・ 5 ・

道標は始めっからないし、出走時、係員が寄越した地図は大雑把に山脈や川などが描かれてるだけでたいして役にも立たないが、それでも猊下が後ろで目安となるものを読み上げ、助手席の陛下が魔導遠眼鏡で轍や周囲を確認しつつ「軽くて夢みた~い」号は荒れ野を突っ走っていく。
「あっ!、み、見てしまった」
「なにをっ」
本格的に降り出した雪の中、方向音痴の羊たちを御している俺は道や方向にまったく関係のないことなんかにいちいち構っている暇はなかった。
陛下と猊下がゴチャゴチャ言ってる間に、陛下の『見てしまった』ものが何か見えてきた。
薄らと雪が積もった原野に溶け込むように子供が一人立っている。
手綱を引いて、先を急ぐ羊たちを止めると陛下がカンテラを持って飛び出し、声をかけた。
続いて降りた猊下が子供の指差す方を遠眼鏡で確認すると、「……煙がでてる」
立ち上がって眺めると確かに灰色の煙が立ち上っていた。こんな場所に家があるとは思えない。想像が、過去が、現実でないことを祈った。
子供を抱いて陛下と猊下が車に戻ると、「ヨザック、きっと家が火事で、こんな遠くまで逃げてきたんだ。連れて帰ってあげなくちゃ」
間近で見る子供は、乾いた血だけが色といえるように髪も肌も白く、薄着の上に、幼くて、細い。(陛下、こんな場所に家があると思いますか? それに、この痩せ具合……)
方向を変え、煙の元へ辿り着くと、燃えていたのは民家ではなく、柵に囲まれた二棟の、周りには兵士の姿も見える、どう見ても『施設』。保護者のいない子供たちが、ただただ静かに涙を流しながら、柵の隅で怯えながら固まっていた。
陛下の膝にいた子供が仲間のところに戻ろうと立ち上がり、続いて陛下たちが降りると、火に怯えないよう羊たちを少し離れた場所に誘導してから陛下たちのいるところまで駆け戻った。
「──、恐らく彼なら知ってるだろうけど」
戻った俺を見ながら、そう言った猊下は苦々しい顔をしている。
「よーく知ってますよ。この場所はね。俺も昔、こんな教会に預けられたから」
右往左往している兵士たちは子供たちには何の関心も寄せず、ただ火を消すことだけに終始している。
「神族との間にできた子供だけを隔離して育てているんでしょう。ちょうど俺たち魔族と人間の混血が、荒れ野に封じられていたみたいにね。でもこの子たちの場合は少し事情が違う。神族に縁のある子供なら、生まれつき強大な法力を持つ者もいる。この中には確実に、将来の優秀な術者が含まれてるんだ。つまり……非常に価値のある、商品です。
 兵士として自国の軍で使うことも、術者として異国に売ることもできる。……その点、魔族は楽なもんでしたよ? ほとんどの場合、魔力なんか欠片もなかったから」
(『商品』なら、まだましな扱いを受けるだろう。俺たちには、価値はおろか、存在すら認められなかった。だが、それを今、陛下に言ってどうなる)
もどかしそうに消火活動を見ていた陛下は「いつまでたっても燃え尽きない」と呟き、猊下が「こういう特殊な炎はね」と術者の火であることを教える。普通の炎なら黄色からオレンジ、赤と下から何本もの柱が伸び上がるように立ち上がり、もちろん炎の向こうなど見えない。それに対し、術者の火は黄色から緑がかった青で、透明な幕のように周囲を取り囲む。物を燃やすのではなく、それ自体が互いに触発されて燃えているように見える。
「ってことは、誰か魔法使いが魔法でやってる可能性が高いのか!?」
マホウツカイが何かは知らないが、三男閣下が呆れながら法術者の存在を示唆している。
一歩離れた猊下はひっそりと「渋谷はどこで術者の火を見たんだ?」と尋ねてきた。
「初めてお帰りになったとき、襲われた国境の村で法術者の火を大雨を降らせて消したって聞きました」、それは、村と周辺のごく一部だけに降った豪雨、と聞いた。
「雨、ギルビット館の洪水、地割れからわき上がった水、渋谷が今までに使ったのは水だけかい?」
「土と骨でそれぞれ一回、人形を作ってますが、大体、水がらみですね。三男閣下との決闘とかシルドクラウトじゃ、なんでも首の長いとかげみたいなものを出されたようですよ」、その水柱は人を持ち上げ、締めつけることもできるが、懲らしめるだけで溺れさせたりはしないらしい。
「ああ、それは東洋風の竜だよ。それより、どこで操ってるんだろう」
「そうですね、大人たちはみんな消火に駆けずり回ってるし」
目をこらして探していた陛下が大声で名前を叫んだ、「フレディっ!」
「もうやめるんだ、こんなことして何になる!?」、陛下の説得に首を振る神族のガキ。(説得より、剣の方がてっとり早いが……陛下がそんなことを命ずるはずもない)
「どうやって消し止めたのかな」、──陛下は魔力を使ってもその時の記憶を覚えていない──グウェンダル閣下はそう言っていたが、それなら魔力を使っている時の陛下は、誰なんだろう。
問われた三男閣下の「雨だ」に続いて、「きみがこの土地で魔術を駆使しても、あの子たちの法術にかなうとは思えない。成功の低い策を実行して、きみを危険にさらしたくない」、そう言う猊下は強い意志と諦めが混ざった、妙に大人な表情だ。
「打てる確率が低いからって、バットを振ってみない馬鹿はいないよ。……もしかしたら振り逃げできるかもしれないし」
そんな陛下の言葉を聞きながら、視野の中に男が一人、俺たちより遅れていたはずのマキシーンが入り込んできた。
互いの存在に気が付くと、マキシーンと陛下がガキどものところに走り出す。
剣に手をかけながら陛下を追いかけると、「ここから買い上げてやった恩も忘れて、──」
そう言いながらガキの一人を引き倒したマキシーンが、いきなり何かの力に飛ばされた。(どんなに高価でも『物』扱いか)
もう一人のガキが叫ぶ、「勝てば何でも願いを叶えてくれるって!」
怒りと絶望のこもった声は、耳にも、心にも冷たく響く。
まるで見えない壁があるように陛下の足が止まり、それ以上は行かせない、とばかりに猊下が肩に手を置く。マキシーンは剣を抜き、陛下を庇うように立った俺は柄を握り、いつでも切り掛かれるよう身構えた。
フレディと呼ばれたガキはジッとこちらを見つめ、背後の陛下は一言も発しない。
(陛下がこんな状況で黙り込むなんて、何が起こってる?)、剣を手にしたマキシーンが目の前にいる以上、振り返ることができない。
暫くすると、髪や服に落ちるカサッ、カサッという雪の音が、ポツッ、ポツッ、ボトッ、ザーッと空の底が抜けたような大雨が滝のように火に降り掛かってきた。
離れたこちらまで霧雨が降り掛かる中、ドサッと音がして振り返ると陛下が座り込んでいた。疲れて脱力してるというより──なんか変──という顔をしている。
(ギルビット館の1回目、地の果ての暴走を止めた時、それから今、グウェンダル閣下の言うように気を失ったりはしなかった。これまでと何か違いがあるのか?)、そっと伺うと三男閣下も疑問に思っているようだ。
「陛下、大丈夫ですか」
「……なんかおれ、ちょっとおかしいみたいよ」
「ぼくには、小さくまとまってしまったように思えるがな」
こういう時、一言あるはずの猊下は閉じていた目を開いてゆっくり空を仰いでいる。何か、願ったものを探すか、祈るかのように。
その隙にマキシーンは特徴でもある逃げ足の速さで姿を消し、俺は車に戻って非常用の狼煙を上げて併走班に緊急事態を教え、ありったけの毛布と食料を持ち帰った。
陛下はフレディを毛布に包みながら、「いいかい。この後オレたちの仲間がやってくる。彼等と一緒に行くんだ。テンカブが終わったら君たちの故郷に送ってあげるから、必ず待っててくれ」
「なんで」
「なんでって、……オレはこういうのイヤなんだ。それだけだよ」
食料を配ると子供たちはいくらか落ち着いてきたようだ。
少し離れたところで併走班のドゥーガルト卿たちを待っていた俺は、刻々と過ぎる時間をジリジリしながら待っていた。雪が舞い落ちる音の中に背後から近づいてくるギュ、ギュと雪を踏みしめる音を聞き、剣に手を置いた。
「ヨザック」
振り返ると、剣の届かない十分な距離を置いたところに猊下が立ち止まっていた。
「こんなとこで後ろから近づくなんて……。なんです?」
「ちょっと……君が心配でね」
「俺が? まぁ~ったく、一体、俺のどこが心配なんですかぁ」、ふざけながら猊下の元に歩み寄った。
「本当は言いたくなかったんだろ。ここでのことも、アルノルドのことも」
「……そう聞こえましたか」
「なんとなく、言葉を選んでるような気をしたんだ。それとも、渋谷を気にしたのかい」
「まっ、そうですね。どんな惨状を聞いてもあなたは大丈夫だと思いましたが、陛下は──。うまくいきませんでした」
「少々強烈だったけど、概ね良かったと思うよ。僕たち自身は経験してないけど、人間の歴史の中でチキュウ上に戦争がなかった時代なんてなかったし、そういった歴史は授業や本、テレビに映画、うんざりするほど見てるんだ。でも、……配慮してくれて、ありがとう」
(俺なんかに気をつかうことなんて……必要ないのに)
東の空が薄ら明るくなり始めた頃、モーッと牛の鳴き声が聞こえてきた。信じられないことにドゥーガルト卿たちは牛車に乗ってやってきた。
陛下が事の次第と船に連れ帰って待つよう告げると、到着した卿たちは勅命に感激のあまり「お任せください」と大きくうなづいている。
「渋谷、もういいだろ。そろそろ行かないと勝てないぜっ」
実を言うと毛布を取りに行った時、追い抜いて行く車を見かけた。本当に優勝したいなら遅すぎるくらいだ

羊たちは十分に休養したらしく、レースに戻ると今まで以上のスピードでかっ飛ばして行く。雪の勢いは少し穏やかになったが、凍った地表は朝日を反射して一層道の状況が見づらい。
遅れを取り戻そうと乗客の乗り心地をまったく無視した走行は、昨日以上に左右にブレるわ、石に乗り上げて跳ね上がるわ、しかし、誰からも苦情は出なかった。
夜の間に抜かれた1台が目の前に迫ってきた、小シマロンの奴らだ。
俺たちに気づいた奴らは速度を上げたが、凍った地面では偶蹄目の羊の方が踏ん張りが利く。
必死に振るう鞭の音を聞きながら握った手綱を軽く振るとTぞうたちは速度を上げ、しばらく抜きつ抜かれつを繰り返し、目の前に川と橋が迫ってくると勝負を仕掛けた。
奴らの馬は2列の4頭立て、こちらの羊は2列の16頭立て。僅かに抜け出ると隊列が長いのを利用して車を寄せた。案の定、足元に迫った羊に先頭の馬が体制を崩し、奴らの橇は川へと一直線。張っていた氷は大人3人を載せた橇に耐えきれず馬もろとも水ン中(楽しいねぇ~)
街の目抜き通りまで追いすがったのは陛下曰く『マッチョ』が引く橇。両側の建物でこもった空気の中に奴らの体臭が臭ってくる。(男の汗臭い体臭なんざ、鼻が曲がっちまうぜ)
「曲がりますよ坊ちゃん方ッ、しっかり掴まっていてください!」
声をかけると一層速度を上げて角に突っ込む。勢いのついた車は大きく外へはみ出し、一瞬浮かびかけたが羊たちの滑走に引き戻され、跳ねながら道に戻った。
急角度に曲がることもできず、引いている橇を振り回すほどの力もないマッチョどもは角をうまく回れず、沿道の観客を逃げ惑う中、斜め前の店に突っ込んだ。
闘技場への最後の一本道をひた走る俺たちに、旗を振る沿道の観客から声がかかる。但し、けして俺たちへの応援ではなく、先頭が小シマロンチームでないことへの怒号と非難だ。
何やら陛下がのんびりしたことを言ったようだが、聞いちゃいられない。物でも投げられたら逃げ場がない、とにかくそんなことにならないよう闘技場へ突っ走った。
それでも何かが投げ込まれて異臭が立ち込め、お子様たちはソレについてくっちゃべってる。(時々思うんだが、このお三人は状況認識能力ってやつが弱いんじゃないんだろうか)
「それで坊ちゃんたち、結論は出ましたかっ!? 優勝しちゃっていいのかダメなのか」
(ここでしばらく立ち止まったって、次がやってくるまでお茶の一杯は優雅に飲める)
「するよ!」
力強い陛下の言葉に今まで使わなかった鞭を空中で鳴らすと、心強い「ンモウっ!」とともに速度が増した。
性懲りなく、色んな物が投げ込まれながらも石造りのゲートを全速力で駆け抜けた。
ガラガラガラ、ドスンと落とし戸が閉まる重厚な音がして、ギャッとかグシャとかガシャーンとか、何かがぶつかった音が閉じた空間特有の反響でとても大きく聞こえた。
前方に壁が迫ってきてやっと羊たちが足取りを乱し、「軽くて夢みた~い」号は追突間際で停止した。
蹄の残響、羊たちの荒い息、雪装備を解除していつものモコモコ以上に膨らんだ毛から立ち上がる湯気、陛下たちのホーッと洩らす息、そんな中に駆け寄る足音が混ざってきた。車を取り囲んだ大シマロン兵は俺たちに休む間を与える気はないらしい。
「貴様等は速部門で優勝し決勝戦に進む権利を得た。降りろ、そしてきりきりたちませい!」
文句を言いながら立ち上がろうとした陛下は「……なんか、羊酔いしちゃったかもよ……」と座り直してしまった。三男閣下も頭を揺らしながら、気分が悪そうだ。
御者台から降り、陛下側に回る間も陛下の愚痴が続いている。
「え、ちょっとくらい休ませてもらえねーの? だって今着いたばっかなんだぞ? いい加減、疲労もピークだろ」
「それが狙いなんですよ」、ふらつきながら降りようとしている陛下に手を差しだした。
「なにしろ占領地に優勝された日にゃ、どんなことを要求されるか判ったもんじゃないし」
具合の悪そうな陛下の顔が一瞬、ニヤッと笑った。怖いもん知らずの、前だけを見てる若者の、良い顔つきだ。
続いて降りようとしている三男閣下は、俺と目が合うとキッと睨みつけてきた。(はいはい、武人だから手はいらないですね)
「あー、もう、骨がギッシギシ言ってるよ。あっ、ありがと」、差しだした手をありがたがりながら、降り立った猊下は、うーんと背を伸ばしている。
「早くしろ!長くかかれば2万もの客が暴動を起こしかね……いや、陛下をお待たせするわけにいかんだろうが!」
(やっぱり。叔父と甥の不仲は国の中枢だけでなく、国民にも影響し始めているのか)
「フン!」、俺の後ろでささやかだか明らかな異議を表明したのは、猊下だった。

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