ヨザックからしてみれば意外な言葉だったのかもしれない。頬ずりをするように揺れている魂を愛おしげにしばらく眺めたのち、

「言わなきゃ……いけませんか?
……さぁ、ムラタァ、……猊下、……お別れです。
夢を見ることなく、……ぐっすりと、……お休みください。」
柔和な面に似合わぬ苦しそうな声で呟いたヨザックの言葉にイヤイヤをするように揺れていた魂は、スーと隣に立つ俺の前までやってくるとピタリと止まった。
(こんな小さな光の珠が……村田の魂……。)
息を吹きかければ部屋の奥まで飛んでいきそうで、声が出なかった。
ふとヨザックを見ると、俺と光の珠を見つめていた。
あの表情は「あなたは走るんです。」と俺に告げた時の……、そうか、ヨザックはまた手放すことになるんだ。今度は……二度と戻らない。
「さぁ、猊下。こちらにお越し下さい。」
ウルリーケの声に促されるように俺の前から漂い始めた光の珠は、途中、ヨザックの髪にしばらく戯れると、ウルリーケの抱えたクリスタル製のゴブレットの中に収まった。閉じた蓋のカチャッという音がいやに大きく聞こえた。
「ムラタは貴方にお返しします。」
そう言うと、ウルリーケはゴブレットを大事そうに抱え、一礼すると俺たちを残して宣託の間を後にした。
その言葉に動き出したヨザックはしっかりと村田をかかえ直し、俺たちに視線で挨拶すると言葉もなく部屋を出て行った。
「ウルリーケは村田の魂をどうするんだろう?」
「さあな。自然に営まれる魂の再生に人が関与することは滅多にない。自然に反することだからこそ言賜巫女以外関わることを許されていない、例えそれが魔王であってもだ。それにアレは魂だ、もう猊下でもムラタでもない。」
「でも……」
「仮に、アレが再生してもムラタとして生まれるわけではない。それとも、再生後もムラタと同じように過去の記憶に苦しんで欲しいか?」
「そんなこと……望んでない。」
「だったら、関わらないことだ。」
「そうだけど……。俺……さぁ、身近な人の死に目に会うのって……初めてなんだ。両親の時は間に合わなかったし、勝利はピンピンしてるし、こっちの皆だって争いさえなければまだまだ先の話だし……。
俺はどうもこっちの時間に馴染んじゃってて、村田も大丈夫って……どっかで思ってたんだよ。
アイツ、俺に経験させておきたかったんじゃないかな……、人の死っていうのがどういうものかをさ。」
「それはどうかな。ところで、どうする? ヨザックの家に戻るか? 一応ルーシーを手伝いに行かせたが……。」
「……いや、このまま城に帰るよ。ほとんど変装してないし、俺がいたらお通夜に来た人がビックリしちゃうだろ? それにルーシーってアンブリンさんの娘だろ、それなら安心だ。」
「いいのか?」
「あぁ、村田はヨザックに委せたんだ。……クソッ……」
「さぁ、帰ろう。」
グウェンダルに背中を押されるようにして歩き出したが、視野は歪み、自分の足下すら満足に見えなかった。

生者のため、伝染病の発生を防ぐため、王都の中に墓地はない。
領地を持つ貴族はそれぞれの領地に、領地を持たぬ下級貴族や平民は王都の外にあるいくつかの墓地に葬られる。
ヨザックが選んだ墓地は王都や眞王廟が臨める見晴らし台近くの小高い丘の麓だった。
「あそこは貴族や豪商などが葬られてる、王都近くでは一番歴史のある墓地だぞ。兵士の給料でよくあそこの墓地が買えたな。」
「そうなのか? でも、ヨザックは副業でも稼いでるし……。」
「それにしても……、まぁ、それだけのことをしてやりたいと思ったのだろう。」
戻って来たヨザックから教えてもらった墓地へヴォルフと二人で向かいながら、交わした会話は少なかった。

街道から分かれ墓地へと向かう林の中の道は馬車が通れるよう整備されてはいたが、行き着く先のせいもあって一層薄暗く寂しい感じが漂っていた。
馬をつなぎ、閉じられていた墓地の門を開けると、敷地を鉄柵で囲み、大理石で作られた立派な墓所が規則正しく並んでいた。
「どのあたりなのだ?」
「えっと……、中央の道を2ブロック行って、右に曲がって……」
貰った地図を見ながら丘を下り、しばらく行くと墓地の外れ近くにそれはあった。
辺りは平民とはいえ豪商達の墓なのだろう、入り口近くのものよりは簡素だったが、それでも柵で囲まれ彫刻の施された大きな墓石がたくさん並んでいた。
そんな中、村田のは小さな白い花をつけた低木の生け垣に囲まれ、表面が磨かれた四角い小降りの墓石が置かれていた。
「意外にアッサリとしているな。グリエならもっと仰々しくするかと思ったんだが……。」
「村田が派手にするのを嫌がったんだそうだ。」
「えっ?」
「二人で墓地をあっちこっち見て回って、ここに決めたのも、デザインを決めたのも村田なんだって。」
「……最後まで尻に引かれてたんだな。」
「どうかな。『これについちゃ色々とムラタァに譲歩しましたが、墓石に刻む文言だけは俺の好きにさせてもらいました。』って言ってたぞ。」
「普通は名前や日付やちょっとした言葉だろ? 一体なんと刻んだんだ?」
そう言いながら敷地に入ったヴォルフは墓石の前に立つと振り返り「これはなんと書いてあるんだ?」と俺を呼んだ。「ヴォルフに読めないのに俺に読めるはずがないじゃないか」と言いつつ覗き込んだシンプルな墓石には、名前も日付もなく、ただカタカナで一遍の詩が刻まれていた。
(頼まれた墓石職人は困っただろうなぁ。この意味が分かるのは、俺と村田と……ヨザックだけだ。)

キミガメヲ ミマクホリシテ コノフタヨ チトセノコトモ ワダコフルカモ

ずっと昔、村田がヨザックに贈った恋歌。
(アイツ、どんな顔したんだろう、これにするってヨザックが決めたとき。
昔のようにテレて怒った振りしたのかな。いや、きっと心から嬉しいって顔をしたんだろう。
もう自分を偽る必要などなかったんだから。)
長く離れていた間、結局二人の心の中にはお互いがいたことを、これから先もヨザックは心の中に村田を住まわせることを高らかに宣言しているように思えた。
持って来た花束を置いて振り返ると、木々の合間に広がる平野の先に小さく西日に輝く血盟城の塔が見えている。
今後この世界で村田健の姿を見ることはない。
だけど、ヨザックだけじゃなく、俺の中にも、ヴォルフの中にも、村田を知っていた人たち皆の中に……村田健は生きている。
亡くなった者を悼み、時折思い出して懐かしみ、辛く悲しかった思いは忘れ、楽しかったことだけを残し、これからも俺たちは生きていく。

「ムラタァ、薬と水持ってきましたよ。大丈夫ですか?」
「んっ、ありがとう。」
「あぁ、起こしてあげますから。はい、飲めますか?」
「うん、冷たくて……おいしい。」
「熱は……う~ん、まだあるみたいですね、今夜もベッドを占有していいですよ。俺、椅子で寝ますから。」
「独り寝には飽きたよ、ここで寝てよ。」
「いいんですか? そんじゃ。」
「君は温かいね、まるで日なたにいるみたいだ。」
「眠れますか?」
「うん、ぐっすりね。」

「困った方……お眠りになる気はないのですね。」
眞王廟の一角、わずかに用意されている貴人の宿泊用の部屋でウルリーケは目の前に置かれたゴブレットに囁いていた。
中に入っている光の珠は言葉に反応したかのようにしばらく動きを止めたが、またユラユラと揺れ出した。
それは、楽しくてしかたないといった、まるで子供がスキップするような雰囲気だった。
「『いくら眠りにつくためとはいえ、石に囲まれた部屋はご免被りたい。できれば光と音と季節が感じられる、人が住める部屋に置いて欲しい。これは私の遺志だ。』
貴方は最後まで図ったのですね。巫女たちや賄いたちの部屋を除いて貴方のご要望に叶う部屋はここしかないことを見越して、あんなことをお書きになって。」
眞王廟の八角を構成する塔の一つ、外から容易に覗くことも侵入することも難しい最上階、レースのカーテン越しに入る日差しは柔らかく一日の終わりを告げる、一年を通してもなかなか目にすることのない、多彩な色に染まる日没前のひととき。
言葉を告げず解さぬ光の珠は、こんな日には決まって楽しげに揺れるのだった。

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