・ 8 ・

陛下に胸ぐらを掴まれたまま、矢継ぎ早にくり出される問いに律儀に答えてるアイツが、その手首に触れようとした瞬間、陛下を抱えて引き離した。興奮した陛下はもがきながらも、穏やかに話しかけてくるアイツをまだ『コンラッド』と見ていた。
「陛下っ、落ち着いて。とにかくまずは猊下の元に戻るんだ。没収試合になってもかまわないんですか」
陛下の意思を無視して待機場所に戻ろうとしていた俺に、「お前にも責任がある」とアイツは苦笑気味に声をかけてきた。
「お前がついていながら、陛下を何故こんな危険な目に遭わせてる?」
冷静を保っているアイツに腹が立つ。
「……そいつは申し訳ありませんでしたねぇ。俺じゃなくてうちの隊長がご一緒なら、さぞや安全な旅になったことでしょうが。残念ながら当の本人が行方知れずで、無責任にも姿を表さなかったもんで」
「お前なら、三戦目までもつれることはないと踏んでいたのに」
(俺だって、そう思ってたさっ!)、律儀に負けた理由を説明しようとした陛下に、認めたくないと思っている目の前の事実を、アイツが『敵』であることを告げた。
困惑し始めた陛下を追いつめるように、アイツは『敵』としての明確な宣戦布告、「カロリア代表は決勝を続行する気がないのか?」を言い放った。
受けて立つ気満々の陛下を引きずって戻ると、周囲など目に入らず、押さえていた感情をぶちまけ始めた。吐き出される言葉は、アイツを庇うものばかり。
壁を叩き、バケツを蹴りつけ、ウロウロと歩き回る陛下は、猊下が『左腕』に言及するとやっと動きを止めた。
「ぼくもこの目で確認した」、三男閣下もそう言いながらポケットから取り出したものを陛下に渡している。
考えをまとめるように歩き出した猊下は「僕等は小シマロンで左腕を見たし、目の前の対戦相手にもしっかり二本の腕がある。とすると、1.最初から義手だった。2.斬っても生えてくる体質。もしくは、3.あれは本物のウェラー卿じゃない。とか」、扉近くの壁に寄り掛かった。
「あれは本物だよ、村田、絶対に本物だ。おれがコンラッドを間違えるはずがない」
「そうだろうな。ぼくもあれは兄だと思う」
猊下を除く誰もがアイツを本物のウェラー卿だと認識し、敵となった理由を探し倦ねていた。
「目ぇ覚まさせてやる! おれがこの手で」
いきり立つ陛下を三男閣下が懸命に説得しているが、冷静さを取り戻させる決定打に欠けていた。
それまで口を挟まず陛下の様子を見ていたが、どう割り引いて見ても、自分の考え、それも都合の良いところだけしか見ていないようだ。
「本当に操られてるんですかね。本当に、無理やり従わさせているんでしょうかね。間近で眼も見たし、言葉も交わしましたが、操られていようには思えなかった」
(陛下、すいません。どうしても俺にはそう見えない)
「……自分の意志で裏切ったってことか? 自分からシマロン兵になったって言うのか?」
「いえ、そういうことではなく」(本当に『シマロン兵』になったんでしょうかね)
「そんなこと言うなよ!、一緒に闘ったんだろ? 何度も生死を共にした、信頼する戦友なんだろ。」
(ええ、そう……だったんです。俺だってにわかには信じられない。でも、芝居だろうと本気だろうと、陛下と剣を交えると宣言した以上、過去なんか関係ない。単なる敵の一人だ)
俺の言葉をどう受け取ったのか、決意も新たに「取り戻さないと」そう言って棍棒を握りしめた。
「信じていいんだろうね。幼馴染みとしての直感ってのを」
猊下は『ウェラー卿コンラート』も『コンラッド』も知らない。だから、自分の命以上に大切な魔王陛下を送り出すために『アイツはけして陛下を傷つけない』という確信を持ちたがっていた。
「操られているようには……俺には見えませんでした」(アイツはね……思い込んだら一途でね、頑固なんですよ)
「うーん、だったらいっそ安心なのか……ああもうっ」
両手で棒か何かを掴んでグルグル回す仕草をすると、意を決したようだ。
「よし、ここはヨザックの言葉を信じよう。ウェラー卿が操られていないなら、絶対に君を傷つけることはないだろう。……誰が何と言おうと直接勝負しないと気が済むないんだろ、渋谷は」
──信じよう──か、他の時なら、当たり前じゃないですかぁ!、と言えただろう。でも、今はむしろ、どうして俺の曖昧な言葉を信じられるのかが分からない。確かに、この場で一番アイツを知ってるのは俺だ。でも、俺自身、確信を持てない。もし、俺が見誤っていたら? 見破れないほど巧みに操られていたら? 陛下に何かあったら……俺は自分が許せない。
「そのとおりデす」
猊下の同意を得て、中央へ歩いていく陛下の背中を……直視できなかった。
突っ立ったままの俺の脇を通りながら、「なんて顔してるんだよ。何かあったら飛び出せるよう、ここでちゃんと見てろよ」、猊下は縁石に足をかけ、半身を乗り出していた。
「猊下」
「万が一、渋谷に何かあったら……それはここにいる僕等、全員の責任だ」
「でも」
「君だけの言葉で判断した訳じゃない。渋谷の言葉も、フォンビーレフェルト卿の言葉も、全部ひっくるめて僕が判断したんだ。それに……奴らから渋谷を助け出せるのは君しかいないだろ」
ベンチに座ったままの三男閣下が、脇に置いた剣で抗議代わりに床をガンと鳴らした。
「……分かりました」
斧の砂と雪を拭き取り、握り具合を確かめ、猊下の隣に陣取った。
いよいよ最終戦が始まるかというとき、中央の陛下とアイツと審判の向こうで、大シマロン側が揉めている。
「その試合、ちょっと待った!」
押し留めようとする兵たちを振り切って、グランツの若旦那が剣を肩に飛び出してきた。
俺たちだけじゃなく、中央の三人も、観客も一様に「はぁ?」
「この大会は『勝ち抜き!天下一武闘会』だったはずだな? だったら二戦目の勝利者は、そのまま敵の三人目とやる権利があるってことだろ」
「そのとおり、勝者は引き続き先方の次の対戦者と闘う権利を有する」、審判長は明確に言い切った。
その瞬間だった。
鎖を引きずるような音が天井からし始め、俺は猊下を抱きかかえて待機所内に倒れ込んだ。
ガラガラガラ、ガッシャーン
頑丈な鉄格子が俺たちと陛下を分けていた。
「渋谷!」、「ユーリ!」、「陛下!」
揺すぶってどうなるものでもない。が、せずにはいられなかった。
「陛下、バカなことは考えずに戻ってきてください」
「そうだぞユーリ、ばかなことは考えるな!」
「渋谷、馬鹿な考え休むに似たりっていうじゃないか」
観客の足踏みとは異なる振動とともに、こちらを向いた陛下の辺りがせり上がり始めた。上に乗っているのは片膝をついた陛下と、踏ん張っているアーダルベルト、それと審判一名。コンラッドは上昇しつつある壁を登ろうとしていたが、審判に引き止められている。
(さっきのセリフ、そっくり返してやるぜっ。お前が側に居たってぇのによぉ!)
「渋谷ーっ! もういい、いいから早く棄権しろっ、あまりにリスクが高すぎるっ」
この時俺は、前しか見てなかった。前しか、陛下しか。
(縁石に叩き割れば、ここは半地下。地面を掘れば、あそこに行ける!)
ゆっくり立ち上がった陛下は持っている棍棒を振り回してる。(棄権する気はないっていうのか!? 無茶すぎる!!)
「陛下ッ、どうか無謀なことはおやめください」
コンラッドの苦渋に満ちた声が響く。(やっぱり、何か魂胆があって入り込んだのか。一言、誰かに言ゃあいいのに)
それまでの喧噪が一瞬静まり、ついに死闘は始まった。

「あーっ渋谷、右、右。そうじゃない左ーっ!」
鉄格子にしがみつき必死に指示を出す猊下の脇で、懸命に縁石を叩き割っていた。
「卑怯だぞっ、回転を止めろ!」
(回転?)、三男閣下の声で試合場を見ると、ゆっくり回る舞台の上で陛下の喉元に剣が当てられていた。
「審判! 決着はついたんだ、二人を引き離せーっ!」
鉄格子に斧を打ち当てて訴える俺の脇で、猊下が何か言いながら顔を背けた。
「何が駄目なんだ? いつもの上様形態だろう。倒れた後の疲労困憊ぶりは不安だが、その症状ともこれまでどうにか折り合いをつけてきている。ぼくたちが大騒ぎすることでもないだろうに」
「これまでとは……魔力の質や条件が異なるんだよ、地球に戻らず魔力を使い続けたことなんてないだろう。それに船で、まるで渋谷らしくないことを言ってたじゃないか。僕はあれが不安なんだ。何か止めようのないことが渋谷の中で起こってなきゃいいんだが……」
縁石はかなりひび割れていた。鉄格子を力一杯揺するとパラパラと破片が毀れ落ちてくる。勢いをつけて身体をぶつけていると少しずつ鉄格子がズレていく。
(『箱』の時も猊下はそう言った。でも、こんな風に焦ってはいなかった。その後、感情が高まったときの陛下は確かに変だ。破壊って、何を破壊するって言うんだ?)
「それに……僕がいる……彼の力を増幅させる、倍にも、下手をすれば数倍にも。おそらく魔力の質も変えるだろう。より攻撃的に、破壊的になる、かもしれない。破壊するために作られた関係だからね。まだ力をうまくコントロールできない渋谷には、制御するのは難しい」
「近くにいけば制御できるのか。ユーリの近くに行けば、あいつの暴走を制御する助けになるのか?」
「確かではないけど、また多少は」
「来い!」
猊下の腕を掴むと鉄の扉を蹴破り、両脇の警備に当て身を食らわすと「どこかに通用口があるはずだ。グリエの仕事を待つより早い」と駆け出していく。
「傷つくことおっしゃいますねぇ、坊ちゃん。腰がいかれてモテなくなっても知りませんよ」
檻から解き放たれた開放感は闘争心をかき立てた。

薄暗い通路をひた走り、整備員用通用口から闘技場内を見た俺たちは、目の前で繰り広げられている光景に足を止めた。
「なんてことだ、雪が──」
「思惑と外れたな、大賢者。どうやらこの雪も味方するようだ。ユーリの魔力は元々こういう醜悪な形をよく表すぞ。以前などは食い散らかした骨で骨飛族を模した化け物を──」
「ここでゆっくり語らってる気ですか、坊ちゃん方。俺は先に行きますからね」
地面に落ちるはずの雪は舞台の上で渦を巻きながら様々に変化している。避難を告げる高音のラッパが断続的に繰り返し鳴り響いている。
近づくにつれ見えてくるのは、ぽかーんと仰ぎ見ている大シマロンの兵士たち。コンラッドは抑えようとする審判を振り払って崖を登り始めていた。
「さあ、魔王、早く試してみろ。その指で、雪球でも何でもぶつけて見せろ」
アーダルベルトのイライラした声が降ってくる。
「ユーリの魂はジュリアのものだ!」
崖に飛びつき登り始めた俺の頭上で、先に頂上に辿り着いたコンラッドが悲痛な声で叫んだ。
驚きに止まった視線の先で、上空で変化を繰り返していた雪がもの凄い勢いで舞台になだれ堕ちてくる。
溢れた雪に押し流されないよう壁に張りついてやり過ごし、勢いの衰えた隙に再び見上げると、コンラッドが背中を滑り落ちそうになっている陛下の身体を腕一本で支えている。
「陛下ッ!、コンラッド!」
登りながら、下や脇から二人の状況を確認する。
「お前の剣帯を緩めるから、ちょっと身体を浮かせろ。この体勢じゃ、俺が受け取るよりこのままお前の背中に括りつけちまった方が早い」
「いいのか、ヨザ?」
「どうこう言ってる場合じゃねーだろ!」
脇から手を入れて剣帯の留め金を緩めて目一杯伸ばし、陛下の身体ごと襷がけにして締め直した。
「よし、腕外してみろ。どうだ?」
「大丈夫そうだ」
「下に着くまでだからな」
「分かってる」
俺の選んだルートを慎重に辿りながらコンラッドが続く。着地した俺の手は、降りて来たコンラッドの足、陛下の垂れ下がった腕、肩、背中を支えた。
安心したように息を吐いた直後、コンラッドがハッと息を詰めた。
三男閣下の剣先がコンラッドの喉元を狙っていた。
身動き一つしないコンラッドの剣帯を緩めながら陛下の身体を抱き取り、数歩離れて兄弟を見た。
三男閣下は何も言わずただ睨みつけている。表情を隠したコンラッドは暫く三男閣下を見ていたが、その後ろに立つ猊下を見て僅かに眉を上げた。(瓶詰めの魂でない猊下を見るのは初めてか)
兵や梯子を持った整備員、審判たちが駆け寄ってくる。
「おい、『元』隊長。そろそろ向こうに戻った方がいいぞ」
半身を捻って俺を見たコンラッドはぐったりと意識のない陛下に軽く頭を下げ、雪を踏みしめながら大シマロン側に歩み去った。
「バカが……」と呟くように言った三男閣下は、その言葉を打ち消すようにことさら大きくカチンと音とたてて剣を収めた。

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