・ 3 ・

陛下たちが寝付いた頃を見計らい、ランベールの市街地図、入手できたランベール城と闘技場の見取り図を前に、猊下とサイズモア艦長と俺は『風の終わり奪還作戦』を打ち合わせた。
なにしろ、一緒には行けないから艦長には猊下の護衛もしてもらわなきゃいけないし、予想した場所にない場合もあるし、万が一、見つかった場合の退路も決めておかなければいけない。一夜漬けするには豊富すぎる内容だ。
「さて、どうやって持ち込みます?」
「テンカブの後は、当然祝賀会だろうね。パーティは各地の食材と酒で溢れるんだろうなぁ」
「ということは、猊下。食材の搬入に紛れて、と」
「あんな大きさの箱だよ、他になんというつもりだい?」
「ベラール四世は例年、闘技場に隣接するこの建物で祝賀会を開くそうです。見取り図によれば、ここにも城と同じように宝物庫がある。叔父のベラール二世に奪われないよう、手元に置いてるはずだから、保管してあるのはこの宝物庫です。艦長、荷馬車にそれらしい商品、できれば奥まで運んでもおかしく見えない高級品がいいな。あとそういった高級品扱う業者らしい服をどっかから調達してきてくださいよ」
「あい、分かった。このサイズモア、陸上であろうと必ずやお役に立ってみせます!」
「それから、猊下」
「んっ、何?」
「単独行動は厳禁、絶対ダメです。例え何があっても、何を見つけても、艦長の側から離れないでください」
「箱の他に気を取られるはずないじゃないか。それに君もいないし」
「ええ、そうでしょうけどね。アンタ時々そう言いながらも、予想外のことをしでかすから」
「あ、あの、グリエ殿。猊下に対してそのような口の聞き方は──」
「艦長も気をつけないと。口の巧さでこの人に敵う奴なんていないに決まってる」
「猊下、よろしいので?」
「ぜーんぜん。大体、賢者の知恵なんて口先三寸で無知な人を丸め込むようなもんさ」
「はあ、さようで……」
そう言っちゃあいたが、しっかり俺を睨みつけてるところを見ると、多少は心外だったらしい。

翌朝、早々に集合した俺たちはとにかく羊たちの調教を開始した、が……思った通り、満足に隊列を作ることもできず、戦車を牽く綱さえ装着できない始末。こりゃ、走る以前に問題山積だ。
メリーちゃんは「シツジは走るものと決まっとるんサー、うん」と自信満々で、低い身長を補うために登った岩の上からピシピシと鞭を振るう。その光景はある女性を思い出させたが、それを言ったらきっと陛下は今以上に怯えるかもしれない。
とにかく列になるよう頭や身体を押していた俺は頑固な羊に蹴られるし、三男閣下はその自慢の金髪を枯れ草に間違われて食いつかれるし、ンもー、散々な有様。ところが、思い思いに振る舞っていた羊たちは、聞こえてきた高らかな「ンモシモーっンモシモーっ──」鳴き声のする方に一斉に振り返った。つられて振り返ると、陛下の脇でTぞうが身体を膨らませて鳴いている。なんか、怒ってるようにも見えるんだが。
一斉に動き出した羊たちに翻弄されたが、落ち着いてみると自主的に列を作ってるじゃないか。それを見たメリーちゃんはTぞうに駆け寄って「ああ!、おまいったら伝説のシツジの女王なんだネ!?」って喜んでるし、おまけに「何もかもこの子に任せりゃ安心だヨー、うん」で走行訓練は終了。
なにがなんだか……、まっ、なんとかなるだろう。いつもの任務と大して変わりゃあしない。

いよいよ、テンカブ初日。中腰で朝食を食べる陛下はそうとう足腰にきてるようだ。三男閣下は船でもないのにテーブルに突っ伏して沈没状態。無理もない、陛下ほどじゃないが、なんか俺も身体のバランスがちょっと変だ。パクパクとおいしそうに朝食を食べているのは猊下だけ。
「そうだ、渋谷。今日の筆記試験、頑張れよ」
「えっ、オレ?、ろくに問題文も読めないんだぜ!?」
「時間をかければ読めるだろ」
陛下は必死に三男閣下を薦めてるが、いちいちごもっともな返答が返ってくる。三男閣下を諦めると今度は俺の名を出してきた。
「陛下、非常に申し上げづらいんですが、この国にいる間、教育というもんを一切受けさせてもらえませんでした」
陛下に、学がない、と思われるのはちょっと残念だが、もちろん読み書きはできる、そうでなきゃ潜入なんてできないからな。ただ、この後戦車の準備はあるし、艦長がちゃんと用意できたか確認しなきゃいけないし、だから、どう考えても陛下に頑張っていただくのが一番、と昨夜、猊下と口裏を合わせておいた。

知力部門会場は50人くらいの心持ちマッチョな奴らが席に着いていた。気後れしながら通路を行く陛下に、あの細っこい身体のどこから出しているのか、大声で「いっかーぁ、誇りを忘れんなよーっ!?」と猊下が大声で叫ぶと、陛下より周囲の奴らの方が頷いてる。
(猊下、一体、どっちを勇気づけてんですかぁ?)
会場を後にした猊下と俺は市場近くで艦長たちと合流して、箱と荷馬車と収める荷、業者っぽい服と鑑札を確認した。
「いかがでしょう?」
「なかなかいいね。その服、似合ってるよ。荷物の方は──、ああ、もうちょっと高級っぽい、輸入物の酒の方がいいな。なんたって王様への献上品なんだから」
「しかし、猊下。この街ではそんな高級品は手に入りません」
「うーん、困ったな」
「ねえ、猊下、上に見えてる物が高級品ならいいんでしょ?、それに最終会場はここじゃなく、ランベールだ。艦長、港にはまだ荷を下ろしていない輸入業者がいるんじゃありませんか?」
「なるほど。では探して売ってもらえるか交渉しに行ってきます」
「頼むね。僕たちは駐車場に行ってるから」
「かしこまりました」

羊と車の準備をしていると試験終了の鐘が鳴った。
「坊ちゃんの出来はどうでしょうかね」
「というより、渋谷以外の出来が楽しみなんだけど」
意地悪そうな口ぶりに、さっきの大声は他の競技者向けと気づいたが、あのセリフにどんな影響があるって言うんだ?
「あー、君、分かってないね」
「よろしければ、教えていただけますか?」
「あそこに集まってるのはみんな大シマロンに攻められ、無理矢理、属国や併合させられた人たちだ。そんな人たちが『自国の誇りを!』なんて聞いたらどう思う?、それでなくても国の名誉と誇りを背負ってきてるんだ、普通なら頭に血が上るよ」
「なるほど。冷静に問題なんか解いてらんない」
「まっ、そういうこと」
「でも、坊ちゃんは?」
「渋谷は元々試験が苦手だから、僕の言葉を気にする余裕なんてないよ」
この人は、本人を応援するより周囲を自滅させる、そういう策を嬉々として実行する。分かっちゃいるが……溜息しか出てこない。

「おーい」、陛下が駆けてくる。「凄ェぞ、オレ──」、あの様子だと出来は良かったようだ。合流した陛下はTぞうの毛を刈ろうとしていたフリンを止め、戦車に乗り込むと俺を呼んだ。
さあ、出発、と思ったら係員が「錘を積まなければ平等違反だ」とケチをつけやがる。他の車は俺と同じ筋肉族が3人、こっちは俺と子供二人。その間にも、他の車が出発していく。
さて、他に何を──と考えてると「ギャアッ!!」、ドサッ、係員の馬鹿笑い。
振動と大声で羊は走り出し、陛下は必死に正しい方向に向わせようとしている。振り返ると、放り込まれたのは毛布で簀巻きにされた猊下。止まって、戻って、猊下を降ろして、代わりの荷を積んで、……そんな時間はない。
御者をするには腕の力が足りない陛下から手綱を受け取って、羊たちに全速力を命じた。
街を飛び出すと途端に石畳の道はなくなり、残った轍が道案内のような荒れ地を飛ばしていく。この道の状態、出してるスピード、居住性を度外視した「夢みたーい」号、この3つセットじゃ走っている限り何かにしがみついてるのが精一杯、舌を噛みそうでおしゃべりもできない。
日が落ちて道が見えなくなると、強行軍の戦車を止めて野営の準備を始めた。

これ好き
ハートをあげる!! 1
Loading...