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温かで明るく色の溢れるカロリアから、陽光も弱く、薄い空と寒々しい海の錆ついた灰青色へ。デッキから見る東ニルゾン港は様々な白系の船、白と黄色の町並み、黄土色の石畳、どことなく輪郭が曖昧で、何もかもが希薄だ。
別に、ここでの生活を思い出した訳じゃないが、……色の乏しい世界は嫌いだ。

赤い海星号は係留できるスペースを見つけると、滑らかに着岸した。
下船準備が手際良く行われている最中、デッキに現れた陛下にサイズモア艦長が小さな包みを渡していた。えらく可愛いその包装に送り主の想像がつき、中から出てくるものを見た陛下の反応を想像すると、顔がニヤけてしまう。
無造作に包みを開けると、案の定、閣下お手製のクマ耳帽子が出てきた。(さて、陛下は被るかな)と期待していると、横から手を伸ばした猊下がクルッと裏返してしまった。(も~、猊下ったら余計なことを。グリ江、ちょっと見たかったのに)
タラップを降り始めた変装用水中作業用ゴーグルに手編み帽子姿の陛下と俺たちに、艦を取り囲んだ人々の口から「勝者は大シマロンだ!」「お前等なんて負けちまえ!」「カロリアなんて聞いたこともないぞっ!」などなど。なんとまあ、物騒な歓迎ぶりだ。
おざなりに警備兵が道を確保する中、Tぞう、サイズモア艦長、陛下と猊下、フリン、三男閣下、最後尾に俺と連なって降りたが、この国特有の相手をバカにする小指を立てた拳を振りかざす奴らや、掴み掛かろうとする奴らもいて、その手を払ったり、睨みつけたり、市街地に入るまで気が気じゃなかった。
街中のやっと穏やかなところまで来ると、参加登録に行くフリンと執事に扮したサイズモア艦長たちと別れ、広場の噴水近くで戻りを待つことになったが、艦を降りてからどうも耳鳴りと吐き気がするという陛下の様子が気になる。
確か『地の果て』の時も同じようなことを言ってた。カロリアではまったく普通、そんな素振りはなかったので、人間の地だからというより近くに法石か法術師がいるかもしれない。ただ、それなら三男閣下も影響を受けるはずなんだが。
「……さむ」、肩をすぼませた陛下がどこかを見ながらポツッと言った。
充分に着込んでいたが、僅か5日で南国から冬の国に来たのだ、身体が慣れないとしてもおかしくない。三男閣下が声をかけるが陛下の意識はあらぬ方向にあった。
見つめている先に視線をやると、向こうにある東屋、白っぽい外壁の一角に溶け込むように白い子供たちが『おいで、おいで』と手招きしている。
誘われるように唐突に歩き出した陛下を追いかけると、聞いたこともないけたたましい音が鳴り出した。どうも陛下の手首にあるブレスレットのようなものからだ。
音に気づいた陛下が何かすると音が止まり、猊下の心配そうな「渋谷ッ」の呼びかけに、陛下の表情は『なぜそんな声で呼ばれたのか分からない』といった感じ。体調といい、今の様子といい、どうなってるんだ。
でも、変だったのは陛下だけじゃなかった。三男閣下は汗をかいていた、この寒空に。それに猊下も深刻な顔で三男閣下の「関わらない方が良い」に同意してる。今までで初めてじゃないか、この二人の意見が一致するなんて。
確かにこれだけそっくりな双子、その上、何もかも白っぽいのは見たことがない。しかし、三人がこんな反応を示すということは、警戒すべき相手ということか、でも、どうして。
小声で話す陛下の『エルフ』発言が猊下と三男閣下にダメ出しされている最中、双子のどちらかが、いや、もしかすると両方が同時かも、「おにーちゃん」と声をかけてきた。
かけられた三人の反応はというと、思いがけず陛下と猊下の兄弟構成と趣向が明かされ、三男閣下は自分の家族関係からツェリ様の隠し子を疑うという、なんともちぐはぐ。俺としてはごく普通の呼びかけだと思うんだが。
再度の(やっぱり両方が喋ってたんだ)「こんにちは、おにーちゃんたち」で、やっと三男閣下が正体を陛下に教えた、「あいつらは神族だぞ」
……神族、海の果て、どっかにあるという聖砂国に住む種族で、生まれつき法力を持つ、が、滅多にお目にかかる種族じゃない。さて、そうすると神族と魔族は天敵同士となる訳か、それなら陛下と三男閣下が妙な反応するのも分かる。
「占いを?」、そう言うと双子の一人が陛下の親指を握りしめた。そのまま「テンカブに?」「優勝を?」「可能性が?」「希望を?」、中途半端なところで言葉を切りながら質問をし続ける。
「残念ね」「おにーちゃんたち、怪我する」、顔を見合わせて笑っている。(奇妙なんかじゃない、こいつらは、不気味だ)
その内、ゴーグル越しに陛下の顔をのぞき込むと「王?」「顔じゃない。魂が」(なんで分かる?、これがこいつらの法力か?)
双子は更に、陛下を引き離した三男閣下に「本当は、王にもなれる資質なのに」というと、さっきと同じように喉の奥で笑っている。まったく子供らしくもない。
云われた三男閣下は普段ならキャンキャン吠えそうなのに、無言で双子を睨みつけている。血の気が引いて激怒、と共になんとなくひるんでる感じもする。陛下も気がついたのか、懸命にとりなそうとしているが、一触即発な感じは消えない。
三男閣下が剣を抜かないよう肩に手を置こうとした俺の耳に、例の口笛が届いた。(ああ、今度は一体、何を思いついたんです?)
「顔見ただけでタマシイだのゼンセだの判っちゃうんだー。」
(行け、行け、げ・い・か!)、そんな思いを込めて、途切れたあの曲の続きを奏でた。
「僕の前世も教えてくれる?」、(えっ?、それ、マズくないですか?)
だが、双子の様子が変だ。やつらが口にする猊下の『ゼンセ』ってのを悉く否定され、白い肌に怒りで薄らと赤みがかってきた。
それにしても、猊下の中には大賢者の記憶だけじゃなく、他の人の記憶もあるのか?
奴らの名前なのか、背後から「ジェイソン、フレディ」と声がかかった。この声、覚えがある。殺気を押さえて振り返ると、あの男がいた。
ナイジェル・ワイズ・マキシーン、中途半端な知識で世界を滅ぼしかけた男。
陛下や猊下、あの場にいた者、いなかった者、そして、コンラッドにしたことを、俺は生涯忘れない。
「テメっ、どのツラ下げて──」、陛下も同じだったようだ。
「……魔族が増えている。──呑気にシマロン観光ですかな」、いちいち癇に触る言い方をしやがる。
その上、自分はガキ共の「名付け親」で、おまけにガキの一人が俺たちがテンカブに出場すると言うと、「いやまったく、これはこれは。カロリアの代表として闘われるのか」だと言いやがる。頭っからバカにしやがって。誰のせいだと思ってんだ!
こいつはよほど演説好きなのか「カロリアは小シマロンの領土だから王であるサラレギーの役に立つことを幸いに思え」だとか、「いずれサラレギーって奴が大シマロンどころかこの世を治める」だとかほざきやがる。自分にはなんの力もない奴ほど主の力を吹聴するもんだ。まったく、やんなるぜ。
主を褒め称えた後は、先の戦を絡めて魔族への皮肉が続く。それでなくても常に魔族としての誇りを口にする三男閣下が『先の戦』と聞いて剣を抜きゃぁしないかと様子を伺うと珍しく柄に手も掛けず、「どうせ薄汚い寝台の中で、毛布にくるまって震えていたのだろうが」と辛辣にキッチリと言い返した。長男閣下のような押さえた声だ、三男閣下にこんな態度が取れるとは。
人間の15歳なんざ新兵も新兵、どうせろくな働きもできなかったに違いない。
「──では、激戦のアルノルドまで出たか?──」
もちろん、三男閣下があそこにいるはずもない。だが、闘いの激しさは人間の国でも語り継がれ、そこからの生還者ともなれば、一様に恐れられる存在だ。マキシーンがビビったところにもう一押し。
「あ、そういえば俺、アルノルドにいたわ。やー懐かしいねぇ。あの頃はまだ俺様も、とれとれピチピチだったわぁ」
言葉はことさらのんびり、ややおネエ気味だが、マキシーンに向けた視線には殺気を込めた。
「──そのルーキーにつけられた頬の傷も、すっかり癒えたみたいだし」、陛下のぼやきにかこつけて、猊下も参戦。
さあ、これから追撃、と思っていたら何を見たのか、マキシーンは恐怖に怯えたツラでガキ共を引っ掴むと一目散に逃げ出した。
ああ、奴が今まで生き残れたのは、単に逃足が速かっただけ、のようだ。

石畳に響く蹄の音が陛下の脇で止まると、Tぞうが「ンモふっンふっンふっン」と全身で怒っている。場の雰囲気を読み取ったのか、単に奴が気に入らなかっただけなのか。とにかく、Tぞうはマキシーンを敵と見なしたようだ。
続いて返ってきたフリンにも陛下の具合の悪さが分かったようだ。猊下は「さっきまで目の前に神族がいたんだ。フォンビーレフェルト卿もしんどいんじゃない?、僕とグリエさんとサイズモア艦長は平気なはず──」と言ったが、艦長は浮かない顔だ。(どっちかって云うと、おれもちょっと……かな。猊下ったら『グリエさん』なんて他人行儀な言い方しちゃうんだもン)
猊下と陛下に声を掛けられた艦長は恐縮しながら言うには、「──この国の兵士は皆、誰も彼もが……髪が素敵なので……」、ハァ、そうですか。
三男閣下が叱咤し、陛下がなだめながらも無意識に話をずらし、猊下がわざとそれに輪をかけて……。もう、どうしてこうなるんだろう。
「髪ってそんなに重要なこと?」、(ええ、お嬢さん、よぉ~っく覚えておいてね。男の髪はね、女と違って武器じゃないの。自尊心、なのよ)でも俺は言葉になんてしない。こんなことを口にしたってフリンには、というか女には理解できないから。
それより、明後日の速さ部門ってのが気になる。車と牽引する動物か……、どこで調達すればいいだろう。
知ー全地域参加の筆記試験、速ーニルゾンから首都ランベールまで動物に引かせた車で競争、技ー大シマロン最強兵士との闘い。そんでもって『勝ち抜き』。どうやったって大シマロンが勝つようにできてる、ってか。
フリンが申し込んだ出場登録は、ノーマン・ギルビット名義の陛下、三男閣下に俺。まぁ人選としちゃあ悪くない。というか、他にいなかったというしかないだろう。
「ねぇ、陛下。とにかく『速』のために乗り物を調達しにいきましょうよ」
不慣れな街でやっと見つけた市場は文字通り『食料品の』市場で、馬車や食べない、働く動物を扱う店なんでない。他にありそうなとこは……と地図で探していると、三男閣下の「──上陸用の戦車が──、牽く方の労力が最小で、乗る側の兵士は我慢を──」が聞こえてきた。へぇ、水軍ってのは、そんなのを積んでたのか。
陛下も乗り気で、牽く馬を売るか、貸す店を探したが、これまた既にどこにもなかった。街の人によれば、毎回、申し込み初日に予約満了になるそうだ。
車は4馬力と決まっていて、馬の他に認められている牽く動物は──牛にマッチョ(12名)に──とにかく牽引力数値対照表に載ってるものならどれでも良いらしい。
呆れかえってる俺たちの隙をついて、Tぞうがすごい勢いで駆けていく。皆で追いかけると前と同じ光景が広がっていた、道を塞ぐほど溢れ返った羊たちと傍らに立つ親子。
「あっ、メリーちゃん!」、猊下が高値で羊を売った親子だ。あの羊、人を乗せるんなら車も引けるんじゃないか?
「羊は、16頭で4馬力よ」、ああ、やっぱり。
大急ぎでドゥーガルトの高速艇から降ろした非魔導簡易戦車「軽くて夢みたーい」号は確かに小型の馬車くらいだし、思ったよりも軽くて丈夫そうだ。これに御者と助手が乗っても、あの羊たちなら16頭で馬車と張り合えるだろう。
ただ一つ、馬車馬は調教されているが、この羊たちはどうなんだ?

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