午前中の講義は第3代魔王陛下の治世に進み、猊下……というより、お持ちになっている大賢者の記憶を少なからず気にしながら講義されていたギュンター閣下の弁は、以前とは比べるまでもなく伸び伸びしたものに変わっていた。
陛下は「へぇ~」とか「そうなの?」と質問というより感想を述べられるのに対して、猊下は当時の十貴族会議(その当時からあったとはいささか驚きだ)に出席していた家の者たちや魔力の強弱、寿命の長さなどを質問され、前回、私への言いつけも含め、猊下の興味は『眞魔国の歴史』に加え、『魔族』自体に向けられているのは明らかだ。
講義の後、午前中は特に問題もなく過ぎ、お二人の違いを目の当たりにしたのは午後だ。
確かに採寸というのはどことなくこそばゆく、私もいささか苦手の部類に入るが、それにしても陛下の嫌がりようはかなりのもの。だからといって採寸係を怒るわけではないのだが、これ以上ご気分を損ねないよう慎重に採寸するものだから余計時間がかかって……と、どうも悪循環している。
一方、猊下は係から指示されたことを素直に……というか興味津々でこなしていくので、あっという間に済んでしまい、「ほんのちょっと我慢すれば済んじゃうのに。そんなに嫌がったら係さんがかわいそうだよ」と言葉ではたしなめてはいたが、あのような陛下のお姿を楽しんでいたようにも思える。
「僕たち、先に行ってるよ」
終わりそうにない陛下を残し、猊下と私は取材が行なわれる予定の部屋を見に出かけた。仰々しいことが苦手な陛下のために比較的小さい部屋が用意され、奥側に紋章入りのソファが用意されていた。
「ここがそうなの?」
「ギュンター閣下からはそのように聞いております」
「ここに僕たちが座るんだよね。これ、ちょっと……動かしてくれないかな」
「かしこまりました」
「それじゃあ……、え~っと、……あっ、その椅子はここに置いて」
警備の手を借りて、ソファ、記者たちの椅子、間に置かれていたテーブルを猊下の指定した位置に動かした。
「猊下、この位置ですと……背に日が来ますので、日報の記者たちにはかなり眩しいと思いますが?」
「それでいいんだよ。渋谷はともかく、新聞にデカデカと自分の顔が載るなんて想像しただけでゾッとする。念写ってその場をバッチリ頭の中に覚えて、それを画像化するんだって? 眩しければ覚えようがないだろ」
「でも……、このリストによると画家も含まれていますよ」
「ああ、それはいいんだ。日報で確認したけど、どうもかなり美化して描いてるよ。あれじゃ本人とは似ても似つかない」
猊下のご帰国から、確かに貴族たちの間には密かに派閥ができつつあるようだ。それが表立ってくれば国を二分し、内乱の可能性さえ出てくる。そうならないよう、猊下はお一人で公式の場に出ることを極力避けていらっしゃるが、昨夜の言葉のとおり存在が知られてしまった以上、多少の露出は仕方ないとして、あくまで陛下をお立てになるように配慮なさっている。この家具の配置もその一環。
隣室でくつろいでいると、バタバタと陛下が駆け込んでいらした。
「ごめん、遅くなって! ああ、よかった、まだ始まってないんだな」
「主役の君が抜きで始められるはずないじゃないか」
「まっ、落ち着いてお茶でも飲んだら? その内、誰かが呼びに来るよ」
言葉のとおり、しばらくするとダカスコスが顔を見せ、お二人が会見室に入ると眞魔国日報の一行──記者一名、筆記者二名、念写係二名、画家一名──が起立して出迎えた。
お二方が着席なさると、「本日は、私どもの取材に応じていただき、真にありがとうございます。いただきましたお時間がわずかですので早速始めさせていただきます」と切り出した記者は、手帳を見ながら取材を始めた。
始めこそ陛下への質問ばかりだったが、後ろから見ていても記者たちが隣で微笑まれている猊下に視線をやっているのが分かる。
やがて質問は猊下へと移り、護衛の面接でお見せになった落ち着いた物腰で言葉少なにお答えになる合間、影になっているはずのお顔を動かされるとレンズの端に光が反射し、その度に二人の念写係と画家がビクッと肩を動かす、まるで静かな闇夜に光る獣の目を見たように。筆記者はノートを取るのに忙しく、同じように見ているはずの記者にはそんな行動は見られない。「僕は普通の人間、魔力はないよ」とおっしゃっていたが、……本当にそうなのだろうか。
そつなく取材を終わられたお二人が執務室に戻って各庁からの報告を受け終わると、すでに日は落ち早くも夕食の時間となっていた。
食後、陛下の私室でおくつろぎになった猊下は陛下と魔王専用風呂をお使いになった後、ドレッシングガウン姿で私室へと戻られた。
「この間頼んだことはどうなった?」
ベッドに入られた猊下はいつものように本を手に取ったが開きもせず、お訊ねになった。
「はい、まずは我が家の主家であるカーベルニコフ家を遡っておりますが、まだ3代前までしか……」
「かまわないよ、分かってるところまで報告を」
「はい。現在の当主、デンシャム様はほぼ170歳、当主になられて50年近くなります。妹のアニシナ様はほぼ140歳。ちなみにグウェンダル閣下はちょうどその間くらいとなります。デンシャム様の前の当主は母君のダーリア様、およそ200年ほどお務めになりました。夫君のアントン様はカーベルニコフ家の遠縁にあたり、穏やかながら優れた発想の持ち主であることをダーリア様に見込まれて婿入りされたと聞いております。この発想の才能がお二人のお子様に……とは巷の評判……なのはさておき。
その前の当主はダーリア様のお父上でマティアス様。この方は300歳足らずと早くに亡くなられた為、まだ100歳になるかならぬかでダーリア様が当主となられました。奥様は──」
「待った、待った。長寿だからあんまり歳にこだわらないとは云え、ふぁ~、やっぱり言葉だけだとこんがらかるね。系図とかないの?」
「各家にはあるでしょうが一般には出回っておりません。上級貴族家のものでしたら貴族庁が管理していると思います」
「それ、見られる?」
「猊下でしたら可能かと。私では無理ですね」
「許可をもらえば?」
「出ないと思いますよ」
「ふぅ~ん、そうかな。で、誰が管理してるの?」
「おそらくギュンター閣下かと。閣下は王佐であるとともに儀典長でもあり、血盟城の統括責任者でもありますので」
「なんか想像できないなっ、あの、フォンクライスト卿がだよ?」
「閣下はとても優秀で有能な方です。……お二人がいらっしゃらないときは」
「そうだろうね。とにかく僕から頼んでみるよ、それに古文書とかも読んでみたいし」

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