「パルヴィアイネンです。お呼びと聞きまして」
主のいない私室に足を踏み入れた私が目撃したのは、たくさんの衣装箱に囲まれて睨みあう王佐殿とヴォルフラム閣下。
無言のまま、軋む音すら聞こえるかのようにぎこちなく顔を向けられたお二人は、まるでタイミングを計ったように「こちらが相応しいだろ!!」と声を揃えられた。但し、向けられた指先はまるっきり別のものを示しているが。

これまでに数度──まだ、数度だとは驚きだ──こちらにお帰りになった陛下は常々「王様としては国民のみなさんの生活ぶりも知りたいんだよね」とおっしゃられていたが、まだ城内ですら陛下を受け入れがたいと思っている者もおり、情けないことだが「それではさっそく」とは言いづらい。
当初は王都での迎春の祭りや夏の月待ち祭り、北から徐々に始まっている収穫祭、これから迎える冬の市なども検討されたが、城ならともかくいずれの祭りもその人出の多さからとても目立たぬように警護など不可能、また「状勢不和な現状では陛下のご要望を叶えることはできません」とは誰も口に出す勇気もなく、今まで機会を逸していた。

目をお通しいただきたい書類も溜まってきたし、そろそろお帰りいただきたいということもあり、「ほどほどの人出で街も賑わい、ご覧いただくにはちょうど良いのでは」と候補に上がったのが来月予定されている『新酒祭り』
祭りと言っても一番大きな市場で業者向けの市が終わった午後、近隣の葡萄園業者が今年の葡萄から作られた新酒、飲めないものや子供たちにはジュースが振る舞うという、要は売り込みなのだが真っ昼間の試飲程度なので酔って乱れる者もおらず、ほとんどが買い物に来た女性と時間を持て余した老人と子供たち。紛れ込んだとしても『家を抜け出してきた、商家の坊ちゃんがた』くらいにしか見えないだろう。

続いて提議されたのが、出発地。城か眞王廟か、はたまた他の場所か。
城や眞王廟から変装して外出となればそれなりの人目と距離がある、むしろ直接近くのどなたかのお屋敷にお呼びしてそのまま出向かれる方がよいのではないか。そしてそのまま王都を出て眞王廟にお入りになり、改めて城にお帰りになれば皆を欺けるのでは?
こうして概要は決定したが、その後の詳細は問題山積。

それではどなたのお屋敷を使うのか。
お忍びなのだから誰かの屋敷というわけにはいかないと強く主張され、新市街の市場からはかなり離れているがそれでも城よりは確実に近い、旧市街にあるフォンビーレフェルト卿のお屋敷を利用することに。
続いて、当日お召しになる服。
これもヴォルフラム閣下が「うちの私兵の服ならば十分変装になる」とおっしゃったが、フォンクライスト卿は「陛下が兵の格好などお気に召すはずがありません!!」と強硬に反対。
(ご自分のお屋敷にならなかったことが相当お気に召さなかったのは確実だが、城住まいのためほとんど使われていないフォンクライスト卿のお屋敷より、まだ同い年くらいの私兵が出入りするフォンビーレフェルト卿のお屋敷の方が却って目立たない、というだけだ)
ということで、互いが持ち寄った衣装で意見が対立している最中に呼ばれた私は、指差された衣装を見てどう言おうか迷っていた。

「こちらのご衣装は確かに下級貴族の子弟に見えますが……」
「が、とはなんだ!?」
「生地が上等すぎますし、それに真新しく見えますね」
「ほら、ごらんなさい。私もそう言ったでしょう」
「ですが」
「なんです?」
「こちらのご衣装は普段着られるには格式ばった仕立てに見えます」
「僕もそう思う!!」
「そうですか? そんなことはないと思うのですが……」
「これはどうだ。これなら問題なかろう!!」
「なるほど。確かに前よりずっと飾りも少ないし──」
「お待ちなさい!! それならこちらにもあります!!」
こうして午後一杯、お二人の主張を存分に聞かされた私は断固たる決意の元、こう宣言した。
「お二方には我が愚息の普段着をお召しいただきます」
正直言えば、常に陛下を巡って繰り返されるこのような決着のつかない不毛な言い合いにうんざりしただけだ。

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