いつも以上に浅い眠りから覚めると、起こしにくるのがどちらなのか──たぶん、少尉だろう。できれば、少尉の方がいい──緊張しながら布団を被っていた。
「おはようございます、猊下」
「……おはよう」
ホッとした僕は布団から顔を出し、開いた扉の向こうにティーセットを乗せたトレイを持ったヨザックを見つけて凍りついた。カーテンを開けた少尉が僕たちの視線の間に割り込み、トレイを持ってこちらに来る後ろでヨザックが歩き去っていく。
「どうぞ……お心安き一日となりますように」
ベッドにトレイをセッティングし終わった少尉はすべてを察したかのような視線で僕にそう言った。
(参ったなぁ、バレバレってことか。ああっ、昨日の様子なら仕方ないか)
ひたと見つめる視線を意識しながら支度を済ませ、ブレックファーストルームの席についた。

「もしかして……そろそろ帰るのかな」
久しぶりに会った娘に聞こえないよう、朝食を終えて席を立った渋谷は視線を合わせずにボソッとつぶやいた。今回の帰国は主に魔王聖誕祭とそれに付随する各国使節団との会談。そういう意味ではもうここですることはない。
「そうかもね」
ここ数日の光景、食卓を離れ執務室へと歩き出す娘を挟んだ二人の年若い父親たちの背中を見ながら、「僕の名前で眞王廟に書状を頼むよ」付いてくる少尉に小声で頼みごとをした。
「用件はなんと書きましょうか」
「この次帰国したら訪問したい、とね」
「かしこまりました」
ひっそりと、見習いのように少尉の後ろからついてくるヨザックの存在を気にしつつ、何事もなかったように振る舞い、いつもの日常を過ごすふりをして、案の定現われた渦に身を任せた。
残してきたのは、まっすぐに見つめる青い瞳と……僕の心。

*****

「あらっ、掃除、終わったの?」
足音も静かに廊下に出た僕たちは後ろからかけられたおばさんの言葉に内心ビクッとした。
タイルに流れるホースからの水量だけでどうしてスタツアできるのかホント不思議だが、とにかく僕たちは向こうから戻ってきた場所は、それまで頼まれて掃除していた『M一族』の風呂場。
「ええ、ピッカピカです!!」
声を揃えて答えた僕たちの格好をマジマジと眺めたおばさんは「で、その格好は?」と一言。
「渋谷がホースを振り回すもんだから、服がビチャビチャになっちゃって……」
大事な部分をバスタオルで隠し、持っていたタオルの包みを持ち上げながらそう答え、「ほらっ、早く部屋に行こうよ」口はパクパクと動くものの声の出ない渋谷の背中を押した。
「なんだったら洗濯しとくから籠に入れといてね」
「乾かせば大丈夫ですから」と言い残して割り当てられた部屋に飛び込むと、どちらからともなく互いに顔を見合わせて出てきたのはフゥーッと安堵の息。
「ヤバかったなぁ」
「ホント」
「なんとかなんねぇかなぁ。もうバレてるからおふくろは諦めてるけど、制服に靴にコートにユニフォーム……いったい何着向こうにあるんだか」
「とにかく突然だからね。今度むこうに行ったら誰か交換に来てくれるよう頼んどこう」
「ところでこれ、どうする?」
「まあ、できるだけタオルドライして人目につかない風通しのいいとこに干しとけばいいんじゃない?」
「そうだな。どう見たって真夏の海の家で着る服じゃないもんな」
「ペンションだよ、ペンション!! 海の家なんて聞かれたら夕飯食べられないよ」

高校二年の夏休み。こんなところでのんびりバイトしてること自体、渋谷のお兄さんに云わせれば「この時期をバイトで過ごすだとぉ!! 身の程知らずの、この、おバカちんがぁ〜!!」なのだが、もちろん、これは僕には該当しない。
「なんか……心配あんの?」
「ないよぉ〜?」
力仕事は渋谷に任せたといっても、バイトである以上それなりに仕事もある。忙しく働いている時や人目があるときはいい。ただ、こうして一日の仕事が終わって強にセットした扇風機を前にボーっとしていると、繰り返し繰り返し思い出されてしまう。
優しい声が告げる、

この感情は貴方だけに、……貴方だけに、……貴方……だけ……に

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