・ 1 ・

その夜、ギーゼラ閣下の手伝いで『可愛い看護婦さん』をしていた俺を探しにきた猊下から言付かったのは、それらしき箱を作るための板とできるだけ古びた金具、それと陛下の瞳を隠せる物を見つけてくること。
陸軍ならちょうど良さそうな箱を持っているが、艦艇には小振りな箱しかない。
「それって、まさかアレを?」
「そう。だって、優勝したってもらえないんだろ?、優勝できるかも分からないし、だったら盗むしかないじゃない」
「どこにあるかさえ分からないのに?」
「あれっ?、君は優秀だって渋谷から聞いたよ。僕の期待を裏切る気かい?」
「いやだわぁ~、猊下ったら。グリ江、がんばっちゃう!」
「あっ、そういう格好の時は『グリ江ちゃん』なんだね。それじゃ、うれしい報告を待っているよ」
「あっ、ちょっと待ってぇ~」
「んっ、なに?」
振り返った猊下の前に立ち、額にかかる前髪を後ろに流しながら、内緒話をするように「黒……なんですね」と告げた。
「!?」
驚きに見開いた眼が訝し気に細くなっていく。(あー、親分とは少し違うけど、いずれこの眼に焦がれる奴がぞろぞろと後を付いて歩くわねぇ~)
「いっ、いきなり、何するんだ」
(心持ち顔を赤らめながらアタシの手を振り払うなんて、まだまだ子供ねぇ~。大人なら、眼を見てニッコリ微笑まなくちゃ)
「染め粉もいるみたい、旋毛とか分け目とか……上から見るとっ♪ グリ江、ちょ~と気になっちゃってっ」、口元に手をやりながら、ニッコリして見せた。
「上から……フン、いらない、帽子か布か被って誤摩化すから。それより、さっき頼んだの忘れんなよ!」
ぎこちなく歩き去る猊下を見ながら、彼が奇策を考えてる時によく吹く口笛をほんの少し真似た後、ご所望の品に思いを巡らせた。
(陛下がかけていた色付き眼鏡なんて、普段でもそう簡単に手に入るものじゃない上に、この惨状じゃあ探しようもない。要は陛下の瞳に人の視線がいかなきゃ良いって訳だよな。で、大シマロン王ベラールは箱を秘匿したままにするか、それとも肌身離さず持ち歩くか……どっちだろう。ともかく、『テンカブ』の最終競技が行われる闘技場と、王の居城であるランベール城の見取り図で箱の隠し場所を検討しないと)
昼は『可愛い看護婦さん』、夜は敏腕諜報員と化した俺は、サイズモア艦長を始め、知っていそうな人たちに現在の大シマロンの情勢を尋ね歩いた。その結果、ベラールの王座が決して盤石なものではなく、特に影で国を操っている叔父との確執から城に置くより『持ち歩く』と判断すると、軍船に積んである地図とギルビット館にあった資料の中から使えそうなものを付き合わせ、最終競技が行われる闘技場で箱を隠すならどの辺りかの検討をつけ、猊下へ報告した。
そうこうする内、ドゥーガルトの高速艇「赤い海星」号は入港し、矢継ぎ早にサイズモア艦長の船から水と食料を補給すると、『テンカブ』に向けて早速、東ニルゾンへと出航した。

ドゥーガルト卿が乗る、カーベルニコフ印の魔動推進器を搭載した「赤い海星」号は確かに普通の船より3倍早い。だがその分、小型で、硫黄臭くて、風も振動も凄い訳で。狭い後部デッキでトンカントンカンってのはちょっとばっかし大変だった。
ある程度形ができて、一休みしようかと見回すと陛下と猊下が仲良く欄干に掴まっている。身を斬るような冷たい風が二人の髪をメチャクチャにしていた。
見た目は穏やかに話しているように見えたが、風に乗って聞こえてきた陛下の言葉が「……誰だ?」と聞こえて、(ついに言ったか……)、今度も誤摩化したいかは分からないが、そろそろ告げても良い頃だ。これから先を考えたら言っておいた方が良い、どちらにとっても。
持っていたノコギリを振って「猊下ぁー、こんな感じでどうでしょうかねぇ」と声をかけた。
俺の声でその場から離れようとする猊下の腕を掴んで引き止めた陛下はそれまでの疑問を一気に吐き出し、はぐらかすチャンスは消え失せた。
(平和主義者の陛下なら喧嘩も言葉で、と思っていたが、まさか掴み掛かるなんて。こんなに揺れる狭い甲板じゃ、いつ振り落とされるか分かったもんじゃない)
俺は慌てて二人の元へと駆けつけた。
殴り合いの喧嘩なんておそらくしたことのない陛下は、力の抑制なんて知らないだろう。それにうまくコントロールできていない魔力なんぞ発動されちゃマズい。驚かさないように静かに駆け寄り、そっと抱え込むように後ろから陛下の腕に手を添え、猊下の腕を掴んでいる手を外し、そのまま手首を握っていた。
前傾姿勢からフッと俺にもたれると「わかんねえよもう」、それに続く言葉は疑心と劣等感丸出しで。陛下にとっては怒りより失望の方が強かったようだ。
確かにこういう感情は溜め込んじゃいけないが、それでもこんなところで、こんな風にぶちまけるのは良くない。どうやって止めようか思案に暮れ始めたとき、意外な人物が強烈な方法でストップをかけた。
陛下がどういう状況で三男閣下に求婚したかは聞いていた。それはもう、ツェリ様が楽しげに語ってくれた。(でも、これが古式ゆかしい『求婚返し』ってホントですか、閣下?)
叩かれたショックでなんとかいつもの陛下に戻ったが、やり取りのなかで少々猊下の発言に気になるところはあった。一方、船員の動きが慌ただしくなり、操舵室にいたサイズモアが甲板に降りようとしている。
猊下も誤摩化すのを諦めたようだが、どう話を切り出そうか迷っているようだ。沈黙が続けばまた陛下が疑心暗鬼になるだろう。
「実は……」、俺から陛下に説明しようとしたが、「悪いけどっ」と遮られてしまった。
それで良かったんだ。衝撃があって船のスピードが落ち、俺たちを見つけたサイズモアが大声で「船室に入ってください!」と叫んでいる。
やっと見えてきた大陸の沿岸、黄色い旗を掲げた船が近づいていることを陛下たちに指し示した。
「沿岸警備隊です。気にするこたぁありません。ただ、できれば船室にいて欲しいんですけどね。ほらっ、マスク被ってないでしょ?」、おとなしく従ってくれたことを確認すると、俄然やる気がでてきた。
(なんたって、こんな狭い船ん中じゃろくな運動できねぇ~から、陛下の大好きな俺の筋肉が衰えちまうぜっ)
強引に乗り移って来た田舎もんどもは、カロリアからの『テンカブ』参加者と分かるとネチネチといちゃもんをつけてきた。曰く、招待状を見せろだとか、領主は誰だとか。闘いの前哨戦は既に始まっていた、要は参加申し込みができないよう、時間稼ぎをしているわけだ。(さっすが、大国。やることがえげつないねぇ~)
サイズモアが懸命に対応してるが歯切れが悪い。(そりゃそうだ。うっかり魔族とか眞魔国なんて言えね~し)その内、フリンが出てきて話は更にややこしくなってきた。
シマロンでは女性の権利なんてこれっぽちも認めてない。
こりゃ、ひと揉めあるかしらん、とウキウキしながら田舎もんどもを皆で取り巻いたが、銀のマスクを被った陛下が「待てぇー」と登場して、ことは収まってしまった。(あらっ、つまんない)
警備隊の船が離れ、集まっていた人々が散り、再び静かになったデッキにのんびりと現れた猊下に出来上がった箱を見てもらうと、「よくできたじゃない、そうそう、こんな感じ」とお褒めの言葉を賜った。
「でも、バレませんかねぇ?」
「大丈夫だよ。どうせ、本当の箱を見た者なんてそう多くないだろうし、言わなきゃただの箱にしか見えないから、誰の印象にも残らない。ほらっ、君が初めてアレを見たときはどう思った?」
「古くて汚ったねぇ~箱、でしたね。ところで、なんで陛下は窓から出てらしたんですか、ドアから出りゃいいのに」
「僕もそう思った。でも、それが渋谷だから」、芝居がかった溜息をついたが、陛下のこと語るのが楽しくてしょうがないようだ。
「それで、……お話しになったんですか?」
「えっ?、うん、話した。というか、誰かさんのお陰で言わざるを得なくてね」、言葉は皮肉たっぷりだが、晴れ晴れとした、とても良い笑顔を見せている。
「はいはい、でも良い機会だったでしょ? で、これからは陛下の前でも『猊下』とお呼びしてもいいんですよね」
「言いにくかった?、僕は君の『ムラタァ』って、結構好きなんだけどなっ」、そう言ってニヤッと笑いかけてきた。明らかに俺をからかっている。
「よしてくださいよ。一兵士の俺が猊下に向ってご尊名を呼び捨てにするなんて、お偉いさんたちにバレたら何を言われるか」、その意を受けてビビってみせた。
「へぇ~、そんなこと気にするんだ。意外だな、もっと自由気ままなのかと思ってたのに」
「あのね、一応そういうところをソツなくこなしてるから、ある程度自由な振る舞いを認められてるんですぅ」
「あっ、それっていわゆる、大人の事情?」
「まっ、そんなもんです」
「ふーん、そういう人たちがいなかったら、君は完全に……自由、だね」
細められた瞳と薄ら浮かべた笑みで告げられた、解釈次第じゃあかなり意味深な言葉。
(猊下、俺に何を……させようってんです?)

これ好き
ハートをあげる!! 1
Loading...