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三男閣下は周囲を偵察に、俺は「夢みたーい」号から薪を降ろすと焚き火の準備。陛下は「なんか身体中が、変」とあっちこっち筋を伸ばし、猊下はあの状態なのに堂々の爆睡中、なんでそのままにしておいた。
「どうだった、ヴォルフ」
「焚き火の状態だと、かなり前とかなり後ろに1つずつだ」
「それにしても、羊があんなに走るとは思いませんでしたよ」
「ああ、そうだな。それと帰ったら少し重くなっても良いからアレの居住性を少し改善させよう」
返ってきた三男閣下は腰を少し回してから、陛下の隣に座り込んだ。搭載していた携帯食料とお茶を配り、無言で食べた後は眠るだけ、こういう短期決戦を勝するには、実力に運に、体力だ。
どのチームも疲れてそんなこともないと思うが、夜襲を考慮して、始めは三男閣下と陛下、次が俺、その次が(起きれば)三男閣下……だが、まっ、たぶんそのまま俺が寝ずの番をするになるんだろう。
「ヨザック」、御者台に横になっていた俺を起こしにきた陛下が、そっと声をかけてきた。
「時間ですか?、あれっ、閣下は?」
「うつらうつらしてるよ。大体、この時間だといつもは寝てるからな」
「陛下もこっちで寝ますか?、ちょっと堅いけど横になれますよ」
「いや、ヴォルフと火の側にいるよ」
「そうですか。それじゃ髪とか服とか燃やさないように気をつけてくださいね」
「普通、気づくだろ?、その前にさっ」
「どうだか」
「うわっ、信用ねぇなぁ~。あのさっ、ヨザック」、軽く落ち込んだ後、俺の名を呼んだ声は真剣だった。
「なんです?」
「聞いてもいいかな」
「何を?」
「いつ……村田の正体を知った?」
当人同士で話はついてるが、俺とはまだ……ということか。
「ギルビット館ですよ」
「そんなに前!? あいつ、そんなに前に言ったの?、オレに言う前に?」
驚くというより、ガッカリしてるようだ。無理もない、何日も悩んだ挙げ句やっと知った事実を、俺なんかがとっくに知ってた訳だから。
「カロリアで一緒だったでしょ? 陛下を救い出すとき一緒に連れてくべきかどうかってね、だから素性を調べるために忍び込んだんです。
 そしたら『大賢者の記憶を持ってる』って衝撃の告白ぅ~、俺もビックリしましたぁ」
「でも、……信じたんだ、それを」
「信じた根拠はですねぇ、ちょ~っと違うんですよ」
「それじゃ、何を?」
あの言葉を思い出すと、いまだに笑いがこみ上げてくる。
「猊下はね、精一杯の威厳を漂わせて『アガメイニシタガウベシ』って言ったンですよ」
「はぁ?、何それ」
「たぶん『俺に従え』って言いたかったんでしょうけど。今どき、あんな言葉、式典の祝詞でも使いませんって」
「ってことは、つまり……、使った言葉が古かったから信用した?」
「他国の言葉でもなく、音は確かに魔族語だけど、それでも今の魔族語でもない。とすると、かな~り昔ってことになるじゃないですか。大賢者かどうかはちょっと眉唾もんでしたけど」
「で、今は信用してる?」
「ええ、もちろん。あっ、この話、猊下にはしないでくださいよ」
「どうして? なんかマズい?」
「ほらっ、自分がもったいぶって使った言葉がカビまみれの古くさいもんだって知ったらきっとガッカリしますから」
本音を言えば、違う。こんなに最高なからかいのネタは取って置きたいだけだ。云われた時の猊下がどんな顔をするか、これは密かな俺の楽しみ。
「あいつ、普段から使ってるぜ? 古~いギャグとか。でも、昔って言っても精々30年くらい前だから4,000年前と比べたら……、あいつの中では『ごく、最近』ってことか」
「そうかどうかは分かりませんけど、別にいいじゃありませんか。そんじゃ見回りに行ってきますから、陛下はちゃんと寝てくださいよ」
「おぅ」
見回りから戻ると、熟睡している三男閣下に肩を貸した陛下がぼんやりと炎を眺めていた。
「眠れませんか」
「うん、この先のことを考えちゃってね」
先の不安を逸らそうと「お二人に何かあったら八つ裂きにされちゃう!」と茶化してみたが、うまくいかなかったようだ。それなら、次の手、ドキドキ、ワクワクな怖い話。
「この荒れ野にはモモミミドクウサギも出るんですよ。桃色で見た目は可愛いんですけど、手を出したら、大きな口でガッツリです」
まあまあの反応かな、もう一押し。今度は可愛くおねだり。
「無事にご帰還された暁には、特別賞与をご検討くださいね♥」
「ゴケントウします」
うん、やっといつもの陛下だ。
「それにしてもあんまり役に立たない奴らまで派遣するなんて、俺ってそんなに信頼ないですかねぇ。その上、肝心の陛下は、異国の代表のふりして、仇国の競技会に出場ですって。誰か助けてー、ですよ。まっ、それでも陛下に従うって決めましたがね」
よし、決まった。
しかし、陛下は意外な言葉を口にした。「コンラッドにそうしろって?」
白湯を飲もうとしている陛下に待ってもらい、茶葉を探しながら「いいえ」と答え、(どうも妙な方向に話が進みそうだ)、語る言葉を注意し始めた。
「ルッテンベルクの獅子とかいう?」
陛下の手からカップを取ると、ポットに茶葉を入れ、葉が広がるのを待ちながら、「よくご存知で。(どうして、それを?)こんなに話しちゃっていいのかしら。おねーさん後から怒れるのやだわぁ」
俺がおネエ言葉を使う時はどういう時か分かってきた陛下は「できれば知っておきたいね。もしお咎めがあるようなら……」、すべてを、真実を、聞きたがっていた。
紅茶を注いだカップを渡しながら、「……ちょうどこの辺りですかね」
話して分かるだろうか、当時の俺たちがどういう境遇だったか。
ただ魔族と関わりがある、魔族の血をひいてるってだけで、閉じ込められ、自由はおろか、人としての最低の尊厳もなく、家畜より酷い扱い。荒れ地を耕そうにも道具も種もない、ろくに食べ物もないから、幼い子と年寄りは連れてこられるとすぐに弱って、ある朝姿を見せなくなる。
俺も当時は明日を迎えられるか不安で、眠るのが怖くて。ちゃんと熟睡して一夜を過ごすことができるようになったのは、眞魔国に来てしばらく経ってからだ。
人の気配に顔を上げると、焚き火の向こう、毛布に包まった猊下が俺を見つめていた。ゆっくり陛下の脇に座ると、寝起きの、やや掠れた声で「隔離施設のことを話してたのか?」と尋ねてきた。
「つまらない話です」
「いや聞きたいね。渋谷も知ってると思うけど、第二次大戦時、アメリカでは日系人だけ集めてね、劣悪な環境に収容したんだ。」
(そうか、チキュウにも同じような歴史があったのか)、茶葉を入れ直してポットにお湯を注ぎながら、話せる続きを語った。
「自分の中のもうひとつの血に生きると決めた者は、我々と一緒に海を越えるがいいってね……それがダンヒーリー・ウェラーだった。自分に与えられたルッテンベルクに、連れてきた俺たちを住まわせたんです。入れ墨のある追放者が女王様と結婚なんて、まったく凄い話だ。まぁ、剣の腕じゃあ名高い血統だったようですけど」
ルッテンベルクの中じゃ自由だったし、土地も肥えてたからそのまま居着いた者や、腕に覚えのある者は職人や兵士になった者、新しい家族を持った者もいた。とにかく、『明日』ってやつが持てるようになった。
「息子のコンラッドは、当時の魔王陛下、母親のツェリ様から貴族の地位を与えられて『ウェラー卿』と呼ばれるようになりました。もっともシュピッツヴェーグ姓を名乗りゃあ十貴族の一員にもなれただろうに。アイツは何を考えるんだか、不可解でねー。俺なら迷わずそうしますけど。
 とにかく歳が近かったんで、成人の儀もほぼ同じ時期。王都に出て軍に入隊しました。」
苦労したってことは同じだが、周囲の視線とされた仕打ち、その内容と程度はまったく違っていた。
「で、結局、アイツは士官、俺は一兵卒として同じ部隊に配属、なんで『うちの隊長』って訳です」
「なるほどねぇ、それがルッテンベルク師団ってわけ……」
「いえ陛下、それは違います!」、陛下の早合点に思わず声を荒げてしまった。
「それは断じて違います」、そんなに簡単な……話じゃないんだ。
「話しにくそうだね」、そう言いながらも猊下は先を聞きたがっている。
「ある意味、国家の恥ですからね」
こんな欺瞞と差別に満ちた奴らがまだ残る眞魔国を治めることになった陛下は、そして猊下は、どう思うだろう。だが、他の、あの場にいなかった者からあることないこと話されるより、俺から言った方がいい。言葉を選んで、真実を。
「20年ほど前、戦時下にあったことはご存知ですよね。でも、敗戦の危機だったことは?」
「負けそうだった、ってことなのか?、眞魔国が?」
「どう贔屓目に見ても、敗色濃厚でしたね」
海を渡り、2つの国を踏破して北上したシマロン軍は国境に隣接する都市、アルノルドを陥落しつつあった。アルノルドが落ちれば、一気になだれ込まれて本土決戦は避けられない。戦火は分散し、グランツ地方とカーベルニコフ地方で防戦一方の眞魔国にはアルノルドからの援軍要請に応える余裕は皆無だった。
ツェリ様が摂政を任じた兄のシュトッフェルは元々混血や人間に偏見があったところに、反意を唱える者が遠征で居らず、何もできないことを良いことに卑劣な進言をした奴がいた。
今思い出しても、怒りと憎しみと、……痛みが蘇ってくる。
「何を、言ったんだ?」
感情を抑えた猊下の静かな声は、わき上がってくるものを一時だけ、忘れさせた。
「……忠誠心に、疑問があると。そう、敵国の血が半分流れているから、国家を裏切る可能性があると……くそっ!」
忘れられるはずがない。(戦車の備品にこんな薄い、上等なカップなんか載せるんじゃねぇ!)
強く握りしめて割ってしまったカップの破片を手から払い落としながら、次第に高まった感情は、言葉を選んでる余裕も、聞いている二人を気遣う余裕も、何もかも放り出して、ただ激情のままに言葉をぶつけていた。
「申し訳ありません、陛下、猊下。取り乱しました」
神妙な顔をしたお二人を見て(ああっ、やっちまった)と思ったが……、この話にはまだ後半がある。
「ウェラー卿に残された道は一つだった。忠誠心を示す。国家に、眞王に、全ての民に。自らの命を以て、絶対の忠誠心を。そうして同じ境遇、人間の血を引く者ばかりで編成された、小規模で特殊な師団、それがルッテンベルク師団です。俺たちがアルノルドに到着したとき、こっちの兵力は4千弱、敵は3万を越えていた。
 戦地は……地獄でした。切っても切っても敵が湧いてくる。その内、剣や太刀が血や脂肪で使い物にならなくなると倒れた者から奪い取り、また切り掛かる。腕の力が弱ってきたら剣を手に括りつけてでも、敵に向った。
 もしかしたら、敵の中には自分との血の繋がった者がいたかもしれないが、そんなことを考えていたら、生き残れない。とにかく、剣を持って向ってくる者を倒すだけでした。
 でもね、その一方で平等でもあったんです。人間も魔族も関係なく、そこには赤い血を持った、殺す者と殺される者しかいなかった。
 結局、奇跡的にも敵を退却せざるを得ない状況にまで追い込みましたが、こちらも、戦場から遠ざけたはずの新兵と傷病兵の部隊が奇襲を受けて全滅、日が落ちて後方の陣まで五体満足で帰還した者など全大隊を通じて皆無。這うようにして辿り着いても癒しの者や医者はおらず、薬は尽きてほとんどなく、ウェラー卿ですら動かせないほどの重傷。せっかく殺されずに戻ったのに、……ほとんどの兵がそこで息を引き取りました。
 そんな僅差の勝利でさえ各地に伝わると形勢は逆転、眞魔国の抵抗と闘志は勢いを増し、その結果、停戦までこぎつけました。俺はあの闘いでの勝利を、眞魔国のというより、俺たちの勝利と思ってます。停戦後、臨時評議会の全会一致でウェラー卿に誉れ高い武勲として十貴族と同等の地位を与えましたが、うちの隊長にとってはどうでもよかったみたいだ。なんかもっと大切なことがあったんでしょうね」
「コンラートが戻ってきたときにはもう──ジュリアは亡くなっていたんだ」
「あ、起こし、ちゃいました、か」、(三男閣下はどこまで知ってるんだろう)
「軍人としての階級も返還して、ただ陛下の護衛することのみを、至上の命としていましたよね。俺なんか仕方ないからフォンヴォルテール卿の指示下に入ってるけど、復帰を望む奴らは多いんですよ。
 あの戦場での姿。先頭切って敵陣に切り込み、通り過ぎた後は、地面に転がる敵の姿しかなく。返り血を浴びながら倒した敵を踏みつけて剣を抜く様。視線で味方を鼓舞しつつ「進め!、ここを死守しろ!」と張り上げる声。何度、戦火をくぐり抜けたって、兵士っていうのはいつ死ぬかってどっかで怯えてるもんです。まして、アルノルドは始めっから圧倒的な劣勢。そんな俺たちにとっちゃぁ、まさに心の支え、守り神でした。
 あの場にいた者は誰しも、自らの命を預けることにみじんも迷いはなかった。恐らくウェラー卿コンラートは、ルッテンベルクの誇りでしょう」
「でもオレは、そんなコンラッドは好きじゃないな」
(陛下は相変わらず、無自覚に核心を突いてくる)、俺の微かな笑みを勘違いしたんだろう。
「うっ、不適切な発言がゴザイマシタカ?」
(いいえ、陛下。成人してからのアイツは笑わなくなった。何を目標にしたら良いか分からず、人畜無害って仮面の下で、近寄ってくる奴らを信用せず、よく知りもしない他人からの評価を疎み、自分の力を発揮できる場は与えられず、ずっと自分を隠していた。だから、戦争が始まると己を解き放ち、勇猛果敢に闘った。他の奴らは『剣聖』なんて言って崇めてたけど、俺には身を護ることもせず、明日を生きるつもりもないようで、側で見ていて……痛々しかった。そんな苦悩を分かっていながら、俺はアイツを祭り上げた。力のない混血の俺たちのシンボルとして、一つにまとまるために。
分かってますか? アイツのそんな姿を見たくなかったら、あなたがしっかりしなきゃいけないんですよ)
誰もが次の言葉を探し倦ねていた。
「あれ? 雪じゃん」
重苦しい空気を一変するように、手袋を外して掌を差しだしてる陛下は明るい声を上げた。空を見上げた俺たちは口々に天気と行軍の心配をし、車に入ろうと立ち上がり始めた時だった。
「ンモきーん!」×16回、寝ていた羊たちが瞳を赤く輝かせて次々と立ち上がる。モコモコのその姿が細く、俺のステージ衣装のようにぴったりと張り付き、降ってくる雪を滑り落としていく。
「雪モード?」
「羊は悪天候に強いってことかなー。しかもこの時間帯。夜型というか、なんだか今にも走り出しそうじゃない?、走っとこうか、この際」
言われてみれば、鼻息は荒いし、足踏みをして荒れ地に蹄を響かせ、まるで戦闘前の鬨の声のようだ。
「渋谷、夜間の走り方を知ってるかい?」
「いやさっぱり」
うーん、確かに距離を稼ぐことはできるが、目安になるものは星しかないし、雪が酷くなればそれすら見えなくなる。雪が積もってこれ以上足元が悪くなったら……、と悩んでいる間に荷台を漁っていた猊下が何かを取り上げた。
「魔導遠眼鏡ーぇ」
その後に続いた言葉はまったく理解できなかったが、ともかくアニシナちゃんの品とはいえ量産品なら性能に間違いないし、使っても危険はない。
よし、行くぞ!

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