全国の高校二年生は本格的にバタバタし始める。が、この学校でそんな慌てたそぶりを見せる生徒はほとんどおらず、1クラス30人はいつものようにのんびりと授業を受けている。だいたい、全国的に名の通った進学校に通うということは既に基礎学力があり、応用力もある上に勉強の仕方を知っているということで、そういう奴らはたかだか大学受験程度で戦々恐々とはしない。ただ、放課後の雰囲気がいつもと違うのは、学祭でもないのには親たちがやって来るからだ。
三者面談。それはどの高校でも行なわれるが、この学校のは巷で聞くのとちょっと違う……らしい。
まず、1.両親揃って来る。どちらかの場合、父親の方が多い。2.深刻な話になることは少なく、3.たいてい短時間で終わる。
例えば、始まりは、「で、○○、どうするんだ?」
「○○先生のゼミ、面白いって聞いたから……そこかなっ」てな具合。それに対する親の反応は、
「ああ、いいんじゃないか。なぁ?」
「そうね」
「それでは、そういうことで」
と、だいたいこんな感じ。
けして無関心なのではなく、自主性を重んじるというか……まあ、本人は当然、先生も親も子供の能力としたいことをちゃんと知ってるってことだ。さて、僕はこの先どうしたいだろう。
子供の頃からぼんやりと浮かんでいたことの意味がだんだん分かるようになって、中学で再び渋谷に出会って明確になった“僕たち”の計画。別にそれに捕らわれたわけじゃないが、よくよく考えれば20歳の、30歳の、40歳の、それに以上になったときの自分を想像したことがなかったし、別にそれが変とも思っていなかった。いくら知識があったって中坊なんてそんなもんだ。
ところが、もう一人心を持っていかれる人物が現われた。
初めて会った日から彼は僕の計画に既に組み込まれている。ただ、想定していた役割以上に新しい『感情』の比重が増したことで計画の方向性が変わってしまうんじゃないかってことを恐れている。
4,000年前、世界を巻き込んだあの悪夢はまさに……人々の負の感情の集合体だった。それがどれほどおぞましく、人々が簡単に惑わされていくかをまざまざと見せつけられた。
人の感情は怖い。負の感情はもちろん、強過ぎる愛情も。
感情は向けた自分にも、向けられた相手にも影響を与える。彼の愛情に答えることで自分がどう変わっていくのか。それがはたして良い方向へと進むのか、それともこれまでの何かを壊してしまうのか。予想できないことくらい怖いことはない。
『この先を、未来を得るには、考えうるこれが最良の方法と思ってやってみるしかないのではありませんか?』
戸惑うと内なる自分ではない、微かな笑いを含んだ声。
実際には僕に向かって言った言葉じゃない。ついていこうと決め、そして救うために離れた『彼』に向かって何度も云った言葉。
『大賢者』と呼ばれた彼はそう言って、実行し、実現してきたからあの若さで人々の支持を得て……。
確信が持てないまでも『この道』と決めて踏み出すか、途方に暮れてこの場に留まっているか、それともあるかどうかも分からないまま別の道を探しに戻るか。
絶対に間違ってはいけないこと、揺らいではいけないことはある。人によってそれは異なるんだろう。
それ以外は間違えたっていいのかな? そもそも、求めに答えることは間違いなのかな?
『間違えない人などいませんよ? 重要なのは同じ間違いを繰り返さないことです』
ごく少数の本当に信頼できる男たちを前に、深刻な内容にも関わらずいつもと同じように静かに語ったあの時、彼はどこまで見据えていたんだろう。
なによりも強く、強く残るのは、今際の際に告げられた真実への衝撃と嘆き、新たな決意の思念。
『私たちはなんという過ちを犯したのだ!!取り返しのつかないことを!!
私たちが生み出したのなら、私たちで葬らなければ。
過ぎた時間は戻せない。だから、明日に、未来にきっと。
いつかみんなを元に、……元に、……も……と……』
長き時間が過ぎ、今の世界を、眞魔国を見て、彼はどう思うだろう。
「君、具合でも悪いのかい?」
急に声をかけられて気がつくと、目の前には心配げな駅員が立っていた。
「さっきからず~っと座って、何台も電車をやりすごすから……ちょっと気になってね」
「あっ、大丈夫です。ちょっとゲームの攻略方を考えてて」
愛想よく笑いかけると、ホッとしたように立ち去っていった。
あ~あ、やめた、やめた!! 下手の考え休むに似たりだ。
この人生は僕のもので彼のじゃないし、彼のように生きるつもりなんてない。
多感な現役高校生が大好きな子から告られて、応えようかどうか深刻になるなんてバカだ。
浮かれてどこが悪い!?
無理をすればどこかでボロが出るし、そうしたら取り繕っても事態は悪化するだけだし、なにより僕はこの欲求に抗えない。
乾いたのどが水を求めるように、暗い闇で一条の光を求めるように、優しく触れるあの手を、暖かく安心できるあの瞳を求めている。
そうと決まれば、どんな言葉がいいだろう。一世一代の名セリフで彼を釘付けにしたい。
新たな一歩を踏み出すことが妙に嬉しくて、次に向こうに行くのがいつか心待ちにしている自分がなんとなく可笑しくて、残暑の残るホームで電車が来るのを待ちながら、やっと暮れ始めた空が彼の色に染まるのを待ち焦がれていた。

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