指定された当日、滅多に使うことのない家紋入りの馬車で血盟城の東門から登城した私は、緊張しながら案内された室内へと足を踏み入れた。
正面奥に執務机と椅子、更に少し脇に控えめな装飾が施された一脚が用意してあった。
それらと向かい合うように十脚の椅子が置かれ、既に数名が腰掛けている。
振り返った方々に黙礼すると同時に、つい習慣で相手の値踏みをしていた。国軍や地方軍の制服、家色を纏った貴族の子息たち、私は難しい商談相手と対峙するときには必ず身につけるスーツを着ていた。(これを着て商談が成立しなかったことはない、私にとってNo.2のラッキーアイテム。ちなみにNo.1はもちろん妻だ)
全員およそ150歳前後くらいか、私を除く最終面接者がもしこの位の年齢層なら、むしろ眞魔国に慣れていただくための『ご学友』的要素が強い任なのだろうか。それなら私では年上過ぎる。大体、剣の腕前など人に誇れるものではないことは自覚しており、書状を受け取ったその日から(どうして私が……)と思っていた。
そんなことを考えながら待つ間に続々と人が集まり始め、あっという間に用意された椅子に全員が腰掛けていた。
奥の扉が開き、眞魔国一の美男子と噂される王佐閣下が入ってこられると全員が直立して迎え、その前を閣下が執務机の向こうに立ち、緊張している私たちを見回すと本日の主旨を述べられた。
「みなさん、お集りいただきありがとうございます。本日の面接はこの度眞魔国に初めてお帰りになった『ムラタケン猊下』の護衛を決める最終面接です」
その言葉は私たちに失望と疑問をもたらした。誰もが『貴人』とは第27代魔王シブヤユーリ陛下と思っており、また『ムラタケン猊下』と聞くのは初めてで、どのような地位の方か想像できなかったからだ。
一同の戸惑いを見ていた閣下は、
「『ムラタケン猊下』は第27代魔王シブヤユーリ陛下のご親友で、眞魔国ではその地位に当たる方は今までおりませんでしたが、陛下に継ぐ方とお考えください。詳しいことは任ぜられた者に説明しますが、書状でもお願いしたように本日のことは他言無用です、よろしいですね。では、猊下、お入りください」と奥のドアに向って声をかけた。
衆目の前に現れた『ムラタケン猊下』は、眞魔国臣民ならば誰もが無意識にひれ伏すであろう、黒目、黒髪、貴色とされた漆黒の衣装を身に纏ったお姿だ。
私たちの緊張と畏れを感じとったのか、閣下の脇に用意された椅子の前に立ち、ニコッと微笑まれると「村田健です、宜しく」と言って静かに腰掛けられた。
猊下の存在に誰もが注目する中、音もなく壁際を通る者がいた。大柄なのにしなやかな動きのその男は私たちの後ろあたりで気配を消した。
ほんの少し姿を見せただけのその男は私に──東国にいると聞く、薮に紛れて己の存在を隠し獲物を狙う、狡猾な虎のようだ──後ろを狙われる恐怖を思い起こさせた。
「全員お座りください。名前を呼ばれましたら起立願います。それでは猊下、本日の選考に残った者たちをご紹介させていただきます。まずは──」
順々に名前が読み上げられ、起立した者たちは猊下に対し深々とお辞儀をし、閣下が述べていく自分の経歴、推薦者の言葉を誇らし気に聞いていた。
(今回の選考基準は何なのだろう。剣の腕……ではなさそうだし、今のところの共通点は国外……のようだが)
猊下は挨拶に丁寧に答えられると、口上に対し様々な反応を示していた。ときには頷き、ときにはやや高い声で感想を述べ、(『初めてお帰りになった』と王佐閣下はおっしゃった。今まで他国でお育ちになったということか? とすると純血魔族ではなく、混血あるいは人間なのか?)、そのお姿は混血でも60~100歳くらい、人間ならばの十代後半の少年で、地位に合った落ち着いた振る舞いとに違和感を覚えた私は同時に、背中に強い視線を感じた。
(あの男は何者だ?)
意識が逸れていた私は閣下が自分の名を呼んだ声を聞き損ね、隣に座った者から「あなたですよ」と言われ、慌てて立ち上がった。
「あなたがオスカー・ラウリ・パルヴィアイネンですね。良かった、お立ちいただけなかったので、名前を読み間違えたかと思いました」
ホッとしたように閣下は仰ったが、(この場に及んでなんという失態)という叱咤や(これであの男はダメだな)という敗者に向ける哀れみなどがこもった視線を浴び、私は恥ずかしくてできれば部屋を辞したいくらいだった。
「この者の経歴を申し上げます。
士官学校卒業後、カーベルニコフ地方軍の統括補給部隊に所属、先の大戦では隣国からヴォルテール領までの広範囲に渡る海岸線を死守したカーベルニコフ地方軍統括司令官シモン・ベーメ・ヘフネル殿の副官を務め、推薦の言葉としては《敵戦力の行動分析に優れた能力を見せ、枯渇しがちな武器や食料の供給に貢献した》とあります。また、他軍ながらヴォルテール地方軍からは《如何なる時も柔軟な思考と周囲を和ませるその性格は、深刻な状況下において仲間として常に信頼に足るものである》との推薦がございます。先の大戦後、地方軍を少尉で退官。現在は予備役でございます。
家業は輸入出業を手広く営んでおり、いささか異例ではありますが、調査員からの報告では、シルドクラウドとカヴァルケードの商人ギルドでの評判として《交渉は手強いが、品物と期日は安心できる、良き商売相手である》との報告書が届いております」
(やはり国外か。それにしても商人ギルドまで調査するとは、これは『猊下』の要望なのだろうか)
「以上が全員の経歴でございます。何かご質問はございますでしょうか」
「そうだね、一つだけ。『場所は大広間、賓客を迎えての宴席の場で、偶然、不穏な動きをする者が目に入ったら自分ならどうするか』全員、教えてもらえるかな」
こともなく『猊下』はにこやかにそう質問されたが、私には言葉の裏に隠された何かがあるように感じた。それは先ほどから感じている違和感であり、男の視線のせいかもしれない。
「私は即刻、猊下にご退出いただきます」
「私ならそれとなく警備の者を呼び、不審者に張りつくよう指示を出します」
「いや、その場で取り押さえることが最善策です!!」
若さからか、互いの言葉に煽られて段々話がきな臭くなっていく。
「猊下、よろしいでしょうか」
そんな中、軽く手を挙げて質問した私にまたも衆目が集まった。今度の視線は一致している、(猊下に直接声をかけるなど、なんと身の程知らずな!!)だ。
閣下はすこし眉を上げたが、『猊下』は私の行為を面白がったようだ。
「どうぞ。なんでしょう」
「その場に居られる最上位者は『猊下』でいらっしゃいますか」
他国の権力者が開催する舞踏会や宴席は新しい商売先を見つけるのに最良の場。なんとか招待状を得ようと画策する私にとって《その場の最上位者が誰か》を早期に見抜くことは、商売における最重要事項だ。だが、あいにくと血盟城での宴席未経験者である私には、城の主たる魔王陛下不在の宴席がどのくらいあるのか、まったく検討もつかない。
「お好きなように」
愛想よく、しかし曖昧な回答をされた『猊下』はフッとお笑いになったように見えた。
(「お好きなように」ということは……必ずしも《そうではない》ということか)
「お答えくださり、ありがとうございます」
「それで、あなたの答えは?」
「月並みですが、その場の《最上位者》にことの次第をお伝えできる方を探し、円満かつ早急に退出されますよう進言いたします」
私の言葉で《陛下ご臨席》の可能性に気づいて発言しようとする者たちの出端を挫くように、「みなさん、色々聞かせてくれてありがとう」と『猊下』が面接の終了を宣言した。
「では、本日の結果は合格者にだけご連絡いたします。皆様、ご苦労様でした」

続いて閣下が退出を促し、意気揚々と、あるいは足取り重く、参加者はあの大柄な男が開けたドアから廊下へと出て行く。
参加者たちと目を合わさないよう軽く目線を下げていた男が、最後に出ようとした私に対してほんの少し視線を上げ、ニヤッと笑った。
他の誰かがそんなことをすれば、いくら温厚と言われた私でも「無礼だぞ!!」と声を上げただろう。だが、その視線は獲物を見る目ではなく、むしろ「ようこそ、ご同類」と、『猊下』と同じように面白がっているような感じだった。
そぼ降る雨の中、馬車に乗って屋敷に帰り、いつものように家族と夕食をとったが、正直言ってその晩は何を食べたのか、何を言ったのか、よく覚えていない。

*****

夕食を終えて自室に戻った村田は脱いだ上着をヨザックに渡しながら「ねえ、ヨザック。彼のことをなんと呼んだらいいんだろう」と問いかけた。
「そうですねぇ~、軍所属じゃないし、上級貴族でもないから『卿』や『閣下』じゃちょっと変だし……。はい、これどうぞ」
軽くブラシをかけて上着をクローゼットにしまうと、村田に部屋着を渡した。
渡された部屋着を羽織りながら、「あっ、そうなの? それじゃ『パルヴィアイネンさん』でいいかな」
「猊下はそれでいいんじゃないんですかぁ」
フロの様子を見に歩き出したヨザックの後をついて歩きながら、「それじゃ君はなんて呼ぶの?」
湯加減を見ながら「俺の立場だと……やっぱり『様』なのかなぁ」と答えた。
「どうして」言葉と共に掛けてあったタオルを差し出した。
「あっ、どうも。だって、年上だし、下級とはいえ貴族だし、予備役ったって俺より官位は上だし。マズいっしょ、『さん』は」渡されたタオルで手を拭くと、タオル掛けに戻しつつ、同意を求めるように村田を見つめた。
「一応、気にするんだね」
「そうですよぉ~、一応ね。ちょうど良い湯加減ですよ」
「でも『様』って言うのも仰々しいねぇ」入り口にもたれながら村田は腕を組んだ。
「軍所属なら官位で済んじゃうんですけど……。入らないんですか?」
「『少尉』か。それでいいんじゃない? 僕もそう呼ぼうかな」
「猊下もですか?」
「そうだよ、『パルヴィアイネンさん』じゃ長いし呼びづらいし、『少尉』ってなんかスパイ映画っぽくていいじゃない」
いかにも楽しいことを思いついたような村田の言葉に、「スパイ? まあ、猊下がそう仰るなら、それでいきますか」ヨザックは戸惑いながらも同意した。
「うん、そうしよう。それにしても、『少尉』って見かけよりずっと切れ者そうだね」
「筆頭推薦者のヘフネル将軍は上級貴族なのに実に柔軟な考え方をする変わり者って言われてましてね。その人からあんな言葉を引き出すってことは、相当な人物でしょう」
「気になる?」
「何をです?」
「次に帰ってきたら護衛の任から外されてるかも……とか」
「まっ、猊下ったらアタシを捨てて新しい男に乗り換えるつもりだなんて、酷いわぁ~」
両頬に手を当てて訴えるグリ江を見た村田は図らずも(あっ、『ムンクの叫び』と同じポーズだ。不気味さは……)と思ってしまった。
「あははっ、そんなことないよ、今のところはね。フロに入るから出てってくれる?」
仕返しとばかりに、ヨザックはのぞき込むように顔を近づけ「おやっ、深窓のご令嬢のごときお言葉」とからかった。
「うるさいなぁ~」
ムクれながらそっぽを向く村田の脇を「はいはい、ごゆっくりどうぞ」笑いながら出て行った。

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