誰にだって『初めて』なことはあり、順調に行くことは少なく、たいてい間違いや失敗してつまずく。そんなときは立ち止まって真剣に考える。そもそも問題をクリアして次に進みたいかどうか。
『互いの気持ちを告白し、確認する』
俺と猊下はそんな第一ステップをなんとかクリアし、次へと進み出した。
「それじゃあ……慣れないと」
俺の発した言葉に質問は戻ってこなかったが、猊下が正しく俺の言葉の意図を理解しているかどうかなど気にしちゃいない。どうせ徐々に分かることだ。

Practice 1:

魔王専用風呂から「僕はそろそろ上がるぞ。これ以上いたらふやけてしまう」と閣下の声が脱衣所にいる俺のところまで聞こえる。
「もう上がっちゃうのかよ」
「僕も上がるよ」
「ええっ、村田もかよ。そんじゃ、俺も上がろっかな」
バシャバシャと湯船から上がる音がしたのでいつものようにタオルを取ろうと手を伸ばし、ハッと気付いて顔が赤らんでしまった。(裸……なんだ)
服を着て風呂に入るなんて、シルドクラウドじゃあるまいし。なにを今更、とも思ったが、それは今までであって、こうなってしまったら意識するなと云う方が無理だ。
「どうかしましたか」
「あっ……」着替えを持ってきた少尉に気付かないなんて、どうかしてる。
「良かったら先に食事を済ませてはいかがですか」
物分かりのよい好々爺の笑顔で言われて、注意力散漫になった原因が何かバレバレだ。
「さっ、いってらっしゃい」
送り出された食堂では反動というか、湧き上がる欲を抑えるために食欲でこの体を満たすことにした。

ドアが開いて賑やかな声が脱衣所を満たす。兵役についていると男の裸など気にもしなくなるが、それ以上に高貴な方々は生まれた時からお付きの者が世話するので肌を晒すことに抵抗などあるはずもない。一番に出ていらした閣下は差し出したバスタオルを「んっ」と受け取りガシガシと体を拭いている。
続いて、浴室からは「あれ、出ないの?」と陛下のお声。姿をお見せになった陛下は「やあ、少尉。ありがと」と差し出したバスタオルを受け取られると、これまた実に豪快な拭き方。
チキュウでもご愛用の公共浴場をお持ちの陛下もやはり肌をお見せになることにあまり抵抗はないらしいが、一応の礼儀らしく出ていらっしゃる時はそれとなくタオルで前をお隠しになる。残るは猊下……なのだが一向にこちらにいらっしゃる気配がしない。
「猊下、どうかなさいましたか」
「今……出るよ」
ひょこっとドアの隙間から顔だけお出しになる。(まあ……仕方ない)バスタオルを大きく広げて「早く拭かないと風邪を引かれますよ」、猊下を包み込み「今までと違う態度をお取りになると周囲に気付かれますよ」と体を拭く仕草をしながら囁いた。
「大賢者は一人で体も拭けないのか」
「おい、ヴォルフ。村田はメガネがないんだから……って、あれ?」
「あのねぇ、僕の視力はそこまで悪くないよ。ありがとう、少尉」
服を着替えられて向かった夕食の間にはいつもの皆様が既に着席されており、賑やかにお食事されている間にグリエさんが戻ってきた。
「お先に。少尉もどうぞ」
「ありがとうございます、それでは行ってきます」

定位置についた俺は向けられた視線に「猊下ぁ〜!!」と軽く手を振ってみた。プイと顔を背けられた以外、誰からもなんの反応もない。元々俺はこういう奴だと思われているから、こんな風におちゃらけてもほとんど問題視されない。俺にとってこれは非常に都合が良いが、今まで以上にやり過ぎないように気をつけなきゃいけない。
食卓には本日のメインが配膳され、盛り上がりは増した──まっ、主にお子様たちが……だけど。
愛情には色々あって俺に対するものと陛下に対するものが違うのは承知してるが、こうやって眺めていると陛下に向ける猊下の優しさが──ほんのちょっとだけど──羨ましい。猊下があんな風に陛下を見てても誰も不思議には思われない。もしその視線の先が俺だったら……そりゃあり得ないな。
食事が終って歌劇場へと向かう陛下がたのためにドアを押さえていると、「グリエ」とギュンター閣下が声をかけてきた。
「明日で良いので、私のところに来てください」
「へっ? あっ、はい、お伺いします」
私室へと向かう陛下がたの後ろで(前回呼ばれたときは猊下を迎えるためだったけど、今回はなんだろう?)と首を傾げた。

ツェリ様が魔王陛下在位中にこっそりお作りになった歌劇場はその存在をほとんどの者が知らず、誰もが──閣下がたですら──双黒のお二人を両手の華とされ先頭を行くツェリ様の後をついていくしかない。
「ここですの」
立ち止まった入り口は陛下曰く『中華大飯店?』らしく、朱赤にキンキラの装飾、門の両脇にはでかい壺が置いてある。
「殿方はここまで。さっ、陛下、猊下、参りましょ」
「上王陛下!!」
「母上!!」
「……(ホッ)」、ちなみにこれはウチの親分。
ツェリ様がこういうとき、誰かの声に耳なんぞに貸すわきゃあない。男たちが唖然とする間に門は閉まった。
「どのくらいかかりますかねぇ」
「普通の歌劇だと一刻くらいでしょうか……」
「一刻も陛下を独占とは……グヤジイィィィィ!!」
「僕はここで待ってるからな!!」
「私は執務室に戻るぞ。ギュンター、お前も仕事があるのだろう。ここはヴォルフラムとグリエがいればいい」
そう言うと足早に戻っていく閣下の後を、ギュンター閣下が恨めしげな視線を残しながらついていく。
「それでは、グリエさん。私も猊下のお部屋の支度をしに戻りますので、後をよろしくお願いします」
会釈と共に少尉も去り、特に共通の話題もない俺とヴォルフラム閣下は時折ボソッと言葉を交わす以外は手持ちぶさたで、とにかく時間が過ぎるのを待っていた。

音もなく門が開き、ウキウキなツェリ様にややぐったりめな若者二人。それを見て(入らなくて良かったぁ)と胸をなで下ろしたのは俺だけじゃないはずだ。
「遅かったなっ」
「ああ、ヴォルフ……」
珍しく自分から歩み寄った陛下はそれ以上言葉が続かない。上機嫌のツェリ様を前に「ご苦労様でした」とも言えず「猊下、いかがでしたか」と声をかけた。
「滅多に見られないものを……見せてもらったよ。ツェリ様、ご招待、ありがとうございました。それではお休みなさい」
社交辞令を言う元気は残っていたようだ。
私室へと戻る道すがら、猊下はポツッと漏らした「ツェリ様って……ああ云うのが好みなんだ」
「あ〜、例えば……どんな?」
「筋肉、マッチョ、筋肉、マッチョ、筋肉、マッチョのオンパレード。それも全員、マッシュルームカットで蝶ネクタイにカボチャパンツ……うなされそうだよ」
「あちゃ〜、そうだったんですか。それじゃ、ぐっすり眠れるようにグリ江が子守歌を──」
いきなり立ち止まると振り返った猊下の顔は明らかにむくれている。
「あはっ、冗談ですッてぇ」
「そうしてくれ。あの後、君じゃあ駄目押しだよ」
「まっ、アタシをそんな奴らと一緒にするなんて、ひどいわぁ〜!!」
「はいはい、そこでストップ。今日は色々あっ……て……」
昼間を思い出したのか、見つめあったまま言葉は途切れた。
こういう雰囲気は伝わるもので、俺の方も次第に体温が上がってくる。
「……あの」
何を云おうとするわけでもなく、ただこの場をなんとかしたかっただけなのだが、見回りの足音に気付いた猊下はくるっと後ろ向きになり「とにかく、もう寝るから」と歩き始めてしまった。
何を話すでもなく、ただ猊下の後ろに付き従い、いつものように猊下が入る前に室内をチェックしようとドアを開けると、書類を持った少尉が出迎えた。

これ好き
ハートをあげる!! 3
Loading...