収穫祭は長い冬を迎える前の最後の行事だ。
普段は門前から奥を覗くか、見晴し台から見るしかない眞王廟が一年に一度、この時だけ庶民にも開かれる。
とはいっても前庭の一部までなのだが、宗教の概念が薄い眞魔国において、おそらく唯一信仰の対象とも云える国の始祖眞王に供物を捧げ、一年の安息を感謝するために人々が大挙して訪れる。
そして、私もそこに、ウルリーケに会いに行かなければならない。

「今年の収穫祭は一週間後だね?」
「そ~ですよ。また、しばらく家を空けることになります。春と違ってパレードはないんですが、その分眞王廟の警備が強化されるし、来る人たちを整理しなきゃいけないし、それなりに大変なんですよ。」
「祭りの間にできれば数時間、僕と一緒に行って欲しいところがあるんだけど、難しい?」
「ちょっと予定を確認しないと分かりませんが、数時間くらいなら抜けられると思いますよ?」
「よかった。それじゃ予定が分かったら教えてね。」
「どこに行くんですか?」
「実は眞王廟に用があってね。ほらっ、怖い顔しない。ウルリーケに会わなきゃいけないんだ。」
「……」
「ヨザック?」
「ウルリーケ『様』ではなく、『ウルリーケ』ですか? ということは、ムラタァとしてではなく、『猊下』として、ということですね。」
「こればっかりは村田ではマズいんだよ。」
「一体何を企んでるんです? やっぱり『猊下』の方がいいんですか?」
「やだなぁ、違うよ。僕が眞魔国にいる以上、この魂について相談しとかなきゃいけないでしょ? 一度会っておかなくちゃと思ってたんだ。
ほらっ、庶民の男がそう簡単にあそこには入れないじゃない? だからこの時を待ってたんだよ。」
『木の葉を隠すは森の中、人を隠すは人の中』、普段人の出入りが少ない場所だからこそ、今回のように人で賑わう時を私は待っていた。

案の定、眞王廟に続く道は徒歩や馬車などで一杯となり、前庭は人でごった返していた。
事前に書状を送り、指定された日時に眞王廟を訪れた私たちはなにげなく裏手の通用門に近づいてこっそりと入り、待っていた巫女に付き添われて人払いされた廊下を進んだ。
案内された奥まった部屋は極秘会談に相応しい、表の賑わいも届かないこじんまりとした客間で、私は椅子に腰掛け、ヨザックは扉近くの壁に寄りかかっていた。
このときは『猊下』と『護衛』だった。

暫くするとウルリーケが姿を見せた。
「遅れて申し訳ございません。お久しぶりでございます、猊下。ご健勝で何よりでございます。」
「忙しいときに時間を作ってくれてありがとう、君も変わらず元気そうだね。それじゃ早速だけど、用件に入ってもいいかな?」
「私は構いませんが……よろしいのですか?」
「ああ、ヨザックにも聞いておいて欲しいのでね。」
振り返り彼を確認する。そう、これからする話を本当に聞かせたいのは『君』だ。
「猊下がそうおっしゃるのであれば、どうぞお話しください。」

かつてのように背を伸ばして椅子にきちんと座り直すと、ウルリーケと対峙した。
「私が死亡した時にこの魂も消滅したなら、これ以降の話は忘れてくれていい。
だが、もし消滅しなかった時は君が責任をもって回収・保護し、その後の管理をして欲しい。
また、もし再利用した場合には少なくとも君か君以降の言賜巫女が常に観察対象として欲しい。」
「猊下、それは……」
「ああ、別に君の力を疑っている訳じゃないよ、渋谷はちゃんと封印されていたからね。
古の大賢者の希望は全て叶っているとは思うけど、果たして私の代であの呪縛から解放されるどうか解らないから。」
「確かにそうですね。猊下の場合は特殊ですし、歴代の言賜巫女を含めても魂の再生に手を貸したのはほんの数回ですから、事前に猊下と打ち合わせておくことも必要でしょう。」
「話が早くて良かった。ところで、実際のところ君たちが行う『封印』と『再生』とはどういう仕組みなのかな?」
「そうですね……本来、魂は肉体の死亡とともに離れますが、しばらくはそれまでの意識が残っています。ですが、やがて意識は失せ、深い眠りにつき、空間を漂いながら、まるで呼ばれるように新しい肉体へと取り込まれて新しい人生を始めるようです。
そして、この『眠る』という行為がそれまでの記憶を封印していると思われます。本来、魂というものは人間にも魔族にも見えませんから、誰も気づかぬ間に自然に行われているのです。
私達巫女はこの眠りをより一層深くするお手伝いをする程度なのです。」
「なるほど。地球との違いは『眠り』だね。大賢者の意思もあったのだろうけど、あちらでは割と早く転生していたのにはそういう理由もあったかもしれない。完全には眠らず転生することで記憶を維持していたのかも。
では、こちらでの手順を教えてくれる?」
「はい、猊下の場合はお亡くなりになったことが確認できましたら、こちらからお呼びし、その後、『眠り』につくことをお助けします。完全にお眠りいただいたことが確認できましたら、魂の状態を検査し、新しい肉体にお移りいただくことになると思います。」
「完全に眠るまでどのくらいかかると思う?」
「こればかりはその魂によって異なります。それまで生きてきた時間や想いの強さなどが影響しますので。それに、歪みや亀裂などがあれば再生できませんし。
まして猊下の魂です。うかつに再生などできません。
仮に再生後、過去の記憶がきちんと封印されているか観察するためにはそれなりの条件に見合った適切な家族環境を厳選する必要があります。ですから、再び人として生まれるにはかなりの時間がかかるでしょう。」
「つまり、私の場合はほとんど眠っていないし、記憶を封印するための眠りの長さも、再生の可能性も分からないということだね。そうなると、いくら長い時間を生きる魔族といえども、再びこの魂を持つ人に出会うチャンスはほとんどないと言えるわけだ。
……では、ヨザック。私が逝ったらウルリーケに連絡してくれるね?」
「……承りました。」
「ところで、この件に魔王陛下が関与することは?」
「ありません。魂に関することは私達巫女の仕事です。たとえ魔王陛下といえども関わることは許されておりません。」
「スザナ・ジュリアの場合はウェラー卿が運んでたけど? それに、魂が見えていたけど、あれは?」
「あれは彼女の遺志でしたので。ウェラー卿を始め、他の方々に魂が見えていたのは私がそのようにしたのです。空の瓶を見せられて『魂が入っている』と言っても納得できないでしょうから。」
「私の場合は?」
「おそらく、地球の魔王陛下か私のような立場の者がそのようにしたのかもしれません。或は猊下の魂は元々見えるようになっていたのか……はっきりとは分かりません。」
「まぁ、そのときになってみなければ何とも言えないね。ところで、私も君に頼めば聞き届けてもらえるのかな?」
「もちろん、できる限りはさせていただきますが……、何かおありですか?」
「……いや……今のところはないよ。時が来たらポックリと呆気なく死にたいね。」
「多分、それが一番良いのかもしれません。」
「それじゃ、時が来たらよろしく頼むよ。」
「畏まりました。それまで猊下にはご健勝でお過ごしください。」
「ありがとう、そうさせてもらうよ。」

前を行くムラタァは小さくハミングしながら上機嫌で眞王廟を出ようとしている。その背に俺は言葉をぶつけた。
「ムラタァ、なんで俺に聞かせたんです。」
「初めて聞いた話じゃないだろ? 勝利さんにも同じ依頼をしてたし。」
「それでも、……貴方の口から聞きたくはなかった。」
立ち止まり、振り返ったムラタァの輪郭は夕陽に溶け、シルエットの中に白い歯が見えた。戸口に立っている俺に歩み寄りながら、穏やかな声で言った。
murata

これ好き
ハートをあげる!! 2
Loading...