「いくら直々の言いつけでも、そのまま素直に聞く君じゃないだろ?」
気怠い声で囁く傍らの恋人に、とびきりの笑顔で「確かに俺独自の解釈は加えますがね」と答えた。
「で、結局、……どこに隠したの?」
本当に知りたい訳じゃなく、ただ、機嫌がいいときに繰り返される、単なる戯れ言、言葉遊び。
腕の中から抜け出して俺の胸の上にうつ伏せ、どう獲物に襲いかかろうかと尻尾をユラユラさせる猫のように細められた瞳はこの上もなく魅力的だった。
「まっ、その内どっかからひょこっと出てくるかも……」
(そう、俺の隠したアレを見つけるとすれば、それは元々の持ち主、古の大賢者の魂を持つあなただろう。その時、陛下と同じように「捨てろ」と言うのか、モルギフに戻すのか、あるいはそのまま放っておくのか。
いずれにしても、それは俺なんかが考えることじゃない。今は……夜の始めに戻るべく、この短い幕間を終わらせること)
だから、ご機嫌を取るように髪を撫で、いかにも不機嫌を装ったその口を塞いだ。

時は邂逅を演出する

Section: 1 黒曜石

「この黒曜石をお前に預けることにする。誰も思いつかないような所に捨ててきて欲しい」
初めての勅命がこれって……、陛下ぁ、ホント俺に悪意を持っちゃいないですよね?
自分の国を取り巻く国際情勢をろくに知りもせず「戦いはしない」と言い切ってしまう王をいただく臣下としては、不穏な空気が漂い出したこの時期にあまり近くでうろちょろされるては困るって云うのは分かる。
だからって、またまた耳にした『魔剣かも?』って情報を吹き込んで、ちょ~っとばっかし遠ざけておくっていうのは、……まあ、しかたないか。なんたって閣下から第27代魔王陛下って子供の素性と行状を聞いたとき、思わず「冗談でしょ?」と言いそうになったもんな。あの閣下が冗談なんて言った日にゃあ、どんな天変地異が……考えただけで寒気がする。
実質的にはこちらから手を出さず、なおかつ相手の出方を抑制できる……かもしれない、太刀打ちできない、恐ろしい力って書いてあるだけの伝説の剣が手に入ったら儲けもんではあるけど。
「いいか、グリエ。コンラートが同行するとは云え、人間の国では何が起こるか分からん。人間の国を出るまでそれとなく警護しろ。その後は例の海賊たちの調査に戻れ」
「へ~い、お言い付けには従いますがね……、でも俺の仕入れてきた情報ってホントにその『モルギフ』って魔剣のことなんですか?、随分前に行方不明になったんでしょ?、仮に見つかっても魔剣なんかじゃなくて、単なる古くさいボロボロな剣だったらどうします?」
「それらしきものが見つかればよいのだ」
「え~と……閣下ぁ?」
「『魔王が魔剣を手に入れた』、そういう情報が人間たちに伝われば、それでよい」
「あ~あ、ギュンター閣下は欲しそうでしたけどねぇ」
「書物に書かれているからと言って、すべて本当のこととは限らんだろう。ギュンターは夢見がちなところがあるからな」
(閣下ったら、酷~い!)
そうして目出たくも陛下は魔剣モルギフを手懐け、その魔力を発動し、結果、魔剣の威力を人間たちに知らしめられた。

ある意味、高度に政治的配慮が必要な(早く云やぁ、厄介極まりない)任務を仰せつかった俺は、与えられた部屋に戻ると握りしめていた手を恐る恐る開いた。
昼間見たあの剣の威力の源がこんな小さな石だなんて、その場にいなければ「寝ぼけてんじゃね~よ」と笑い飛ばすとこだ。
さて、これは眞魔国にとっては、あった方が良いのか、ない方が良いのか。
──相手が強い武器を持つなら、自分はそれより強い武器を。殺されないために──
互いが信頼し合えない人間同士でも、国同士でも、それが普通だ。始めは自分の身を守るだけのはずがエスカレートし、そして、ほんのちょっとの摩擦で一気に燃え上がる。
平和、か。
どんなに賢い王様が統治しても平和を保てるのはせいぜい国内がいいとこ、それも世代が変われば簡単に崩れてしまう、脆く、一夜の夢のようなものでしかない。世界ともなれば……今までに平和な時代なんてあっただろうか。
一国だけが平和を望んでも、けして成立などしない。仮に陛下が今後の人生をこちらで、魔王として生きるつもりだとして、奇跡的に平和な国を、世界を作り出し、続いたとしよう。
彼の治世はどのくらい続く?、果たして言賜巫女ほど長生きするのか?
陛下が退位した後、その次の魔王は陛下と同じ熱意を持って平和を求めるか?
再び戦乱の時代がやってきたら?
陛下が『いらない』と思っても、未来永劫『不要』になるとは思えない。
──我ながら、イヤな考えだ。
いいだろう、彼が『いらない』と言うのならそれでいい。
モルギフ自体、長い間行方不明だったのだ。捨てるにしても、隠すにしても、見つからないのなら同じこと。とすれば、どこに隠す?、 眞魔国?、 人間の国?、 それとも、誰も知らない未開の地?
それに、隠し場所は俺が知っているだけで良いのか?
魔力のない俺が持ってもなんら反応を示さないのなら、おそらく人間が持っても同じ。だとしたら、万が一、誰かに見つかったとしても、モルギフに装着しなければただの『黒い石』でしかない……はず。
いっそ黙って売ってしまおうか。そうすれば、人から人へ、行方は追えなくなる。
──あぁ、残念だな。これが光り輝く宝石であれば、その手もアリだったろうに。

悶々として夜は明け、翌朝、愛の虜号はシルドクラウトに向けて出航した。
大きなヨットとは云ってもそれはそれ、船員でもなければすることもなく、暇を持て余した坊ちゃんはコンラッドと剣の練習やらジュウナンタイソウとやら甲板でできる運動を、三男閣下はいつものように船酔いで船室に籠り、シュバリエさんは嬉々としてツェリ様の世話をし、俺は怪我をした子供の世話をしながら考えていた、魔石の隠し場所を。
──くそっ、早く、手放してしまいたい。
五日目、朝もやに霞むシルドクラウト港の桟橋に下船した俺は、着いたときと同じように静かに立ち去る愛の虜号を見送った。あと半日もすれば火祭り見物から故郷に帰るため、船を乗り換える観光客でごった返すはずの桟橋も街も、まだ眠りについている。
「さて、どうしようか」
いつ如何なるときに変装が必要になるとも限らない仕事をする俺としては、隠し持たなければならない物は出来る限り持たず、知り得た情報は頭の中、が基本。
取りあえず、陛下たちが帰郷したことを閣下へ報告、次に腹ごしらえ、そして、隠し場所の変更。やるべきことの順番が決まると後は街中へ向かうだけ。

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