翌朝、言葉通り訪れた世話役は「そろそろ、お閉めしてもよろしいでしょうか」と労るように、静かに言った。
頷くと、音もなくゆっくりと蓋が閉められ、四隅を持たれて棺が外の馬車へと運ばれていく。
玄関のリースを外して棺の上に置き、連れて来られた馬に騎乗すると馬車は墓地へと動き出した。
けして走らせることなく、ゆっくりと進む馬車に続いて一番外の城門をくぐると、少なくなった人家の代わりに広々と広がる畑の中、並木が連なる整備された路を西に向う。
正面の丘の上に登りつつ陽を受けて、眞王廟の石壁が白っぽく見える。
(あそこに彼が……。いや、もう、そうじゃない)

分かれ道を墓地へと向う。
新しく掘られた土の匂いがする墓穴は深く、渡してあった垂木と綱の上に棺を乗せると、4人が綱を持ち世話役が垂木を外す。
綱を緩めながら、棺がゆっくり底に降りていく。
段々暗くなっていく棺の上で、白い花のリースだけが光を放っているようだ。
棺が底に着いて綱が巻き取られると男たちは脇へ退き、世話役が「土を」と促した。
掘り出した土を一掴みして、何か言葉を、と思ったが、何も出ず、一呼吸して棺の上に落とす。
待っていた男たちは差してあったシャベルを手に取って、次々に土を被せていく。
こんもりと膨らんだ土は丁寧に成らされ、「墓石は出来上がったらお持ちします」との世話役の言葉に「ああ」と答えると、道具を持った男たちは帰っていった。
俺の影が彼の上に落ちている。
やがて影は徐々に逸れて長くなった頃、やっと彼に背を向けた。
馬を返して家に戻り、服を改めようと衣装部屋を開けた途端、彼が『カラフル』と評した、二面に渡ってかけられた服が目に飛び込んできた。
(これは花見に行った時に着てたな。
あっ、これこれ。この格好で祭りに行ってみんなに引かれたっけ。
これはブラウニーレディに来る時、良く着てたな。お洒落して俺の前で他の女たちにモテようなんて……まったく。
これは……ああ、そうだ。お忍びの陛下と遊びに行ったときのだ)

こうして見ると、中にはまだ袖を通していないものや洗濯タグのついたままのもあった。
(そう言えば、アニシナ様がやっと完成させた簡易型魔導洗濯機をお蔵入りさせたのも彼だ。
彼は、言われた相手が自分で判断を下せるよう、大抵は示唆するだけ。そうする時間がないときしか明確に『しろ』『するな』とは言わなかった。
『猊下』と呼ばれていたあの時も、いつものようにお茶を飲みながら何の気なしに言ったっけ。
「便利になるのは良いけど、いままでそれを商いにしていた人たちはどうなるの?」って)

溜息をついて部屋を後にし、彼が臥せっていた2晩、寝室で俺の寝床となっていた椅子に上着を脱ぎ捨て、ベッドに身体を投げ出した。
呼吸する度に彼の匂いが身体を満たし、涙が溢れ出てくる。
泣くのを堪えていたわけじゃない。ただ、出てこなかっただけだ。
(もう、誰も来ない。たった一人だ)

そう思った途端、何を気にすることもなく、声を上げて泣き出していた。
号泣し、慟哭し、哀咽し、啜り上げ、さっさと逝ってしまった彼への恨み言を、もっと側にいて欲しいという哀願を、ちゃんと看取れなかった自分の情けなさを、待っていた時間の淋しさを、見ているだけでうれしかったことを、一人はイヤだということを、どんなときも愛していることを、様々に入り交じった感情を一気に解き放った。
朝。
目が覚め、顔に手をやると、涙と鼻水と唾液がこびり付いていた。洗おうと洗面台に立つと、昨日は覆われていた鏡の中に、泣きはらした目、汚れた肌、乱れた髪の男が映っていた。
(こんな姿は誰にも、特に、……彼には見せられない)

服を脱ぎ捨て、いつでも使えるよう湯のはってあるバスタブに飛び込むと肌が赤くなるまで擦り、仕上げは熱いシャワー。
タオルでざっと拭き、髪からポタポタと床に水滴が落ちるのも構わず、衣装部屋で清潔な服に着替えて表に飛び出すと、とある店のドアをドンドンと叩きながら、「おぉ~い、オヤジィ。起きてくれよぉ~」と大声で叫んでいた。
「煩ぇ~なぁ。誰だ……って、こりゃグリエさん。こんな朝っぱらから何ですよ。あぁあぁ、髪は濡れてるし──」
「済まないな、朝っぱらで。俺のことはいいからさっ、包装紙とリボンを売ってくれよ」
「はいはい、そんなに急がなくったって、売り切れたりしないからさっ」
「これから大仕事なんだよ。早く店に入れてくれよ」
「濡れた髪じゃ商品がダメになる。タオル、持ってくるからちょっと待っててくださいよ」
「分かったから、早く頼むぜ」
渡されたタオルで髪を包むと早速店に入り、畳んだ服を包めるような大きな包装紙、割れ物を包む凹凸がクッション代わりの包装紙、小物が入る袋、色とりどりのリボン、そういったものをしこたま仕入れ、家に戻った。

弔問に来てくれた一人一人を思い出しながら、飲み友達のあの人にはグラスを、時々チェスにやってきたあの人には駒と盤のセットを、あの人の子供が学校に行ってるからまだ使っていないこのノートを、遠くの息子と手紙のやり取りをしているあの人には便せんと封筒を、この服はあの人に似合うだろう、……そうやってムラタァの残したものを取り分け、包み、宛名を書いていく。
一抱えできるほど溜まるとそれを持って各々の家に行き、「ぜひ使ってくれるように」と渡しながら、名前の分からない人について「何時頃、来てくれたあの人、知ってますか」と尋ね、廻り切るとまた家に戻って……。
こうやって一通り配り終えると、残った服と本と小物は古着屋と古道具屋に引き取ってもらい、すっかり終わるのに3日ほどかかった。

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