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停泊していた貨客船に三人と一匹が乗り込んでいく。正規の客としてだと陛下に見つかる可能性が高いので、船員か荷物に紛れ込みたいと周りを見回した俺は、ドアの前に警備兵が立つ小屋を見つけた。
こんな貨物船に警備の必要な荷を乗せるのはおかしい。裏に回って小屋の中を覗き込むと薄汚れたピンクの集団を見つけた。各地の刑務所から連れ出された囚人たちは足枷をつけられ、移送されるのを待っていた。(移送というのは本当だったのか。確かに河口に刑務所はあったが、暫く前に閉鎖されたと聞いた覚えがある、こいつらを一体どこに連れて行くんだ?)
本来の目的と陛下たちの行動が重なってきた。とてもイヤな予感がする。
船にもぐり込むため、小屋の裏で待ち構えていると、案の定、鉄球を抱えヨロヨロと用足しに出た奴を締め上げ、手足の枷を外すして服を脱がし、布で髪を隠すと足枷についた鉄球を抱えて小屋に入り込んだ。こういう奴らは自分に向ってこなきゃ、他人なんか気にしない。やがて入ってきた警備兵は俺たちを船へと追い立て始めた。

船室は互いを牽制しあうゴツいピンクの集団で一杯。奥の方には逸り上げたはげ頭に×の傷がある、でかい男を中心に仲間たちが場所を占拠し、それ以外の力自慢たちは背後から襲わないよう壁際を確保、最後に入った奴らは仕方なく中央に座るしかなく、俺はできるだけドアに近いところになんとかもぐり込んだ。
船が岸から離れ、日が落ちたら陛下たちを探しに行こうと足枷に手を伸ばしたとき、ドアが開いて当の本人たちが入ってきた。異様な雰囲気を察した陛下とフリンは戸口でゴチャゴチャと言い合っているが、相変わらず猊下だけは「どういうチームなんですかぁ?」と危機感のまるでない様子。
その内、入ってきたのが女子供だと分かった囚人たちは口々にからかいや脅し文句を言い始めた。
口どころか手まで出ちゃマズいと足枷を外しかけた俺の目の前を、もの凄いスピードで白い毛玉が通過した。
「ンモーッ」、戦闘開始を宣言すると、後は周囲を蹴散らし、跳ね回り、大暴れ。本来、羊ってえのは臆病なもんだが、人間相手に見事としか言いようのない威嚇行為。(まったく、やるねぇ)
囚人たちは部屋の角や奥へと逃げ、空きのできた手前の壁に背を預けて横目で陛下たちを見ていた俺は、猊下と目が合ってしまった。口元を押さえるフリをしながら指でシーっと合図したが、猊下は目を細めているだけで、なんら反応を示さない。(分かってるのか、分かってないのか、どっちなんだ!?)
仕方なく、汗を拭くフリをしながら布をずらして隠した髪色を見せると、目が和らいで薄らと笑みを浮かべた。(ああっ、気がついてくれた。にしても、顔じゃなく髪の色で分かるってことは、目が悪いのか?、だとすると、逃げるときに気をつけないと)
暴れ回る羊の隙を抜って急いで奥の部屋へ消えたフリンは、スッキリした顔で戻ってくる。が、急にかけられた『お嬢さん』という言葉に慌て始めた。(へぇ~、あそこはトイレだったのか。それに陛下はあの羊に『Tぞう』って名前までつけたのか)
奥に陣取っていた男たちは平原組出身で、『お優しいお嬢さん』のした数々の所行が口々に暴露され、俺としては(ああっ、やっぱりそういう女なんだ)と合点がいってしまった。同じように壁際に避難した平原組以外の奴らは「可愛い顔して凄いことすんなぁ」とか「あれは、感謝なのか、それとも恨み言か」と囁き合っている。
ともかく、平原組の話してる内容からすると、本気で自分たちが河口の刑務所、ケイプに移送されると思い込んでいるようだ。その挙げ句、野郎どもはフリンに「一緒にいてくれ」と言い出し、フリンもまんざらではなさそうな態度。(いけないわぁ~、そういう優柔不断な態度は男を勘違いさせるのよねぇ~)
だが、ここは正義感の強い陛下が正論をぶち上げ、三人してデッキに戻っていった。
(よっ、陛下、漢前!! Tぞうがついてりゃ、まずは大丈夫だな)

翌日、野郎どもは出された食事を取られないように喰らい尽くすとやることもなく、囚人らしく周囲を注意しながらもどことなくのどかな様子。鉄球を足に付けているので泳いで逃げるはずもなく、特に見張られている訳でもなかったので、俺はプラッ~と部屋からデッキに出てみた。
陛下はこの川特有の行商人と何やら交渉中。猊下は、と見るとどこから持ち出したのか欄干から竿を突き出して釣りの真似事中。
「釣れますかぁ~?」と声をかけると、「さぁ~っぱり」
「坊ちゃんたちはどこまで乗っていくんです?」
「ああ、河口まで……らしいよ」
「ふぅ~ん、俺たちと同じですね」
「河口に刑務所があるんだって?」
「ええ、あったんですけどねぇ~」
「へぇ~、そうなんだ」
「はい、そうらしいです。あれっ?、引いてますよ」
「えっ、ホントだ。大物ゲットォ!」
「ホントのところ、どのくらい目がお悪いんです?、落ちないように気をつけてくださいよ」
「うん、そこまで見えないって訳じゃないから、大丈夫。そろそろ戻った方がよくない?」
「そうですね、それじゃまた」
いかにも鉄球が重いかのようにフラフラと歩き去る後ろで、「チェッ、長靴かよ」と残念そうな声がしていた。
日も落ちかかった頃、窓から覗いた次の停泊所には、小シマロンの兵士が武器を手に、ぎっしりと詰めていた。(穏やかな船旅も僅か1日か)
乗り込んできた兵士たちに追い立てられるように船から降ろされ始めた囚人たちの列から、ソロソロと後ろに下がり、いつ、この列から逃げ出そうかと算段していたとき、陛下たちの騒ぐ声を聞きつけた。
囚人たちも、見張りの兵士たちも、何事かと視線を巡らせた隙に列から抜け出し、木箱の影に隠れて足枷を外して様子を伺うと、陛下が欄干から落ちるところだった。
その間にも囚人たちは降りきり、タラップをあげて船は出航しようとしている。(大丈夫。陛下は泳げるし、この川の流れは緩い)、そう自分に言い聞かせながら猊下を探してデッキに目をやると、フリンは押しとどめる兵士を振り切って川に飛び込み、更に猊下とTぞうまでが後を追うところだった。
慌てて飛び込むと、猊下は必死に泳ぐTぞうに掴まったまま、陛下は厚い革コート姿のフリンを捕まえ、流れに沿いながら岸へとなんとか泳ごうとしていしている。だが、自分が泳ぐのと人を助けながら泳ぐのとではまったく違う。力つきようとしている陛下たちに追いつくと、襟首を掴ん岸へと導いた。
先に岸に上がった猊下とTぞうの近くまで泳ぎつくと、足が着くと気づいた陛下とフリンはさっそく口論を始めた。陛下の云う通り、俺としてもフリンは船に残ってて欲しかった。
挙げ句、陛下は自分がクルーソー大佐じゃないってバラすし、猊下は調子に乗り始めたし、このまま喋らせていると何を言い出すか分からなくなりそうだったので、二人の会話に割り込んだ。
「皆様、オレへの感謝の言葉は無しですかー」
やっと気づいた陛下はいつものように俺の筋肉にお褒めの言葉をくださった。お返しに、本国には白鳩便で連絡し、カロリアの港から後をつけていたことを告げると、なぜか鳩の鳴き声を尋ねられた。(『どぐぅ』ってのが普通だろ?)
確かにはしゃぐ状況じゃないが、少しでも笑わってくれるよう少々クネって見せたが、どちらかというと脱力させただけのようだ。それでも、猊下とフリンに俺を紹介するだけのことはしてくださった。
(これでやっと一緒に行動できる)と一安心した俺は、猊下の『おネエさん』発言に「……コンラッドじゃなかったのか」と言った陛下が気になった。(どうしてここでコンラッドが出てくる?)
確かに奴は陛下にベッタリだから、始めっから一緒でないのは俺も変だと思っていた。だが、それでも肩を項垂れ、動揺を押し隠すように手で顔を押し隠す陛下の様子はあまりにもおかしかった。(まさか、アイツになにかあったのか?)
館に忍び込んだと聞いたフリンは今頃になって「盗賊じゃないのっ」と慌てたが、下着盗賊じゃない証拠として、明らかにサイズが違う自前の乳吊りを見せつけてやった。乳吊りっていうのは繊細に見えても結構頑丈にできていて、怪我をした腕を吊ったり、止血帯にも使える、万能紐と言っても良い。単独で侵入探索する俺にとっちゃ必需品、変態扱いされちゃ心外だ。(まぁ、素材として綿一辺倒か、ゴージャスなフリフリレースかは個人の好みではあるがなっ)
結局、大した距離を流された訳ではないので、俺たちが泳ぎ着いたところは、小シマロン兵に追い立てられる囚人たちの最後尾あたり、当然、周囲は取り囲まれていた。
一応、突破を試してみるか陛下に尋ねたが、俺とTぞうと土手の上の馬を順に眺め、正しく状況を判断された。

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