「若旦那様、失礼いたします。至急、お戻りくださるよう、お屋敷から使いの者が参っております」
ドアを開けたヨーゼフは戸惑いながら用件を告げた。
南では既に春を迎え、どこからどの農産物を、どのくらい輸入するか、帳簿と各地からの報告を見比べながら考え込んでいた私はヨーゼフが何を言ったのかよく聞こえていなかった。
「えっ、なんだって?」
「ですから、お屋敷にお戻りを。お迎えの馬車が店頭で待っております」
倹約家の両親がたかだか歩いて半刻程度の屋敷と事務所の行き来に馬車を使うとは思えない。
(あの二人の手に余る重大事が発生? そんなことがあるのか? まったく想像できない)
取りあえず、机の上に広げていた帳簿やら書類やらを引き出しにしまい、ヨーゼフに後を頼むと慌てて事務所を飛び出した。店頭で待っていた辻馬車に乗り込み、ほんの僅かの距離を蹄の音を響かせながら屋敷の門扉近くまで来ると、玄関の車廻しに黒塗りの馬車が止っているのか見えた。
(あの紋章は眞魔国旗に描かれた『咆哮する獅子』!! 血盟城から? 何故?)
玄関の扉を開けた執事のアルフレッドが「使者殿は応接室で皆様とお待ちです」普段の静かな声にわずかな畏れを含ませている。
確かに我が家はカーベルニコフ家の縁者ではあるが随分前に分かれ、今は単なる下級貴族、むしろ世間的には一介の商人でしかない。陛下の謁見はおろか登城すらしたことのない我が家に『城からの使い』など有り得ないことだ。
廊下で深呼吸を一つし、ノックに続いて「失礼いたします」と声をかけてから扉を開けた。
普段なら家長である父が座る上座に置いた一番立派な椅子に、穏やかな笑みを浮かべた初老の男性が座っていた。両親はその少し手前のソファに肩を寄せ合い戸惑いの表情で座り、妻と妹は手前のソファに腰掛けている。入ってきた私に妻は悠然と微笑んで見せたが多少無理をしていることは明白、妹は一人この場の雰囲気を楽しんでいるようだ。両親の前を通り過ぎ、使者の前で踵を鳴らし会釈すると、使者はゆっくり立ち上がり軽く会釈を返した後、落ち着いた声で口上を述べた。
「オスカー・ラウリ・パルヴィアイネン殿ですな。本日は王佐フォンクライスト卿ギュンター閣下より書状を預かってまいりました。この内容についてはご家族以外、どなたにもお話しにならぬよう。よろしいですな」
頷く私を見た使者は持っていた鞄から封筒を取り出すと私に差し出した。
純白の封筒はそれだけでも高級品だが、そこに『咆哮する獅子』の紋章が金で描かれていれば自ずと受け取る手が震えてもおかしくない。
なるべく手を触れないようそっと端を持ち、あて名を凝視している私がよほどおかしかったのだろう。
好々爺な笑顔を見せて、「そう緊張なさらずに。これはあなたにもご家族にも、とても名誉なことですよ。それでは城でお目にかかりましょう」
そう言ってもう一度会釈し、ポカンとしている我々を残して悠然と部屋を後にした。お見送りしたのはどうやら妻と妹の二人だけだったようだ。
「……お前……」心配そうな母の声に顔を上げると、両親が私をじっと見つめていた。
「開けないのかい?」
「え、ええ、いえ、あの」
「あなた。座ってお茶を飲んで落ち着かれてはいかが?」
「あ、ああ、そうだね」
ソファに浅く腰掛けたが封筒をどうしたら良いが分からず、両手に持ったまま見上げると「私が預かっておこう」と父が手を差し出した。重さなどほとんどないのに強ばってしまった私の手に、妻がティーカップを持たせてくれた。
緊張が解けぬままカップを口に運び、熱いものが体内に広がるころ、やっと状況を認識できるようになった。
「ペーパーナイフを持ってきてくれ」
テーブルにカップを置くと脇に座った父が封筒を返してくれた。反対側には母が、妹はソファの後ろに回ると背に手を置いて私の手元をのぞき込むつもりだ。
図書室から戻った妻が持ってきた我が家の紋章が入ったペーパーナイフで、曲がらないように注意しながら慎重に封を開けた。
ナイフを父に預けて中の書状を取り出すと、封筒と同じく紋章入りのレターヘッドにインクの色もくっきりと、美しい筆跡の高等魔族語が記載されていた。文末のサインは『フォンクライスト卿ギュンター』
「お前、なんと書いてあるのです、早く読み上げておくれ」
「そうだとも。そう細かい文字ではうまく読めん」
依る年並に衰えた視力ではいくら脇に座っているとはいえ両親には読みづらいのだろう。一方、妹は既に読み終えたようで「兄さま!!」と言ったきり私の肩を掴んでいた。
「分かりました、読みますよ。
 オスカー・ラウリ・パルヴィアイネン殿
眞魔国庶務庁ではこの度、新しく血盟城にお迎えする貴人のため、身の回りのお世話と身辺警護の任につく者の推薦を広く募ったところ、元カーベルニコフ地方軍統括司令官シモン・ベーメ・ヘフネル殿を始め、複数の方から貴殿を推薦する書状が提出されました。
そこで、当庁では来る春の一月3日、午後より血盟城で行う最終面接にご出席くださるよう、お知らせするものです。
なお、この面接についてはご家族以外、他言無用に願います」
読み終わると一時部屋を静寂が支配したが、それはまさしく『嵐の前の静けさ』に過ぎない。
「貴人ですって!? まさか陛下? 凄いわ、兄さま!!」
「登城なんぞ、我が家で初めてではないか!! さっそく親類たちに報告を──」
「例え、任につけなくてもこれはまさしく名誉です!! お祝いのパーティを開かなくては──」
まるで三頭の犬が興奮に吠え立てているようだ。思いついたことを口にし、会話としてはまるっきり成立しない。浮かれ騒ぐこの醜態を我が家族ながらほんの少し恥ずかしく、いや、実を言えば、誰よりも騒ぎたい、と思っていた。
「あなた、おめでとうございます」
年寄りと若者の興奮を横目に見ながら、妻は至って落ち着いたものだ。我が家に欠けている要素を一身に補ってくれている。
妻を抱き寄せてキスを送り合い、家族の興奮が収まるのを待ったが、一向に衰える様子を見せない。
「まあまあ、みんな落ち着いて。書状にもあったでしょ、他言無用ですよ」
言いたいことを言い尽くしたせいか、幾分疲れ気味な顔がこちらを振り向き、やっと私の存在を思い出したようだ。
この日は、これから起こることの、まだ序章にすぎなかった。

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