「えっ、ここにいるって、城に帰らないのかよ」
「うん。ウルリーケが秘蔵の書物を自由に見ていいって言ってくれたんだ」
「でも……」
「というわけだから少尉、悪いけど僕宛の書状はこっちに持ってきてくれる?」
「はっ、はい。しかし──」
「君の出入りも許可をもらってるから大丈夫。それじゃ、渋谷、城のみんなによろしくね」

半分強制的に渋谷たちを出発させると僕の周りは急に静かになった。
振り向いて後ろに控えている衛士に「さてっと、それで君は?」と笑いかけた。
「はい、ウルリーケ様より猊下のお側につくよう命じられております」
(せっかく可愛い顔してるんだから、ニッコリしながら言ってくれたら印象も違うんだけどな)
「それって、護衛? それとも、僕が余計なことをしないように監視してるってこと?」
「お考えがすぎるのでは?」
(おおっ、ウルリーケに負けず劣らずな迫力。仕事柄なのか、それともと〜っても年上なお姉さまだからかな)
「まっ、おいおい分かるってか。それじゃ書庫に案内してくれる?」
「どうぞ、こちらでございます」
「ところでさぁ、そのミニスカな制服、いったい誰が決めたの? 絶対好きもンだよねぇ」
「みに……すきも? お言葉がよく分かりませんが……」
(お堅いキャリアレディの戸惑った顔、いいねぇ)
「ああ、気にしない、気にしない。単なる独り言」

昨晩、ウルリーケに言ったことは半分正しく、半分嘘だ。
創主が何で構成されていたか、僕は、僕の中にある大賢者の記憶はある程度知っている。何せ当事者だから。でも、当時の大賢者は自分が関わったことしか知らないし、事が終わった後の追跡調査をする間もなく、かつて共に戦った人々に追われて眞魔国を建国、さらに、地球にきて……情報は完全に途切れてしまった。
なぜ、結びついてしまったのか。なぜ、魂が鍵なのか。今この時代、鍵である魂を持つものは誰か。完全消滅できたとしてその者たちはどうなるのか。魔力は、魔族はこの先どうなるのか。そして、眞王は……。分からないことばかりだ。
今も昔も情報こそが、情報を制するものが勝利すると言っても過言じゃない。だから僕はなんと言われようと、どう思われようと、この国、この世界にある、全ての情報が欲しい。
まだ間に合うはずだ。僕たちには渋谷がいる、待ち望んだ史上最強の魔王が。

「猊下はこちらと伺ったのですが」
「お帰りなさい、少尉。猊下はあちらで本をお読みです。あの……」
「はい?」
「いつもあのようなのでしょうか、まるで本以外何も目に入らないというか……大丈夫でしょうか」
「ええ、まあ。でも、そろそろお止めした方がよいでしょう」
書物が傷まないよう極力日の光を遮った書庫の中で、火の精霊が灯す光を頼りに積み上げられた本の隙間から『読む』というには早過ぎる速度でページをめくる猊下が見えている。
(あの速度でよく内容が理解できるものだと見るたびに思う)
「猊下、……猊下」
近づいく者の気配にも気付かない。(こんなところを襲われたらひとたまりもない)極力触れぬよう軽く肩を揺らすと「……んん、なに? 少尉?」やっと視線を書物から上げた。
「城から書状を持って参りました。ご覧になる前に、まずは昼食をお取りください」
「えっ、そんな時間?」
「正確にはお茶の時間ですね」
「そっか。あ〜、肩、バリバリ」
「お揉みしましょうか」
「……いや、いいよ。大丈夫」
これが陛下と猊下の、グリエさんと私の、違いだ。
陛下は他意なく人に触れることも、触れられることにも慣れていらっしゃる。一方、猊下が御身に触れることを許しているのは陛下を除けばグリエさんのみ。それでも、猊下からグリエさんに触れるところを見たことがない。

「できないって、どうして!?」
「ですから、たとえ猊下であろうと眞王廟にご滞在中は廟の規則に従っていただきます。朝、昼、晩の食事時間は厳守。遅れた場合は『抜き』です。それから、食事はこちらで取っていただきます。お部屋へのお持ちすることもありません」
「そんなぁ〜、聞いてないよぉ〜!!」
「猊下、私が近隣の村まで出向いて何か買ってきますので、お待ちを」
「いいよ、少尉。君が戻ってくる頃は夕食時間だ、我慢するよ。その代わり、ここでの規則ってやつを聞き出してよ。全部だよ、全部!!」
「かしこまりました。それまで猊下はどちらに」
「部屋で書状を読んでる。夕食時間には必ず呼んでよ、バリバリ喰ってやる。食べられないって分かると絶対食べたくなるんだ」
先刻の衛士が目配せを寄越すと歩き出した猊下の後に付き従う。
ため息を押し殺して手帳を取り出しながら「恐れ入りますが、こちらの規則を教えていただけますでしょうか」腕組みしたままの給仕長に謙って訊ねた。
そうだ、ここは眞王陛下にお仕えする巫女たちが住まう、男子禁制の厳格で堅牢な園なのだ。

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