しばらく歩くと漆喰の剥がれた天井と瓦礫が残っているのが見えてきた。
「ここですか」
「ええ。ほら、あそこにも亀裂が見えるでしょ?」
「原因はなんなんです?」
「数年前、森の一番高い木が落雷で倒れましてね。古木でしたから全ての根を掘り起こすわけにも行かず、そうこうしているうちに水が入り込んで天井の岩を割ったらしいのです」
「って、ここはどの森の下なんですか?」
「あなたは陛下と猊下をお連れになったと聞きましたよ。ほら、昔の血盟城の城壁近くの森です」
「あっ、あそこですか。で、この先は?」
「水車の脇です」
森より高い水車は何度が作り直されたが、昔の血盟城に水を送るための石造りの水道橋は今も健在で、新たに追加された水路は今の血盟城に水を供給している。
「あんなところに出たって……」
「あっ、川側からご覧になったことはないのですね。水車はその半径分、水面から上に設置する必要があるし、あまり早い流れでない方が良いんですよ。水車の脇にちょうど崖部分がえぐられて洞窟のようなっているところがあって、そこに30人ほどが乗れる船を2艘、隠してあります」
「向こう岸はうっそうと茂る天然の森で重機なんざぁ設置どころか持ち込むことさえできないし、下流は流れが速いので漕げないし、曳くには距離があるし、ですか」
「そうそう、なかなか良い場所でしょ?」
「まったく」
プラプラと歩いていくと水音がしてくる。終着点は思ったより広い空間で、壁には漆喰はなく自然のままの石色、床の半分くらいまでが水面、中央に突き出た桟橋、手前の両側に引き上げてある船、川への出口は崖に生えている草が覆い尽くしていた。
「ここで火でも焚かない限り、向こうからは分からないな」
「さて、それでは戻りましょうか。これでもう、いつでもお調べになれますでしょ?」

帰り道は、道々第二通路への戻り方の説明。脇道にうっかり踏み込むと閉じこめられるとか、術者や魔石を持っていても中から開けることはできないとか。
「あ〜、その場合は……」
「ええ、すっぱり諦めてください。私たちに連絡はとれませんから」と実に楽しそうだ。(まあ、そうだろうけどさっ。その口調はもしかして、そうなった俺を想像してるとか?)
いくつか通り過ぎた、奥が真っ暗の四角く開いた空間の前で立ち止まったイニュスは「第二通路への階段はここと、もう少し先と、あといくつかあります」と言った。
(きっと、何かの印があるはずだ)丹念に周囲を観察した。イニュスは俺の振る舞いを当然といった感じで眺めている。床は石製、踵で踏みならしてみたが変わった音はしない。壁や天井は漆喰で特にモザイクやレリーフもなく、ポケットの魔石を取り出してかざしてみても変化はない。
「ふぅ、降参します。どうやって判断するんですか」
今生の喜びのようなイニュスの顔を見るのは悔しいが、本当に判らない。
「ごく普通なんですね、もっと特別な探索方法があるかと思った」
「はぁ? 本当にそう思ってます?」
「はははっ、冗談です。でも、敵がどう探索するかも考慮しませんとね」
「散々怖がらせておいて、実験したんですか。人が悪い」
「すいません。ところで、先程の質問ですが」
「はい」
「後ろの壁をご覧ください」
何が違うのだろう、やはり無地の漆喰の壁だ。(あれ? 左右の壁に点々とあった明かりの具合がここだけなんとなく違う)前後の明かりと見比べて、つい声が大きくなった。
「シェードの形が違うんだ!!」
真ん中の薔薇は変わらないが、左右に付いている葉の重なりが違うのだろう。狭い通路は人が動けば中の空気も動く、そんな状態では分からない微かな違いだ。動かず正面からだと光の洩れ方が僅かに違って見える。
「よくもまあ、こんなところを……」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。では、どうぞお先に」
突き当たりの階段を上って魔石をかざしながら壁を通り抜けると、入ったところと違う場所に出た。
「ここは東棟の外側ですね。入ったのは確か、南棟の下辺り」
「私の管区はもうお分かりですね」
(そうか、それならしかたがない)「ええ」
「久々にとても楽しい夜でした。気をつけてお帰りください。では、失礼いたします」
「ありがとうございました」
それまで背中から聞こえていた、去っていく足音が突然途絶えた。きっとどこかの入り口から別の通路に消えたのだろう。
(チキュウ……か)、猊下には帰る時が分かるようだが陛下が一緒でなければテコでも帰らないだろうけど、いざというときお二人が一緒という状況は危険度が倍増するのでできれば避けていただきたい。でも、陛下はあの通路が使えるだろうが、猊下は誰かが一緒でなければ使えない。確かに少尉は予備役だが、兵として招集されるより猊下の護衛の方が優先度は高い。通路の管理者たちは少尉に教えてくれるだろうか。(堂々巡りだな、こりゃ)
部屋に戻る途中、交替するため持ち場に向かう朝番の連中とすれ違った。もうすぐ夜が明け、また新しい一日が始まる。

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