正直に言おう、それは初めてまじかに魔王を見たからという驚きなんかじゃない。本当の『恐怖』だった。
俺が知っている魔力を持つ魔族は主に軍に入ってから見知った者で、ほとんどが癒しの術者。だから『恐怖』と感じることはなかったし、稀に見かける火や土や水の術者も破壊力はまあまあな程度で、けして『恐怖』を感じことはなかった。
だが今、俺の目の前で麗しく微笑みながら気さくに声をかけてくるこの若く美しい女性は、その気になれば何千もの兵でさえいとも簡単に倒すだけの力を持つ、この国最強の火の術者。そう思った瞬間、総毛立った。
外見にそぐわない、底知れぬ力。指先さえ触れず、唱えるだけで気まぐれに俺を殺すことができる。
なぜ他国の人間が魔族を忌み嫌うのか、忌み嫌うなんてもんじゃない、「魔族=自分たちとは違う生物」と思うのか、やっと解った。
人間の抱く『強力な力を持って、いつまでも若く、美しくありたい。』という願望。それら全てを持ち合わせ、また、共通認識であるはずの常識ってもんを全て悉く、軽~く、粉々にぶち壊しまう魔族は、人間にとってねたみ、そねみ、やっかみ、諸々全ての負の感情を抱かせる存在。
まさに「自分たち人間と共通するものがない」、だから「分かり合えない」、だから「排除したい」。そう思わなければいられないほどの存在。これこそが『恐怖』の根源なんだ。
初めて見る純血魔族、まさに彼女は『魔族そのもの』だった。

緊張と恐怖のあまり、促されて引かれた椅子に腰掛けるとそのまま顔を上げることも、コンラッドから渡されたグラスに口をつけることもできず、魔王陛下からかけられる言葉にも「ハァ…」とか「ええ…」とかしか答えられず、俺をネタにした二人の会話を聞いているばかり。
チラチラと視線を上げて盗み見る二人は、見かけこそ僅かな年の差にしか見えないが、いつになく饒舌で楽しげに語る息子と、それを嬉しげに見ている母の姿、まぎれもなく親子の姿があった。
魔族でも、人間でも、ごく普通で、どこの家庭にもある、団らんの風景。
他国の人間はそもそも魔族と言葉を交わすことすらしないから分からないんだ。寿命と魔力の違いはあれ、人間と魔族は子をなすこともできるほどの同じ生物であるということを。
そう思うと恐怖はどこかに消えていた。
すこしずつ会話に混ざり始めた俺に向けられる彼女の微笑みは柔らかで暖かかった。

日付も変わるころには俺たちだけとなり、女装を解いた俺とアイツは野郎同士のくっだらない話で盛り上がって明け方を迎えるという、お互いが入隊して離れるまでの、お決まりの流れとなった。
ああ、少し違うかな?
ルッテンベルクの頃はこんなうまい酒なんて手に入れられなかった、そもそも酒を台所からくすねるのだって大変だったから。
それと……今までも俺が女装してる時は徹底してレディ扱いするんだが……数段腕を上げたって感じ?
幼なじみとしてはどこでこんなことを覚えてきたのか心配すべきなのか、
それとも、男としては教えを請うべきなのか、
はたまた、グリ江としてはレディ扱いを喜ぶべきところなのか、
……おおいに迷うところだが……

どっちにしても、またコイツとの付き合いは続くわけだ。

*****

「それ以来の腐れ縁でしてね、ねっ、酷い奴でしょ?」
「でも、結局百年近くも一緒にいられるってことは、君はやっぱりウェラー卿が好きなんだよ。それともウェラー卿が君のことを『特別』に想っていたのかな?」
「ハァ? いやですよぉ、俺が好きなのはムラタァだけですから。それにアイツが俺のことを特別だなんて思うわけないじゃないですか!!」
「よっく考えてご覧よ。あのウェラー卿が、私邸に、魔王陛下を『母親』として紹介して、一緒に団らんするなんて、他に誰がそんな栄誉に浴したと思う?」
「うぅ~ん、そうだなぁ……他にって言うと……。いや、いないはずがない。だからと言って誰とは……、え~と……。」
「さてっと、そろそろ寝るから、悩んでもいいけど声に出すのだけは止めてね。」
「はぁ? 俺がアイツのことで悩むなんてことは……。あぁ、もう、止めた!! 俺も寝ます。はい、ムラタァ、おやすみのチューしましょ。」

(そういうことか。君は本当に鈍いね、他にいるわけがないじゃないか。
当時はもちろん今だって、ウェラー卿にとって自分を偽らずに接することのできるのは、多分母親であるツェリ様と君くらいしかいないと思うよ。
でも、ただの『幼なじみ』……それだけだったのかな?
まぁ、そんなことはどうだっていい。今、隣にいるのは私だ。)

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