昨日は執務をされなかったせいもあっていつも以上に書類が溜まり、午前中はわずかな休憩を挟んだだけで陛下だけでなく猊下もずっと書類漬けの予定。陛下がたが執務を始められたのを確認して、少尉に後を頼んでギュンター閣下のところへ出向いた。
「ご用でしょうか」
「ええっ。あっ、あなた。この書類を庶務省に持っていってください。それからしばらくは誰も入ってこないように」
明確な人払いで、これからする話がかなり高度なものであることが判った。
「実は、昨日の明け方、城の敷地内に地面の陥没が見つかりました」
「はい」
「幸い、城の裏手とほとんど人気のない場所でしたし、連絡を受けた地術者が即座に地面を直しましたので事無きを得ました」
「はい。……それで?」
「地下はまだ手付かずなのです」
「それを俺に直せと?」
「いいえ、それは修繕係が行ないます。ただ、場所が場所でしたので、グウェンダルとも相談してあなたも知っておいた方が良いだろうということになりました」
「あ〜、つまり?」
「第三通路なのです」
「……なるほど」
血盟城の敷地内には三層に分かれた地下通路が広がっている。地面に一番近い第一通路は城の侍従たち──つまり、俺たち──の食堂、浴場、更衣室兼仮眠室、日常使う道具類に洗濯室や乾燥室、他の建物への通路などなど、魔王陛下や貴族の方々の目に触れないような施設がある。
その下にある第二通路は主に警備兵たちが使用し、城が攻められたときのために、兵士宿舎や厩舎、武器庫などへと繋がっている。ここまでは俺も知っている。
そして、一番深い第三通路は魔王陛下や貴族の方々の避難路と云われているが、公にはされておらず、俺自身も知らない。
猊下の部屋を選定する時もいくつか候補はあって意見は求められたが、最終的にはギュンター閣下を始めとした皆様で決められた。任された改装中、そういう入り口はあるだろうとは思っていたが、修繕係が始終出入りしていた部屋をじっくり探すことはできなかった。
「いつからです?」
「今夜からです。あなたの部屋に人を迎えに行かせますから、指示に従ってください。改めて言う必要もないでしょうが──」
「ええ、分かっています」

陛下の執務室に戻ると、朝あった山と積まれた『未決』箱は1/3ほど減り、陛下と猊下はかなりぐったりぎみにお茶を飲んでいた。一息入れられたお二人はその後も書類を読み続けて箱の山を減らしていき、半分ほどになったところで用意された分厚いコートを着て奥庭の温室へ、気分転換も兼ねての昼食だ。
ほんのり香る花の匂いよりやはり食べ物の匂いに敏感なようで、陛下の旺盛な食欲を見せられて給仕係は鼻高々。猊下もいつも以上に召し上がっているようだ。
「あ〜あ、また午後も書類かよ。一日休むとあんなに溜まるんだぁ」
「お前がいない時は、それこそ文箱で部屋が埋まるぞ」
「今日の書類にも君が判断する必要のないものも交じってたし、認証系統を考え直した方がいいかも」
「それって大変じゃあね?」
「まあね。でも、君はこのまま書類に忙殺されるままでいいのかい?」
「うっ!!」
「さて、僕は少し腹ごなしに散歩しながら帰るけど、君たちはどうする?」
「もうちょっとのんびりするよ。また書類だもん」
「それじゃ、部屋でね。行こう、ヨザック」
外に出るため、温室のドア前で広げたコートに手を通しながら猊下がポソッと「ずるいな」
「何がです?」
「君さっ。うわっ、寒」
コートの襟を直すように猊下に近づいて、そのままの距離を保ちながら「聞き捨てなりませんね。いつ、俺がずるしたって言うんです」
「だってさ、仕事と称して君は僕をずっと見ていられるのに、僕はそうできない。これってずるくない?」
白い息に包まれた、熱い言葉。(この人はこんな風にさりげなく、俺の熱を1〜2度上げる)なにも言えない俺を気づかうように、「まっ、なんとかするけどね」と猊下は続けた。
「あらっ、漢前なお言葉」
「もちろんだよ。だって、大賢者だよ? なんちゃってかなんたってかは置いといてさ」
愉快そうな声に助けられた。

執務室は午後も変わらず『未決』箱から『処理済み』箱へ書類を動かし、猊下の「ご苦労様」で一日が終わった。
猊下の私室から出た俺は廊下を歩き出していた少尉に声をかけた。
「なんですか」
「今日の夜勤、変わってもらえないでしょうか。ちょっとヤボ用が入っちまって」
「いいですけど、今夜だけで大丈夫ですか」
「ん〜、その辺はなんとも……」
「お気になさらずに。まだまだ若いものには負けませんよ」
「ありがとうございます」

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