あまり使っていない部屋で目立たない服に改めて迎えがくるのを待っていると、ノックに続いて「グリエ殿」と呼びかける声がする。ドアを開けると男が立っていた。
「こんばんは」
(やや小柄でがっちりとした体格、濃い髪色に両脇が白髪、豊かなヒゲ、この特徴だとロシュフォール家だろうか)
「そんなに警戒しなくても──困ったように笑う顔を見ると、見かけほど年でもないらしい。私はロシュフォール・イニュス。お話はフォンクライスト卿からお聞きでしょ?」
声の感じや顔の肌艶から見ると250歳くらいだろうか。
「グリエ・ヨザックです。初めまして」
「それじゃ行きましょうか」
先頭に立ち、棟の端にある俺たちが使う階段を軽やかな足取りで下りていく。
「こういうことは良くあるんですか? あ〜……」
「イニュスで結構。ロシュフォールの縁者ですが、家も継いでいない三男ですから」
「はあ」
「良くあるとはいえませんが、全くないというほどでもないのです。あっても人知れず直してしまうので、ほとんどは気付かれません」
一階まで降りるとそのまま第一通路まで下らず、階段ホールのすぐ脇にある飾り気のないドア──兵たちが行き交う、第二通路への入り口──を開けた。
「第一、第二通路は既に掌握されているのでしょ?」
「ええ、まあ」
「大変でしたか?」
「と言うより、思ったより広かったんで時間がかかりました」
「そうでしょうね。地下通路は我が家の自慢なんですよ」
彼が言うには、現在の血盟城を築城するにあたり、いろいろと苦労があったそうだ。

眞王陛下と大賢者の血盟城はあまり時間がないまま築城されたので、召使いたちの通路や非常時の貴人がたの退路など、ほとんど考慮されていませんでした。
今の血盟城を築城するにあたってはそう言った点も含めて、充分に検討されています。ただ、候補となったこの土地の問題は固い岩盤でした。
王都のあるこの高原は川でさえ迂回する固い岩盤の上にあることをご存知でしたか?
ええ、ご存知なくても不思議ではありません。普通、そんなこと気にしませんからね。
地下通路を掘るにあたっては、地術者だった祖先が随分と力を奮ったそうです。元々、ロシュフォール家は鉱脈、鉱山に優れた知識を持っていましたし、地術者も多くおりましたので。以来、私たちがここを管理しているわけです。
そう『私たち』です。通路の全貌は全員が知っている必要もないし、私一人しか知らないのでは何かあったとき対応できなくなりますからね。
ですから、第一通路は城にいる者であれば誰にでも迷わないように作られていますが、行けるところは限られ、出入り口は建物の中にしかありません。第二通路は上級従者の一部と城内警備兵、王都に駐在する部隊の上級士官しか知らず、建物以外にも隠れた出入口があります。グリエ殿は幾つ見つけましたか? ほう、惜しいですね。後、3ヶ所ありますよ。そして、第三通路は全部で五区に分けられ、私はその一区を担当しているわけです。
さて……、ここに第三通路への入り口があるのですが、お分かりになります?

人気のない、いざとなれば騎馬で駆け抜けられるよう、充分な天井の高さと道幅の第二通路を改めてぐるっと見回してみた。
「以前にもここは調査してみましたが、そんな入り口は見つけられませんでした」
「ええ、そうでしょう。想定した敵はまず魔力のない者、『人間』でした。そうした者にはけして見つからず、開けられないことが重要でした」
「つまり『混血』もってことですか」
「グリエ殿、悪意でそうしてわけではありません。当時、この通路を使う方々に混血がいなかっただけなのです」
「今もいませんね」
「いいえ、歴代魔王陛下には魔力のない人間もいらっしゃいましたよ。ですから、私たちはこの通路を改良して、今ではそのような方も使えるようにしてあります。それに、グリーセラ卿のような方もこれからは増えるでしょう。……良いことです」
嘘偽りのない言葉に聞こえた。
「それで、いったいどうすれば良いんです?」
「せっかちなんですね。さて、これは魔石です」笑いながらポケットから小さな石とりだした。
「これをこうすると……」
第二通路の壁や辻には様々な柄のモザイクが──もちろん行き先を表しているものもあれば、何のためにあるのか分からないものもある──埋め込まれている。そのモザイクの一つ一つに石をかざすと、その内の一つがほのかに光を帯びた。
「ここ……ですか」
「後はゆっくり押すだけで入れます。どうぞ、やってみてください」
石を渡された俺は言われたように軽くモザイクを押し、腕の先が壁に飲み込まれている。
「そうそう、お上手です。そのまま向こうに突き抜けてください」
言われるままに押し続けるとすっぽりと向こう側へと出た。
「どうでしたか」、続いてこちら側に出てきたイニュスの言葉に「はあ、なんとも……。どうなってるんですか」と俺。
「どの術者でも、ただ仕掛けの──柄の中央に赤い石、だそうだ──あるモザイクに『通してください』と祈るだけです。その魔石には私の認証を込めているので持っていれば地の精霊が通してくれます」
「俺じゃなくても、ですか」
「いいえ、ちゃんと持ち主の念も込めてあります。それなら安心でしょ? それから、その魔石が有効なのは私の管区だけです、他の管区では効きませんからご注意ください」
「それじゃ5個集めなきゃいけないんですか」
「魔王陛下が普段ご利用になる施設なら、それだけで充分だと思いますよ」
「でも、猊下は? 俺、猊下の護衛でもあるんですけど」漆喰で装飾された階段を下りながら問いかけた。
第二通路よりはるかに狭く、だが明るい第三通路の真ん中で、伝えるべき情報と隠すべき情報を巧みに操る、笑顔の絶えないこのイニュスという男が初めて逡巡した。(人間や混血に偏見があるようには見えないが、とすると猊下にか?)
「その点が困っているのですよ。この通路は魔王陛下を始めとする皆様がたの退路といわれていますが、城に敵が侵入されるという最悪の状況を考えた場合、実際にこの通路を利用するのは城に残る機密書類や貴重な宝物の搬出といったところでしょう。とすると、おそらく諸卿がたは戦地に居られるか、あるいは……。そんな時、あなたは城にいるでしょうか? ユーリ陛下と猊下は水を使ってチキュウにお戻りになることができる。ここにいらっしゃるよりずっと安全です。そう考えると、これ以上をお話しする必要があるのか、とね」
「しかし──」
「フォンヴォルテール卿からの命、それは知っています。魔王陛下と猊下がご在城でチキュウにお戻りになることができず、あなたも城におり、そして敵が侵入してきた、というほとんどないことであろう状況も考えて、ここにお連れしています」
ぼかしてはいるが……明確な拒否だ。俺がどんな表情をしていたのか、イニュスは「ご理解いただきたいのですが、実を言うと……西棟は私の管区ではないのですよ」と肩をすくめながら言った。
「では、誰かに……少尉には教えていただけるのでしょうか」
「あ〜、検討中とだけ」
「そうですか。認証されていなくても、とっても強い魔石だったらどこでも開けられますかね? あっ、あくまで仮の話ですが」
「そうですね……おそらく可能かと。何か心当たりがあるのですか」
「いいえ〜ぇ。俺がそんな魔石に近づける身分だと思います?」(あんなところに隠さず、猊下に渡しておけば良かった)と思ってもいまさらだ。
「まっ、そういうことにしておきましょう。グリエ殿、その石は指輪とかペンダントとかにして無くさないようにお願いしますね」
「はぁ〜い」

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