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小シマロンが抑留している捕虜をどこかに移送しようとしている、との情報を受けて潜入した俺は、各地の刑務所を調べ、移送された捕虜たちの後を追って行先を確かめるべく、山間部から噂を辿り、海辺の属国カロリアのギルビット商業港まで来ていた。
戦争を起こす気なら、活発に動きが見られるのは兵もだが、兵器や食料の移送が必ず伴う。しかし、今回は不思議なことに移送されているのは捕虜だけで、兵器や食料はほとんど動きがない。いままでにない動きで、俺には小シマロンの意図が読めなかった。
お偉方がどんなに箝口令を強いても、人の口を閉ざすことはできないし、噂にはガセもあるが案外真実が含まれてもいる。港で働く筋骨逞しい老齢な人足たちに混ざってそんな噂話を収集しているとき、俺は場違いな二人組を見つけてしまった。
青い帽子で髪を、色付きメガネで瞳を、2枚のエプロンで前と後ろを隠した、紛う方なき我らが魔王陛下と、バタ臭い金髪に革製の上着、ちっこいパンツに細っこい足のガキ。
(なんで、陛下がここにいるんだ!?)、相変わらず人を疑うってことを知らない陛下は、気さくに人々と言葉を交わしながら食事をしていた。ここで正体を明かすことは陛下にとっても俺にとっても危険なので、さりげなく近づいて話を盗み聞くと、どうも陛下自身ここがどこか分からず、なんとか国に帰ろうとしていようだ。
(ともかく、あのガキを引き離して陛下と話をしなきゃ。それにしても気づいていてくれないなんて、陛下ったらっ!……まっ、ここではその方がいいけど)
陛下は性格そのままにキッチリと午後の荷担ぎを済まし、もらった給金で古着を買い、あれこれと話しながら二人して山の方へと歩いていく。食堂で会って以降、気をつけて見ていたが、本当に護衛はおらず、子供二人きり。初めて陛下がこちらに来たときも到着地がズレたと聞いた。今回もそうなのかもしれない。閣下かアイツのどちらにするか考え、アイツに白鳩便を出してから二人の後を追った。
食堂でもそうだったが、二人で喋ってる言葉が……どうも、どこの国のものか分からない。(陛下の頭ん中にどれだけの知識があるか知らないが、あのガキ、地元の子じゃないのか?)
日も落ち切った頃、カロリアの領主ギルビット館に到着した陛下たちは門番としばらくもめた後、スンナリと館に入ってしまった。(どうして庶民の子供にしか見えないのに通したんだ?、まさか、自分の身分とか言っちゃいないですよね、陛下?)

この館に忍び込んだことがなかった俺は警備の手薄なことを探すのに手間取り、やっと陛下たちがいる3階の会見室をのぞき見れる隠し部屋に入った時、既に騒動は始まっていた。
頭髪の両脇を刈り上げ、残りの髪を後ろで馬の尻尾のように束ねた男がメイドを痛めつけ、あのガキを投げ飛ばしていた。
そこへ床に溢れていたものやカップから立ち上った紅茶が人形をなし、フリン・ギルビットと名乗る偽の領主と尻尾男へ指先から水を浴びせかけるという、(果たしてこれに威力はあるのか?)攻撃を開始した。
(あ~、これが話に聞いた陛下の──魔力──ね。確かにいささか品位に欠けるというか、他に類を見ないというか、いやに可愛らしい攻撃だな)、そして陛下が力つきて倒れるとそれまで影で見えなかった男が近づいて膝を貸すという、(なんてこった!、あれは奴じゃないか!?)、気がついた陛下が、あの戦争で受けた喪失と憤りから眞魔国を捨てた男と話してる。(陛下、危険だ、離れてください。そいつが何者か分かってるんですか!?、クソッ、今は出て行けない!!)
そうこうするうち、表が急に騒がしくなったので、目は離さず、耳で外の気配を探る。
会見室にも外の言い争う声が届いたのか、ガッチリした顎を持つ奴は尻尾男を窓から投げると自らも外へと逃げ、残された陛下たちが唖然としているところに現れた制服は、大シマロンのものだった。
出て行くべきか考える余裕もなく、隠し扉に手をかけた俺はドアの向こうから聞こえてきた轟音に慌てて覗き穴に戻った。
何が陛下に逆鱗に触れたのか。
どこからか湧いて出た荒れ狂う水が室内を破壊し、大シマロン兵を溺れさせ、バルコニーから次々に外へと放り出していく。(さっきとは明らかに違う。容赦ない、怒りに満ちた水の振る舞い、これが本当の力?)
会見室から溢れ出した水は隠し部屋にも流れ込み、勢いは留まる様子がない。俺は慌てて部屋を抜け出し4階へと駆け上がった。
最後に見た光景は、渦の中心に仁王立ちする陛下と、その腰にはしがみついているガキの姿。二人とも何かに包まれているかのように水の勢いをものともせず、濡れてもいなかった。それに水はギルビットの人たちも襲おうとはせず、避けているように見えた。
暫くして窓という窓から溢れ出した水が収まり始めたのを確認して3階に降りたが、隠し部屋と会見室を仕切る壁は消え失せて近づくことができず、流された家具に隠れて女とガキの会話の一部がやっと聞こえただけだった。
駆けつけた兵士たちに慌ただしく命令が下り、ぐったりと力ない陛下を担いだ兵と金髪のガキの腕を掴んだ兵、それにフリンは5階へと上がっていく。
階段を上がりきったところで兵たちは二手に別れ、陛下は左へ、ガキは右へ。
迷わず陛下を追って閉じ込められた部屋を確認すると、手前の部屋から凹凸の少ない壁面を慎重にたどり、窓下で女の思惑を聞いた。
(ウィンコット?、誰かを操る?、以前アニシナ様のところで見た『毒物便覧』にそんなのがあったな、それに……『箱』とはなんだろう?)
とにかく、フリンが陛下を殺すつもりのないことが分かっただけでも、少し安心できた。──後はどうやって陛下を連れ出すか──だが、一緒にいたあのガキが気になる。
昨日今日知り合ったというより、昔から知っているような口ぶり。その上、フリンと交わした会話はまるで一緒にいる相手が『陛下』であると知っているような。
敵か味方か、とにかく素性を確かめる必要がある。
おそらくそれほど重要人物とは思われていないらしく、閉じ込められた小部屋は鍵がかけられていただけで、警備の兵はいなかった。廊下には灯りもなく、奥まった場所から見て、小間使いか使用人用の部屋だろう。
ドアに耳を押し付けて中の様子をうかがうと、時折「ギャッ」とか、何かぶつぶつと言っている声が聞こえるが、相変わらずどこの言葉か分からない。
しばらく様子をうかがったが、兵が戻って来る気配は全くない。
(さて、お前の正体を教えてもらおうじゃないか)

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