・ 6 ・

猊下は併走組に戻って欲しかったが、間に合わなきゃしょうがない。
「坊ちゃん方、ちょっといいですか」
制服組に追い立てられるように歩き出した三人を引き止めた。
「んっ?」、「なんだ?」、「な~に?」
「あの~、できれば坊ちゃん方お三人、横に並んで歩いて欲しいんですけど」
「どうして?」
「縦に並ばれると俺との距離が空いちまうんで、その~」
「分かった」、「何が?」、「ああ、そういうこと」
陛下を挟むように横一列となった三人は俺の前を歩き出した。
暗くて通路の低い天井は観客の足踏みで振動を繰り返し、通路の先、明るいところからは興奮を押さえきれない声が聞こえている。
通された部屋のテーブルには様々な武器が並べられていた。受け流した相手の剣を折るソードブレイカー、相手の身体を突き刺すレイピア、騎乗の敵を馬ごと切るグレートソード、盾とともに騎士が持つバスタードソード、普段よく使われるブロードソード、両方に刃を持つバトルアックス、長い柄のボーディングアックス、ちょうどその中間で一番刃大きいグレートアックス、陛下の背よりちょっと短いジャベリン、穂先が3つに分かれたトライデント、穂先で切ることもできるパルチザン、棍棒のクラブ、斧と鋭い切先を持つピック、無数の刺を持つ鉄球を振り回すフレイル、トンカチ型のウォーハンマー、などなど。(まぁ、よくも集めたもんだ。さぁ~て、どれに、しよう、かな)
それとなくテーブルの武器を視線で調べていると、陛下の「まずい、早いとこ着替えないと……」という声が聞こえてきた。見ると、なぜか陛下が上着を脱ぎ終え、シャツのボタンを外そうとしている。
慌てて止める大シマロン兵に、「野郎どもが全裸で競い合いのがルールなら……」と手を止めない陛下。(あーあ、あの女の言うことを信じまったんですかぁ。ほんとにもぅ~)
「古代オリンピックじゃないんだからさ」と猊下は呆れ、「これだからお前は慎みがないというんだ」と言いながら陛下のボタンをはめ直す三男閣下。こういう状況じゃなかったら、『意・味・深』って表現が似合いそうな風景だが、残念ながらのんびりとはしていられない。
「服はそのままでいい! それより早く、武器を選べ」
言われるまでもない。これだな、と思った武器に近づく俺の背中で、テーブルを一瞥した後、「敵国の武具など使えるか」と啖呵をきる三男閣下の力強い声が心地いい。景気づけにもってこいだ。
「そうはいかん、規則に則ってだな……」
取り上げたボーディングアックスの重さを確かめながら、「劣ったエモノをあてがって、さっくり負けさせようって魂胆じゃないでしょーねーェ?」、光に刃を翳して研ぎ具合を確認する。
「これらはいずれも、我が国の名工が鍛えた最高級の逸品……」
「まっ、平均点ってとこですか」、パランスを見るため、軽~く振ってみる。(こいつが名工作の逸品たぁ~笑わせるぜ。きっと普段は農具くらいしか作っちゃいないんだろう)
「規定があるなら仕方ないよ。どれ使う? 渋谷。残念だけど銃はない」
(一番武器なんて知りも、使いもしないはずの猊下が、一つ一つ手に取ってじっくりと品定めしているっていうのも変な感じだ。ああっ、大賢者様の記憶ってやつを使ってるのか)
決めかねている陛下の腕を確かめた三男閣下は「弓はどうだ?」と提案したが、弓は用意されていなかった。おそらく、賓客、というより王の暗殺防止だろう。
「じゃあ槍はどうだ」、渡された槍の穂先を床に、柄の中間辺りを両手で持ち、残りを肩に置いた陛下の姿は、溜息が出るほど『農家のニイちゃん』だ。(そりぁ~始めっから期待なんてしちゃいないが、格好くらいなんとかならないもんかな)
それでもなんとか使えそうな武器を探している陛下に、「どのみちユーリは戦う必要はない、頭数を合わせるためにいるようなものだからな」と言いながら三男閣下が自分の選んだレイピアを見せた。
剣というのはいくら細身でもそれなりの重さがある。そうでなきゃ人を切ったり、突いたりできない。三男閣下の手元を後ろから覗き込み──まあ、これなら妥当な選択だな──と思った。
「先に二勝すればいいだけの話なんだから、ぼくが二人分勝ち抜いてやる」
続いた言葉に思わず──頼もしいお言葉!──と唇だけで音を形どった。(そんじゃ俺はのんびり座って、閣下のかっこいい姿を眺めているとしよう)
三男閣下からのストレートな戦力外通告をものともせずテーブルの周りを歩いていた陛下は、「これどうだろう、これならいけそう!」と嬉し気に俺たちに持ち上げてみせた。
「陛下それは……いかがなもんですかねぇ」
「高貴なる者の武器が棍棒というのはどういう趣味だ!?」
俺たちの問いかけをまるっと無視して、自ら選んだ、最も似つかわしくない武器を妙な格好で横に振り回したあげく、「うん、いい感じだよ」と納得している。(そんな戦法で観客の前に出ようってんですかい?)
「いいんじゃないのー? なんか奇跡が起こるかも」
相変わらずどこかとぼけた猊下は、仕方ないなぁという感じで陛下の選択を応援すると、それを受けて、陛下は「奇跡! 起きてくれ」とやる気になっている。(どっちにしても陛下が試合に出る機会はない、と言うか、そんなことさせないために俺と閣下がいるんだけどなっ)
せき立てられて部屋を後にし、指定された両開きの鉄の扉を押し開けて外を見た陛下は「うお」と奇声をあげ、慌てて扉を閉めて振り返った。
「ご、5万だ。……控え室でもう一度、作戦会議を」
腰が引けるのも無理はない。地図で確認したときの闘技場の大きさ、扉の向こうから聞こえてくる声、まるで戦場のようだ。だが、決定的な違いがある。相手が何人いようと剣を持って切り掛かってこない限り、そいつらは『敵』じゃない。
猊下は扉の前から陛下をどかしながら「客なんかジャガイモだと思えば」、至って平然と言い放つ。
「ジャガイモはあんな声ださねぇよ!」
ジャガイモってのが何かは知らないが、音は出さないらしい。
猊下に向き直ってそういう陛下の後ろから、「じゃあ陛下、モモミミドクウサギでと思やぁいんですって」、閣下と俺が陛下の両脇にガッチリ腕を通したのを確認すると、猊下が力一杯扉を開いた。

雪がちらつく夜空の下、方々で焚かれた松明で照らされ、すり鉢状に設けられた観客席は野郎、野郎、野郎ばっか。そいつらが剣の代わりとばかりに、手を振り上げ、足を踏みならし、挑戦者である俺たちを威嚇していた。
楕円形の闘技場の、長辺の先に俺たちの待機場所、向かい合ったもう一方は大シマロンの待機場所だろう、まだ奴らは姿を見せていない。(俺たちには急かしやがって)
南側の短辺の中心には競技場の出入口、北側の低くなった観客席の奥に黒っぽい大きな建物が隣接されている。たぶんアレが地図で見た建物だろう。艦長たちは首尾よく忍び込めただろうか。
猊下に言われてマスクマンになった陛下は周囲を見回し、「雪に当たると風邪がよくなる気がするよ」と空を見上げている。
「この雪には魔力にも法術にも従う属性がない。どの土地に降っても中立なんだ」
耳に入ってくる陛下と猊下の会話には安心できる部分と不安な部分を含んでいた。この雪が敵になることはないが、水の術者である陛下にも従わないのか。(ますます以て、俺と閣下でなんとかしなきゃな)
「静かに! 陛下のお出ましである」
係のおっさんが偉っそうにお二人の会話を中断すると、観客席も七割くらいが立ち上がって姿勢を正した。(満席なのに、残り三割は座ったまま。へぇ~、これが民意って訳か)
聞き慣れない奇妙なリズムの曲に合わせて野太い声が歌う中を、隣の建物からギラッギラした箱が降りてくる。
「真の脅威はこの国じゃないかもしれないな」
誰にともなく呟いた猊下の言葉を耳にした俺は、真剣な眼差しを箱に向けている横顔に視線だけを向けた。(真の……? 箱と鍵を手にした大シマロンは眞魔国にとって脅威じゃないとしたら、一体どこが脅威だっていうんだ?)
本当に予想していなかったんだろう、脇に立つおっさんの「殿下……?」は実感がこもっていた。
箱に注意を戻すと、白っぽい羽根で全身を覆った男が降りてくると歓声に応えた後、所定の席に座った。(登場も、衣装も派手にしないと『自分』を主張できねぇのかよ、情けねぇ~殿下だぜ)
ガタガタと観客たちが着席する中、大シマロンの待機場所にガッチリした体格の三人が見え始めた。
「どうせ三人とも男前なんだろうさ」
──陛下、敵が『男前』だとなんか問題があるんですか?──とは聞かないが、「顔ではこちらが勝ってるぞ。グリエの件は差し引いて」なんて言われちゃあ黙ってらんない。
「あら失礼ね閣下、乳に関しては負けてないわよぉ」
胸筋を揺すり上げてその豊かさをアピールしたが、陛下は「イロモノトリオ」と発し、一層落ち込んでしまった。
そうこうする内、審判の男が中央に歩み出て、こちらに向って指を一本、立てた。(いよいよだな)
「そうだ、順番決めねーと。誰が行く?おれとしてはまず弱い奴から──」
「お前は最後だ」、「陛下は最後です」
俺たちの言葉より、その後を引き継いだ猊下の例え話の方が分かりやすかったようだ。どちらにしてもこの試合は『勝ち抜き』だし、陛下はもちろん閣下もできれば出ていただきたくない、とすれば、俺が出るべきだろう。
「向こうの実力を計る意味でも、ここは俺が適任で……」
「ぼくが行く。万に一つでもしくじったら、次がグリエだ。ユーリまでは回さない」
誰の異論も認めない、という強い宣言を聞いて──よく似てきた──と思った。敵との戦闘において俺と自分の力量を冷静に判断し、どうすることが味方にとって良策か、上の二人が育っていく中で身につけた『状況判断』ってものを末っ子も体得しつつあるようだ。
立てかけてあった剣を取り上げた陛下はその重さが気になるらしく、「こんな重くて大丈夫なのか?」と言いながら三男閣下に渡した。
「自分のものに一番近い型を選んだつもりだが」、こともなげに刀身を抜き放つと鞘を陛下の胸に押しあてた。(『この剣の帰するところ……』か、古くから臣下が闘いに赴く際、主に対し忠誠と持てる力の全てを捧げるという、儀式的な行為。果たして、陛下はその意味を分かっているだろうか)
待機場所と闘技場を隔てる縁石に片足をかけて身を乗り出した猊下は「ありゃ、髪を後ろで縛ってるよ」と、いつもののほほ~んとした口調。(この人が真剣になることは……あったにはあったが、しかし……、いや、今はやめておこう)
「二刀流だ!」、三男閣下の袖を引っ張りながら陛下が喚いてる。別にそういう奴がいたっておかしくないのに……。閣下も平然と受け流し、その上、伝説となりつつある『血盟城、中庭の組み打ち』を持ち出して「まったく手加減しなかったと思っているのか」と凄みをきかすと、中央へと歩き出す。(いやぁ~閣下、やるねぇ。ここに観客がいたらピーピー口笛鳴らすか、あまりの格好良さにぶっ倒れますぜ)
だがあいにく、唯一の競技不参加者は陛下が未だ抱きしめてる柄を指差して「置けば? それ」とまるっきりの無視。(まあ、……この人は『陛下第一』だから)
椅子に腰掛けるでもなく中央を見つめている陛下の「視線」発言を茶化す猊下を見ていて、なんとなく陛下のいう『ボケとツッコミ』がどういう取り合わせでどんな会話をするか分かりかけてきた。(陛下相手だとボケなのに、俺や閣下相手だとツッコミだよなぁ~)
試合開始と同時に打ち込んできた二刀流を軽々とかわして、あっという間に切先を喉元に突きつけたからと言って、俺としては驚くまでもない。閣下はああ見えても訓練は怠らない、というか、ああ見えるからこそ積極的に訓練に参加しているのを知っている。ちょっとくらい剣の腕が立つくらいでは、彼の相手になどなり得ないのだ。
戦闘時の興奮そのままに、剣を担いで戻ってくる閣下の後ろでは、負けた自国の選手に観客たちが罵声とともにありとあらゆる物を投げつけている。
実に幸先良い始まりだと思った矢先、格好良く帰って来るはずの閣下は、瞬殺の勝利に唖然としていた陛下と(思ったより早かったな)という顔の猊下とニヤニヤ見ていた俺の前で……見事にスッ転んだ。(アッチャ~、一番いいところなのに)
陛下と俺で両脇から抱え上げて待機場所まで戻ったが、よほど打ち所が悪かったんだろう、まともに歩くことも座ることも難しそうだ。年寄りのようにソロソロと席に腰を下ろすと陛下の治癒術を「無駄に消耗するな」と拒否している。
そんな状況でただ一人、大シマロンの様子を観察していた猊下が「あっりゃーあーん? 二回戦の相手は僕等と顔見知りの男みたいだよ」とすっ頓狂な声を上げた。
振り返った俺たちは、ゆっくり中央に進み出た鍛えられた体躯の、その顔を認めた。
(こんなところでお目にかかるとは……)、身体を折り曲げ、思い切り大声で笑い出した俺を、怪訝な顔で双黒のお二人が見つめている。
(好機を与えてくれて感謝しますよ、陛下。これが笑わずにいられるか、身勝手な理由で俺を目の敵にした奴が……、もっと身勝手な理由で何もかもを捨てやがった奴が……。審判も観客もいらねえ、こいつは正真正銘の、決闘だ!)

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