。」
「ふぅ~ん。」
そんなやり取りをしながら、しばらく滞在する部屋へと向かった。
廊下を進むうち、誰も住んでいない館にしてはきちんと管理されているように見えたが、所々の家具には布がかけられ、開け放たれた窓から吹き込む風の届かぬ奥まったところの空気は僅かに淀んでいるようにも感じられた。
この館が活気に溢れていた頃、彼はどんな子供だったのだろう。そして、どんな思いで兵士を目指したんだろう。

台所で夕食を作っている彼を横目に見ながら、棚から食器を取り出しつつ尋ねてみた。
「ねぇ、ヨザック。君がここに来た頃はどんなだったの?」
「どんなって……そうですね、家も人もこんなもんでしたよ。俺たちが来て人数が倍くらいになって、それから元に戻ったんじゃないかな。」
(いや、村や人の話ではなく『君が』どんな感じだったのかを知りたかったんだが……)
「移住とかして減った訳?」
「そういうのもありましたけど、ダンヒーリー様が連れてきた収容所は老人と女子供が主でしたし、子供は混血でも大人は人間でしたから。それに、人間や混血を問わず、かなりの男達が例の戦争で死んでますしね。」
そうだった、それまで軍籍を置いていたヴォルテール軍から当時眞魔国軍に新設されたルッテンベルク師団に移籍し、戦争が終結すると国軍は再編成され、ヴォルテール卿が国軍を指揮する関係から、ヨザックはそのままヴォルテール卿が新設した国軍の情報部に所属を移したのだった。
「君たちのような境遇の人が兵士になるって……争いは避けて静かに暮らしたいって思わなかったの? 兵に良い印象なんてないだろ?」
「まぁ、そうですね。随分と痛めつけられましたから。志願して兵になったものは少なかったですよ。でも、俺はせっかく手に入れた自由を手放さず、他人から頭を抑えられないようにするには強くなきゃ、って。だから、手っ取り早く力を手に入れるなら兵士だなって考えたんです。
第一、『魔族は16歳で成人の誓いを立てる』なんて、こっちに来てから聞いた話だったし、子供でしたからよく考えもせずに決めちまったってところですね。
それに、誓いを立てたからすぐ入隊って訳じゃないんですよ。
なにせ16歳当時の人間と混血と魔族の体格差と言ったら、そりゃもう極端ですから。
人間は、個人差はあってもそれなりに育ってるでしょ?
一方、魔族は人間でいうところの5~8歳程度。俺たち混血は個人差が酷くて、人間と同じように育っている者もいれば、やっと10歳程度って奴もいて。
そんなのが一緒になって訓練なんて無理ですよ。
それに、ユーリ陛下が魔王になってから『学校』なんてモンができましたが、昔はそんなの無かったから、一部の魔族や豪商の出でもなきゃほとんどの者が文盲だったんです。歩兵だって読み書きできなきゃ集団行動できませんから。
そのため、誓いを立てた後、少なくともある程度の読み書きができて、体格が軍の規定をクリアするまでは入隊できませんでした。」
「君の場合はどうだったの?」
「ここに来たのは12歳でしたけど、それまでろくに喰ってなかったし、ここでちゃんと喰えるようになってもあんまり成長しませんでしたね。どうも俺は成長が遅いらしくて。だから入隊できたのは20歳頃でした。」
「読み書きの方は?」
「ダンヒーリー様の取り巻き連中が教えてくれました。ただ、ほとんどが人間の土地から流れてきたって奴らで、色んな国の人間の言葉や文字は何とかなっても魔族の文字がねぇ~。でも、お陰で今の仕事には役立ってますよ。眞魔国じゃ逆に人間の文字を読める奴は少ないですから。」
食事をしながら語るヨザックは饒舌だった。僅かしか住まなかったが、やはりここが彼にとっての『ふるさと』なのだろう。
食事をして片付け、一緒に館の戸締まりを確認して歩きながらも昔話は続いた。

「あぁ、ここ。ダンヒーリー様の部屋です。
肝っ玉の据わった親分肌で酒盛りに賭博に喧嘩は日常茶飯事。その上、悪知恵というか策士というか、とにかく男達からは慕われてて。それに、その辺の女をレディ扱いしたり、出されたちょっかいも軽~く受け流す如才なさも持ってたりして。今思うとふざけた男でしたね。」
「君、随分と影響を受けたんじゃない? 話を聞いてるとなんか似てるよ?」
「えぇっ!? そりゃひどい。俺はもっと真面目だし、ちゃんとしてます。それを言うならコンラッドですよ。」
「そうかなぁ、腹黒いとこは別にしても、酒盛り、賭博、喧嘩っていうのはイメージできないよ。」
「そりゃそうでしょ。アイツの若い頃なんか知らないから。」
「凄かったの?」
「凄かったなんてもんじゃない、俺がどんだけ仲裁に入ったことか!!」
「あはっ、大変だったんだね。」
「そうですよ。せっかく軍隊に入ってアイツと別れられると思ったのに、ひょんなことで見つかっちまって……。でも、お陰で『なんで人間が魔族を恐れるか』を理解できましたけどね。」
「君、魔族を怖いと思ったことがあったの?」
「もちろんありましたよ。この村に住んでるのは人間と混血だけだし、魔族でも魔力のない者もいるし。見ただけじゃ違いなんて分かりませんよ。
でもね、『純血魔族』ってぇのは明らかに違う。あんな強烈な体験、忘れられるはずがない」

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