階段を地下まで降りると三分の一ほど様々な職種の制服を着た者で埋まった食堂があった。
地下といっても半地下なので庭に向いた窓から外光が入り、それほど暗くない。
「少尉、そこのトレイと皿をスプーン取って、このカウンターで欲しいものを言えばいいんですよ。お姉さ~ん、B定、ライス、大盛りで頼むよ」
「B定って何です?」
「ああ、セットランチのことです。陛下の国では『定食』って言うんだそうですよ。元々はみんなランチって言ってたんですが、一度、陛下が覗きに来て『定食』って呼んでからは、そう呼ぶようになって。今日のメニューはここに書いてあるんで、お好きなのをどうぞ」
「ほい、B定食、ライス大盛りね」
「あんがと、お姉~さん」
「アンタもおんなじでいいんかね」
「あっ、はい。グリ江殿、陛下がここにいらしたのですか?」
「ええ、『みんなはどんなの食べてんの?』っておっしゃるんで。でも、実は腹が減ったってんで、食料庫を襲撃に。育ち盛りですからねぇ~、内緒ですよ」
「でも、ここは──」
「お偉いさんは下々が思いもつかないことをしがちじゃないですか。そうでしょ?」
「ほい、お待たせ」
「確かに……そうですね。ありがとう……って、これ、なんです?」
「カレー……もどき。あそこに座りましょう」
トレイには、南国で取れるライスの山盛りに様々な具材が入った黄土色のスープのようなものがかかった大皿と葉物が入った小鉢、小皿にフルーツのヨーグルトかけ、それと水の入ったコップが載っていた。
椅子に腰掛けると「いっただっきまぁ~す」と言ってライスとソースをかき混ぜ、すくっては口に運ぶグリエ殿を呆然と見ていた。
「食べないんですか、うまいですよ」
「これはどちらの食べ物でしょう、この匂いは……香辛料が随分使われているようなので、南のものですか」
「陛下の母上の得意料理だそうで」
「母上!? 料理などされるのですか? 陛下のお母上が!?」
「ええ、そうらしいです。でも、陛下が仰るには使ってるものが違うから『微妙に違う』って。だから陛下専属コックがなんとか同じ味を出そうとがんばってるんですけど、なかなか難しいらしい。お陰でそのレシピがここまで降りて来て、俺たちの口に入るってわけです」
「グリ江殿、どうも私は根本的に勘違いしているようだ。チキュウとはどこにあるのです? 商売であちこち行きますが、聞いた事がない」
咀嚼を止めてキョトンとしたグリ江殿は口のものを飲み下し、水を飲むと「やっぱりね」と言った。 「たぶん、ギュンター閣下の説明じゃ戸惑うだろうなって思ってたんですよ、結構端折ったから。食べたら食後の散歩と行きましょう」
つまり、ここでは話せない……と理解した私はグリエ殿の見習って、ライスとソースをかき混ぜ、スプーンですくったソレを恐る恐る口に入れた。(この味なら城下、いや国中に広まるのも時間の問題だろう。レシピを手に入れて、香辛料を押さえておくか)
中庭に出ると血盟城の主だった建物がよく見えた。
私たちが歩いた東棟の一・二階は陳情などにくる臣民から下級貴族までの来客と庶務方が使い、三・四階は閣下方の執務室と私室、それに最上階は陛下がお使いになっている。正面玄関のある南棟は上級貴族のための応接室や小さめのレセプションルーム、それと宿泊施設。西棟一階から三階まで主に国防に携わる部署が使い、四階は書庫、最上階は猊下がお使いになっている。
北棟は大広間とそこで使われる様々な道具がしまわれ、それぞれの建物は回廊と二階から四階まで渡り廊下で繋がっている。
更にこの足元、地面の下にも様々な施設や部屋があるそうだが、「それはまた後日」とグリエ殿は説明されなかった。
区切られた中庭の一角、小さな噴水の縁に腰掛けると「陛下についてどのくらいご存知です?」と話をふって来たグリエ殿は表情こそにこやかだが、その目は我々商人で言うところの『値踏みする目』だ。(猊下の面接は合格したが、グリエ殿の面接はこれから……ということか)
「昨年春の二月、黒目黒髪の少年が突然現れて眞魔国第27代魔王陛下となり、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム閣下に求婚されたと眞魔国日報で読んだのが始めです。
その後しばらく記事は掲載されず、夏の一月、カーベルニコフ領にお姿を見せた後、大シマロン領ヴァン・ダー・ヴィーヤ島から長く行方の知れなかった魔剣モルギフを、翌二月、今度はヴォルテール領から隣国に向われ、同じく長く失われていた魔笛をお持ち帰りに帰りに。そして、お忍びで行かれたシルドクラウドで現在養女となられたグレタ姫とお会いになった、ことくらいですね」
脇に座ったグリエ殿はパチパチとおざなりな拍手をすると、女性が媚びるように片眉を上げて「で、本職では?」と尋ねてきた。
(まあ、そうくるだろう)、溜息をつくと今度は内輪の話に切り替えた。
「初めてご帰国の時はほとんど情報は収集できぬまま陛下の消息が不明となりましたが、ただ、国境近くの村で法力の火を局部的な大雨で消火されたと聞いております。
次のヴァン・ダー・ヴィーヤ島では火祭りに参加した少年が強大な魔力を放出し、街を混乱に貶めて姿を消したそうですが、これは陛下ですね。
さらに、近年旱魃だったスヴェレラで法石の採掘場を破壊し、砂漠と化した地方に大雨を降らせたのもそうでしょう。また同様に、シルドクラウドで起こった大火を消火。
二ヶ月後、情報部と海軍が総動員され、なぜか、それまで交流のほとんどないカロリアの災害復興に力を貸し、オレンジの髪の大男と金髪の魔族の少年二人を伴った、どう見ても少年のカロリア領主が大シマロン主催のテンカブに参加、見事優勝し、その褒美としてカロリアの永世独立を勝ち取った。まっ、いずれも商人ギルド経由の非公式な話ですが。推測するに、大シマロンで力を振るわれたのは陛下、一緒だったという大男はグリエ殿、金髪の少年はフォンビーレフェルト卿と『猊下』だったのではありませんか?」
「まったく……以前から商人ってのは侮れないと思ってたんですよ」
『合格』と受け取って良い一言だ。
「ただ、分からないのが『猊下』という敬称の由来とお立場です。『陛下のチキュウでのご親友』だけでは、いささか納得がいきません」
「猊下は……大賢者の記憶を……お持ちだ。敬称は『どうせ眞魔国じゃあ眞王はある意味『神』扱いだろうし、その眞王に選ばれた魔王も似たようなものだから、神に仕える者ってこと』だそうですよ」 『大賢者』と聞いて驚愕したのは当然だが、それより、囁くように告げられた音の中に、僅かに苦悩が含まれているような気がしたのはどうしてなのか。
「さて、そろそろ戻りますか」
立ち上がったグリエ殿は見上げていた私に「そうだ。『殿』ってぇの、止めてもらえませんかね。俺は少尉より歳も階級も下ですから、そう呼ばれるのは変ですよ」
「でも、猊下はとても信頼されているようですし、護衛としての腕もきっと確実に私より上でしょうし──」
「グリエでもいいし、ヨザックでもいいし。それに丁寧な言葉ってのもちょっと苦手でして」
「いえ、そんな失礼なことはできません」
「失礼じゃないですよ。ほらっ、陛下も猊下も俺のことは名前で呼ぶし、親分や王佐閣下は『グリエ』ですから」
「どなたもあなたより上の方ではないですか。確かに私は歳は上ですが、予備役とはいえ単なる商人ですから」
「それじゃ『さん』にしましょ。ねっ、『グリエさん』」
「『グリエさん』……ですか?」
「そっ。そうしましょ。はい、決まり」
パチンと手を打って、入り口に向うグリエさんを追いかけた。
執務室に戻ると、出た時と違っていたのは陛下がへたばっていたことと、猊下が分厚い本を読み終わり二冊目を手に取っていたことくらいだった。
パタンと本を閉じた猊下が「お帰り、ヨザック。ねぇ、城から城下への道に街灯はあるの」と尋ねられた。
「ああ、そうですね。少尉、日のある内に家に戻った方がいいですよ。明日から泊まり込んでもらうんで身の回りの物を持って明朝、登城してください」
「もうそんな時間? 今日の勉強はもういいよなっ、なっ」
「そうですね、これまでとしましょう。パルヴィアイネン殿もグリエのいう通り、本日は終わりとしましょう」
預けていた馬を引き取り、暮れかけた道をかろうじて落馬しない程度にボーっとしながら家路に着いたが、目まぐるしく、慌ただしい今日一日の情報が消化しきれず、(明日から……勤まるだろうか)と不安の夜は、傍らに眠る妻の匂いですら解消することは難しかった。

*****

「で、どうだった?」
「使えますよ、あの情報網」
「よかった。人物的には?」
「まだなんとも。数日の内には分かるでしょう」
「僕が帰る前に報告が欲しいな」
「もうですか? 来たばっかりなのに」
「んっ、なんとなくそんな感じがする」
「こないだも急に消えちまったんで大騒ぎだったんですよ。せめて一言、言ってくださいよ」
「それなら僕じゃなくて眞王に言うんだね」
「また、無茶なことを」
「仕方ないだろ、ちゃんとまた来るからさ」
「ホントですね。俺の留守にご帰国なんてイヤですよ」
「はい、はい。……ねぇ、この会話ってさっ、なんか愛人の部屋に転がり込んだ旦那って感じがするんだけど」
「へ~ぇ、猊下が旦那で俺が愛人ですか? それじゃ猊下からお手当もらうんですか、それともこの細腕で猊下を養うんですか」
「どこが細腕なんだ、まったく。僕はこっちじゃ職はないし、給料ももらってないからお手当は出せない。むしろ君に身の回りの世話をしてもらってるから、どっちかっていうと養ってもらってる、かな」
「それ、真面目に言ってます?」
「ん~、比較的真面目だと思うけど」
「……俺、時々猊下の考えってのがよく分かんなくなるんですが」
「そ~ぉ?」
「そ~ぉ」

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