・ 7 ・

「傑作だ、グランツの若旦那。由緒正しい名家の純血魔族サマが、よりによってシマロンの軍門にくだるとは!」
(そうだ。こいつは俺と違って、何もかもピッカピカに揃いきったお坊ちゃまだった)
「おそらく陛下の出場を、どっかで小耳に挟んだんでしょうよ。厄介なのに狙われちゃいましたね、奴の執着は凄いんだから」
(事あるごとにつけ狙われて……、うざってぇ)
「ぼくが」、いつもの倍以上かかって立ち上がりかけた閣下の肩を指一本で押さえると、顔をしかめて立つことも座ることもできない。
「いーや坊ちゃん、そりゃあ了解できませんね」
(我ながら随分と穏やかなセリフを選んだもんだ。心ん中じゃ──ガキはすっこんでろ!──だからな)
手に持った斧を何度が振ってバランスを確認する。
「純血魔族の選良民がシマロン代表だってんなら、魔族代表は絶対、この荒れ地で転がってた、ただの人間の俺でなくちゃね。なんでも忠誠心の欠片もないそうだから、この機会に斬り合って、血の色をきちんと見てもらわないと」
(初めてツラぁ合わせた時のことを思い出す。見下した眼なら慣れてるが、あいつはそれだけじゃなかった)
「待ったヨザック、おれはあんたの気持ちを疑ったりしてないよっ」
肩を回しながら競技場に踏み出そうとしていた俺に、飾り気も裏表もない、陛下らしい言葉がかけられた。
「そんなこたぁとっくに存じてます。けど、行くなら俺でしょ、陛下」
縁石に片足をかけて振り返ると、戸惑ってる陛下の脇で、猊下が黙ったまま、なんの感情も見せない静かな顔で俺を見ていた。陛下とはまた違った豊かな表情を見せる猊下のその顔が、その瞳が何を意味しているのか、探る暇は残っていなかった。
「カロリア側、急ぐように」
「はぁ~い、今行きまぁ~す」
ことさら陽気に待機場所を出て、足早に中央に進む俺は──生きていたら、機会があったら、聞いてみたい。でも、言わないだろうなっ、あの人は──審判を挟んであいつと対峙した瞬間、全ての感情を捨て、散々『ふてぶてしい』と言われた眼で睨みつけた。
「始めっ!」
審判の声で、お互い距離を取る。奴のご愛用はグレートソード。およそ足元から臍あたりまでの太い両刃、柄は両手で掴めるよう普通の倍の長さ。本来は突きを得意とする武器だが、奴は腕力でそれを振り回す、まったく、化けもんだぜ。
対する俺のボーディングアックスは、両手で振り回すには充分な股下ほどの長さ、程よい太さ、鉄で補強された柄に、およそ刃渡り一掌半の頑丈な斧。
何度も手合わせして手の内は知り尽くしてるし、体格も似たようなもん。俺のは短く使うこともできるが、あいつのは懐に入られたら使えねぇ、勝敗を分けるのは懐に飛び込む機敏さだ。
両手で持った斧を右前に降ろして、様子を見ながらゆっくり右に回り始める。奴はどうということもないとばかりに剣を肩に担ぎ、同じく右に回り始めた。さっきの試合後、滑り止めに砂がまかれたが、あまり役に立たなそうだ。踏ん張るとズルっと足を持っていかれる。
離れて踊る舞踏のように保っていた距離をいきなり縮めたのは奴だった。
踏み込んで距離を縮めると担いだ位置から袈裟懸けに振り下ろす。風を斬る切先を半身を引いてかわすと右足を軸にして回転し、勢いをつけて下から上に斬り上げる。
防具も鎧もつけていない今の格好なら、首筋、脇腹、腕と足の付け根、どこでもいい。大動脈を傷つければそれで終わりだ。
振り向き様に今度は上から下へ振り下ろした斧の先が、砂を払いながらせり上がる剣とぶつかって、キーンという金属音が場内に響く。
引っ掛けるように柄と刃の間で剣を押さえつけ、ニヤッと笑いかける。(さて、引いてくるか、押してくるか)
一瞬、ムッとした奴は、渾身の力を込めて剣を突き上げて俺の斧を払うと、そのまま喉元を狙ってくる。
身体を屈め、滑りやすい地面とその力を使って回転すると、踏ん張った奴の軸足めがけ斧を払う。
バランスを崩しながら辛うじて避けた奴と俺は、再び一定の距離でダンスを踊り出した。

「留まれっ!」
俺たちの間に割って入った審判は、俺側の退避場所を示しながら「カロリア側より一時中断の申し入れがあった。競技者は待機場所へ!」
充分な距離になるまで奴から目を離さないようにしながら戻った俺は、待機場所の真ん前に立つ陛下に向って「坊ちゃん、いいとこで水を注さないでくださいよ」
「悪い。でも……」
「らしくないですね。なんかあったんすか。勝っちゃマズい、とか?」
不敬にも、不機嫌そのままに言い放つ俺は、まさか「そうだ」と言われるとは思っていなかった。
「負けないと殺すって! ほら、あそこ!」
「え~と、坊ちゃん。落ち着いて、順序立てて話してもらえますかねぇ」
苛立たしく髪を掻き上げると隠したものに手が触れた。あの時と同じようにほのかに温かい。ゆっくりと刻むリズムは鼓動のようで、高ぶった気持ちが次第に収まっていく。
「つまりね」、奥から姿を見せた猊下はやはり静かな顔だ。
「箱をすり替えに行った艦長たちに……ついて行ったフリンがマキシーンに掴まったんだ。あそこのブース、見えるかい?」
溜息をつきながら、猊下の向けた視線の先に目を凝らすと、確かにフリンらしき姿の後ろに例の馬頭が見える。
「始めの予定にあの女は入っていなかったはず、じゃありませんかね」
「でも、大人しく待ってるとは」
「思っちゃいませんでしたよ」
「そうだろ」
「だから。とにかく、それとなく……負けてくんないか?」
今度は俺が溜息をつく番だ。主たる陛下の顔をしっかりと見つめ、真剣に尋ねた。
「あのですね、わざと負けるってぇのが一番難しいんです。まして、奴は強い。ヘタに力を抜けば、間違いなくやられます。……それでも、負けろ、と?」
大きな黒い瞳に揺らぎはなかった。
「……頼む」
陛下のたっての思し召しだ。
奥のベンチで腕を組んだ三男閣下に、陛下から一歩引いた位置に立つ猊下に目をやり、最後にもう一度陛下を見つめた。こんな陛下を前に、他にどんな言葉があるって言うんだ。
「お望みのままに」
これ以上、心配しないよう穏やかな笑みを見せて一礼すると、似非芝居の舞台へと戻った。

「両名とも元の位置について。始めっ!」
間合いを考えている時間はない。審判の言葉と同時に斧を下から振り上げるとやや甘く奴の肩口に斬りつける。斧を振り払った切先はそのまま俺の胸元をかすめ、ジャケットを切り裂いた。
「へっ、あっぶねえなぁ、殺す気かよ。こいつは試合だぜ、若旦那」
「お前こそ、ガキの子守りで腕が鈍ったんじゃないのか。なあ、グリエ」
「ほざきやがれっ!」
近づきすぎても遠すぎても危険だ。一番良いのは、ほど良い距離で奴の剣に弾かれて斧を手放すこと。全てはタイミングだ。
下から勢いをつけ、大きく回して上から叩き付ける。見た目には素早く、力一杯振り下ろしたように見えるだろう。実際には、奴が身をかわせるよう、速度と力をコントロールしていた。
「なんだ、もう疲れちまったのか。お嬢~ちゃん」
昔っから、いちいち気に触る奴だ。
「煩っせいなぁ!」
地面に食い込んだ斧を引き抜くと奴の腰めがけて横に払う。
「おぉっと、やけに雑だなっ」
体制を立て直した奴の、地面すれすれの切先が身体の正面を這い上がってくる。
顎を上げ、身体を捻りながら剣を払うように柄を立てた。但し、そのまま剣に引っかかるよう、斧の背ではなく刃の方を向けて。
ガシッ、ザザザザザッ、カーン
握力を緩めた手から勢いよく柄が抜けていき、きれいに弧を描いて飛ばされた。
武器のところへ走り出す俺の首筋に、金属の感触があった。
「それまでっ! 競技終了!」
審判の声がかかってもそのままの切先を、いかにも悔しそうな声で「終わりだよ、若旦那。こいつを退けろ」と言いながら指先で摘んでゆっくり退けていく。
「お前、わざと──」
無許可の延長戦を警戒して審判が割って入る。
「大シマロンの勝利で決着はついた。両名とも即刻控えに戻られよ」
「だってよ! じゃあなっ」、警戒しながらその場を離れ、飛ばされた武器を取り上げて待機場所に戻る間、俺の背中には、勝利に沸く観客たちの歓声と、審判団に食って掛かり、仲間の兵たちに取り押さえられて自分の控えに戻される奴の怒号が響いていた。
(これで、こっちの勅命は……果たせた)そう思っても足取りは段々重くなる。
「ヨ──」
何を言おうとしているのは分かる。だが今は、何も言って欲しくなかった。(俺はただ、あなたの、魔王陛下の命令に従っただけだ)
情けない笑顔で言葉を制すると、そのまま奥のベンチに腰を下ろした。吐き出せるのは息だけ。落ち込みは酷く、両膝に肘を置き、組んだ拳に額を乗せる。視線の先には陛下の靴が見えている。
(果した、果したんだ。うまくやったじゃないか。うまく……)
いくら平常に戻ろうとしても、気持ちは螺旋を描いてどんどん落ち込んでいく。
その間にも、陛下が戦意を鼓舞するように「三人目に期待しようぜ、みんな。また振り出しに戻る可能性もあっ……」(ハァ……、やっと、俺が負けたらどういうことになるか、気づかれたか)
閣下の『棄権』提案に、「それはできないよ。最後の一戦でリタイヤなんて、もったいなくてできねーよっ」とアタフタする陛下。(もったいない……どころじゃないでしょ)
「じゃあ陛下が出るしかなさそうですね。どのみち陛下が危険になれば、俺も閣下も黙って見てはいません。敵とあなたの間に入りますよ。で、今度こそ遠慮なく切り捨てます。叩き斬ります。ぶった斬ります。それこそ、あっという間にね」
「お、怒ってる?」
「怒ってませんて。人を殺すなとか説教しても無駄です。俺たちにとってカロリアの優勝と陛下とでは、重さの比重が違いすぎる。だから、もし陛下ご自身が出場したいと仰るなら、俺も閣下も止めませんよ」
背を起こすと陛下を見つめた。
自分の選んだ棍棒を握りしめながら思案している陛下に、「僕は言ったよな。君は護られることに慣れなくちゃいけないって。分かった上での結論かい?」、猊下が決意を確認する。
「その『言ったよな』シリーズならこっちにもあるぞ。強力な力を持つ王に手を貸すことができるって言ったよな。おれだってコントロールも効かない力をあてにするのは無謀だと思う。それは判ってるけど、もしあれで勝てるなら……合体技を」
「駄目だ! 危険すぎる。ここは人間の土地だ。どんなアクシデントが起こるか予想もできないんだ! そんな危険なことをさせられるもんか……それでも出場すると言い張るなら、僕ももう止めやしないさ。こう言って欲しいんだろう? 誰かの代わりに、口癖を真似て。こうなると思った、って」
(これが陛下じゃなかったら、猊下はきっと何も言わず、止めもせず、送り出すんだろうな。俺んときのように)
「うん。言ってくれよ」
一旦決めたらテコでも動かない陛下は、首を、肩を回し、せっせと試合に向けて身体をほぐしている。俺と閣下はどうするかなんて考えるまでもなかったが、……この場に及んで、まだ足掻いていたのは猊下だけだ。
「約束してくれ。どんな相手でも同情しないって。いざとなったら自分のためにどんな手でも使うって」
(知ってるようで知らないんですね。そんなこと、陛下がすると思ってんですか。ああっ、知ってても言わずにはいられない、か)

歓声と地響きにも似た振動の中、ゴーグルだけをつけた陛下が中央へと歩き出した。一歩一歩確認するように歩いていた陛下が急に立ち止まって持っていた棍棒を落とすと、「畜生ッ!」、一声発すると脇目もふらずに走り出した。
(陛下?)、向こうはやっと奥から姿を見せた大シマロンの三人目が縁石を踏み越えて、携えた剣を帯に吊るし終えたところだった。
待機場所から武器を携えて走り出した俺に「渋谷ぁ、ヨザック、どうしたんだぁー?」、「行け! グリエ!」、猊下と閣下が叫んでる。
ピンと背筋を伸ばしたその姿を、俺は何度も側で見てた。(陛下!)
均整の取れた体躯、明るい茶の髪。(陛下!!)
周りなんか目に入らないくらい必死で駆けてくる、大事な、大事な主を見て、きっとアイツは軽く首を傾けながら、うれしそうに笑ってることだろう。(この……バカ野郎!!)
あともう少しというところでバランスを崩し雪の地面に頭から突っ込んだ陛下に、歩み寄ったアイツが片手を差しだしている。
「ええ、生きています」
(聞き慣れた声を、こんなところで、こんな形で聞くとは。いや、今のアイツは敵だ!)
あと一歩近づけば斧が届くところで踏みとどまった俺を見た陛下は、怪訝な顔を見せた。(陛下、この状況をよく考えてください!)
「……左腕がある!?」
「ありますよ。残念ながらこれは──」
「陛下! 離れてください」
「何だよヨザック、コンラッド生きてたんだぞ? もうちょっと素直に感動したって……」
(ああっ、分かってない。陛下は……気づいていない)
「いいですか、陛下。今すぐ離れてください! 着てるものをよく見て! 彼は……三人目だ!!」

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