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日が昇ると、Tぞうを護衛にフリンは馬車で待機、陛下と猊下と俺は箱の所在を確認しに、三男閣下とギーゼラ閣下とダカスコスは搬送に使えるものを探しにと、それぞれの方向へ別れた。
不思議なことに、箱は地割れが避けて通ったようにそのままの場所にあり、なんとか人なら辿り着けたが、馬車は無理だろう。
明るいところで見ると、それは投石機用の石を入れておく箱によく似ていた。
俺たちはしばらく無言で箱を眺めていたが、猊下は辿ってきた道を確認するように周囲を眺めた後、「運ぶための橋がいるね」と言った。
「触れても大丈夫なんですか?」、角は金具、面は箍で補強してあったが、あまりにも古過ぎて所々欠けてるところもあり、あまりぞんざいに扱うと壊れてしまいそうだ。
「全~然。ただの空き箱だから、大人二人で楽々だよ」
「おい、村田、そんな簡単に。それに、まだ腕が入ったままだぜ?」
「えっ? ああ、もう影響は出ないから取り出しても大丈夫だよ。さっ、小シマロン兵が戻ってくる前に、橋になりそうなものを探しに行こう。」、そう言うとヒョコヒョコと戻って行く。
馬車まで戻ると、閣下方は、逃げ出した馬3頭、荷車1台、昨日まで柵だった板20枚近くと縄を集めてきていた。
バラした荷馬車と板を渡し板に使って、ダカスコスと俺で箱を運ぶと馬車の荷台に括りつけ、陛下と三男閣下、俺と猊下でそれぞれ騎乗し、御者台には手綱を取ったダカスコスとギーゼラ閣下、フリンが座り、やっと出発したのは昼過ぎだった。
猊下と閣下方は一刻も早く眞魔国への帰国を訴えたが、「ギルビット商港は壊滅状態だって言ってたろ、どうなったか確認しなくちゃ!」と陛下に押し切られ、ロンバルガル川が渡れない可能性を考えて、閣下方が利用した陸続きの裏街道からカロリアへ出る道を選択した。
しかし、持っていた地図はまるっきり役に立たなくなっていた。
あったはずの山は消え、なかったはずの谷や川ができ、開けた平地のはずが峠に変わり、方向の目安となるものは少なく、歩みは遅々として進まなかった。そうこうする内、日は落ち、また夜がやってきた。
足元の不安は依然としてあったが、夜は星で方向が分かる分だけ昼よりマシだった。何かあってはいけないので陛下と猊下に馬車に移っていただき、三男閣下とTぞうと俺で道を確かめながら先導していると、どこからともなく、うめき声や啜り泣く声が聞こえてきた。この辺りに村があったのかもしれない。
それは戦場では常に聞かれるもので、今更感傷などない。とはいえ、……慣れるものでもない。
(陛下と猊下は大丈夫だろうか)、そう思って振り返ると、お二人とも膝を抱え、視線こそ下げていたが、耳を塞いではいなかった。まるで、この声を、人々の苦痛を我が身に置き換え、しっかり覚えておこうとされているようだ。
俺が、いつも周りを巻き込んで突っ走るあの少年を『魔王陛下』と認めるのは、こういう姿なんだ。良き王は民のことを考え、自ら先頭に立って正しき方向に導く。先頭だから前に何があるか分からず、隣で共に歩く者もなく、判断は一人で下すしかない、偉大な王ほど……孤独だ。それに耐えられなければ、王だけでなく民も惑い、ヘタをすれば国は滅亡する。実際、そうやって消えていった国は歴史上いくらでもある。だが、陛下には生まれついての資性だけでなく、一緒に歩いてくれる賢者でもある友人が側についている。陛下はきっと良い王になる。俺たちが待ち望む『良い魔王』に。
夜が明けて、また昨日と同じ。道を探して進むだけ。会話は途切れがちになり、蹄の音だけが荒れ地に響いていた。

10日目の昼過ぎ、丘の上から半壊状態のギルビット館が見えた。
たどり着くと館はほとんど野戦病院と化し、執事のおっさんが懸命に指揮をとっていた。
「奥様、よくご無事で!」
「ベイカー! お前こそ、よく生きていました。それで、住人は、街は、どんな状況です?」
ひとしきり互いの無事を喜び合った後、フリンは逃げ込んできた人々を励ましながら、各地方の惨状を確認し、館の備蓄してあった食料や水の配分を決めるなど、次々と策をうっていた。
忙しくなったフリンの代わりにノーマン・ギルビット役を申し出た陛下は港の様子を見て愕然としていた。そこは大軍がぶつかり合った戦場のようだった。
街中の地割れは運河のように四方に伸び、道の敷石は盛り上がって崩れ、建物のほとんどが倒壊している。水に襲われた内陸の耕地は乾いてひび割れていた。海の近くは波に襲われたのか桟橋は消え失せ、湾は崩れた材木が漂い、船は湾の中程で座礁している。
沈まずに残っていた商船らしき船を見つけた俺は三男閣下に耳打ちし、陛下たちと分かれて船へと向った。近寄ってみるとそれは、商船に見せかけた眞魔国の軍船だった。
こういうとき、潜入捜査専門の俺では直ぐにトップに会うというのは難しいが、さすがは三男閣下、「僕はビーレフェルト卿ヴォルフラムだ。艦長に会わせろ!」ですんなり艦内に通された。
艦長のサイズモア曰く、眞魔国では陛下捜索に水軍の四分の一が動員されていること、2~3日後には他の船も入港予定、などがやり取りされ、ともかく陛下のご無事な姿を拝見したい、という艦長と数人を連れて陛下の元に戻ることになった。戻る途中、艦内で知り合いを見つけた俺は、奴の私物から場を和ませるであろう服をぶん捕ると、三男閣下たちに合流した。
陛下の無事な姿を見て感涙にむせぶサイズモア艦長の言葉をかっ攫うように、三男閣下はいささか不機嫌に国の状況を報告し、即刻の帰還を陛下に進言するが、相変わらず『お優しい』陛下はカロリアのこの状況を放っておけないとおっしゃる。
「おまえはばかか?」、三男閣下の言葉に思わず頷きそうになったが、さりげなくこちらを睨みつけている猊下の視線に気づき、スカートを直す振りなんぞしてしまった。(あー、この格好はお気に召さなかったかしら?)
その内、『ボランティア』という訳のわからないことを言い出した陛下の胸元から猊下が何かを取り出した。三男閣下によるとそれは骨飛族か骨地族のものらしい。(陛下ぁ~、そういう便利なものを持ってるなら『持ってる』って言ってくださいよぉ~)
三男閣下の講釈が長くなりそうと思ったのか、猊下が大胆にも話の腰を折った。
しかし、このあたりに思念を中継できる骨飛族か骨地族はいるんだろうか。
骨を前に口早に要求を告げる陛下に、「保険代わりにこっちも使っておきます?」と艦から連れて来た鳩を差し出した。
「すげえ、●●●(理解できず)みたい」と陛下が驚かれるのは分かるとして、なんで猊下は俺の胸を見ながら「ちょっとジェラシー」なんだろう?
(やっぱ子供は白いエプロンドレスより動物がお好みかぁ)と思っていたところに、サイズモア艦長の言葉が再び緊張をもたらした。
港に漂う船の残骸を巧みに避け、入港してきた船は大シマロンの旗標と緑の三角旗を掲げていた。(ギルビット館への襲撃から箱の暴走、そして今日で20日あまり。こんな短期間で使者を寄越すとは、随分と用意周到じゃねぇか)
明らかに魔族と分かる三男閣下を後ろに隠すと、俺とサイズモア艦長が脇を固め、ノーマンに扮した陛下は下船した使者を出迎えた。
使者は災害に対する厚情の言葉から始めたものの、一方的に『大シマロン記念祭典、知・速・技・総合競技、勝ち抜き!天下一武闘会』への参加を伝えると、こちらの返事も聞かずに帰っていった。
一同唖然とする中、感心したように「十回だ」と猊下が発した一言がきっかけで、三男閣下と猊下の間に不穏な空気が漂った。(どうして猊下は三男閣下を茶化すんだろう。それに、いつもならキャンキャン吠える三男閣下が猊下には少し萎縮しているように感じる。まだ猊下の正体を話してもいないのに……)
二人のやり取りを聞いていた陛下も怪訝そうな顔をしていたが、取りあえず真の領主であるフリンにこのことを伝えに戻った。
通称『テンカブ』。4年に一度開催される大シマロンが主催する競技会。優勝すればなんでも欲しいものが与えられる。が、けして誰も手にすることはできない。
各国からの参加を受け入れるが、要は大シマロンの国力を見せつけるためだけのもので、俺から言わせれば『単なる弱いものイジメ』のようなものだ。
眞魔国はもちろんだが、カロリアも参加したことがないらしい。
『望めば与えられる』と聞いた陛下は考え込み、何を言い出すか予想した猊下は苦い顔つき。なんとなく俺も想像がついてしまった。
「じゃあ、箱はどうだろう」(アチャ~、やっぱ、そうきましたか)
三男閣下の「大シマロンには『風の終わり』がある!」(それを言っちゃ、マズいでしょ)発言で陛下はヒートアップし、次第にこの事態を引き起こしてしまった後悔へと変わった。
なおも語ろうとする陛下を猊下がうまく止めてくださったが、直前の言葉は、それまでの陛下からは考えられない、人間を嘲笑するものだった。それが陛下の本心なのか、それとも一時の激情に流されただけなのか、陛下の変貌を視線で猊下に問うたが、見事に無視された。
その間も陛下と閣下とフリンの入り交じった会話は進み、「間に合わない」で決着のはずが、陛下の自慢げな「ドゥーガルトの高速艇があるんだぜ?」に、三男閣下はアッという顔、猊下とフリンは「何、それ?」という顔、サイズモア艦長は自慢げに胸を張り、俺は(おもしろくなってきやがった)と思っていた。

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