Practice 3:

いつものように未決箱が陛下の元に届き、書類を取り上げた陛下の第一声は「えっ、何これ?」
脇に控えたギュンター閣下は書類を覗き込むと「ああっ、こちらは訓練です」
「いや、そうは書いてあるけど『朝の血盟城討ち入り作戦』って物騒じゃね?」
「作戦名は攻撃側が自由につけられるのです。ちなみに『朝』ではなく『暁の』、『討ち入り』ではなく『陥落』でございます。今回は陛下もいらっしゃるのでかなりやる気のようですね」
「ああ、そういう時期に来ているのか。フン!! そう簡単に陥落するはずがない、なんといってもビーレフェルト地方軍がいるのだからなっ」
「どれどれ」
書類を取り上げた猊下は「『長らく中止していた非常訓練を開催すべく、魔王陛下のご理解とご承諾を賜わりたく』って、こんなのやってたんだ」
そう言えば、ずっと昔に参加したことがあったな。確か──
「はい。そもそも、この血盟城は独自の警備隊が、城下は国軍が主ですが、万一の場合を考えてどの地方軍でも血盟城と王都を死守できるよう20年単位の当番制で守りを固めております。そこで、当番について18年から任期終了の20年目までに前任の地方軍が仮装敵となってこのような訓練を行なうのです。ですが、先の大戦後、国内が正常になるのに時間もかかり、地方軍の交替も訓練も延期されておりました」
「そう簡単に侵入を許すはずがない、のんびり構えていればいい」
「でも、フォンクライスト卿。これ、冬の三月から春の三月までの間としか書いてないけど」
「いつ、どのような形で攻められるか公表してしまっては訓練にはなりません。ですが、城下には訓練期間と今回の仮想敵となる軍の旗印と人数については発布されます」
「そんなんで大丈夫か?」
陛下の言葉を受けて猊下はやや横を向き、笑いを抑えながら「大丈夫だ、問題ない」と小声で言った。すぐ後ろにいた俺にしか聞こえなかったらしいが、なぜ猊下が確信を持って言い切れるのか、俺としてはとても不思議だ。

「とにかく冬の三月って言ったら──」
「来月だね。さて、どうする、まおーへーか」
「村田ぁ〜、お前……」
「陛下、武器はすべて模擬戦闘用のものでございますし、臣民も慣れております。陛下や猊下が直接訓練に参加されることはございません」
「これ……守るとはいえ戦争の訓練なんだよな」
陛下が逡巡する気持ちも判らないでもない。一部の人間の国と同盟を結び、一応の平安が保たれている今、従来からの習慣だからと言って果たしてする必要があるのか。
「へーかぁ〜、田舎もんの地方軍にとっちゃ王都を始めて見る機会でもあるんですがぁ〜」
(あ〜、なんて心地よい皆様の冷たい視線)
国軍は文字通り年中兵士、だが地方軍は猊下曰くチキュウでいうところの『州兵』なんだそうだ。大多数の奴らは年に3ヶ月と有事の時こそ兵士として存在するが、日常は農夫だったり、坑夫だったり、商人だったり、それぞれ職を持っている。そういう奴らは他の領地に行くこともあまりなく、王都なんぞ見たこともない。
もちろん前任として赴任した奴らが中心とはなるが、赴任しなかった奴らも参加する。どちらかというと戦略の立て方、情報収集と伝達、集団行動などを訓練するもので、つまり大掛かりだが実地訓練7割、娯楽3割ってところ。(俺にとっちゃ完全に娯楽だったな)

「はい、フォンクライスト卿に質問!! 勝敗は何でつけるの?」
「開始から2日目の日没までに血盟城の大広間に侵入できなかったら敵の負けになります」
「で、今まで侵入されたことは?」
「もちろん、ございません!!」
「……だってさっ」
「危険はないんだな、参加者も城下のみんなにも」
問われたギュンター閣下も強気のヴォルフラム閣下も無言だった。
絶対となど言い切れるはずがない。偶発する事故や驚きによる老人の死亡などは今までにもあったからな。
「新市街は立て込んでるし、商家や民家、それに人通りも多い。模擬戦闘は旧市街内で許可、それと期間も冬の三月だけってことでどうだろう。野球だって練習だけで試合しないってのは士気をなくすだろ?」
農夫が忙しくなるのは春に入ってからだし、旧市街はお屋敷街で商家も人通りも少ないから混乱もほとんどないだろう。ただ、準備するとなると一月だけってのは双方ともにかなりキツい。まっ、猊下の提案は妥当な線だ。
「ギャンター、それでも訓練にはなるよな」
「は、はい、陛下。充分でございます」
「それじゃこの書類書き直してよ、サインするから」
「かしこまりました」

所用で領地に戻っていたウチの閣下は戻ってきてこの話を聞くと眉間の皺を深くしたが、既に時遅く、開始まで日もないことから早速城下と今回の仮想敵となるシュピッツベーグ家に伝えられていた。
「まったく面倒なことを……」
教師であり儀典長であり、上王陛下と陛下の侍従長であるギュンター閣下が血盟城側司令官となるのが心もとなかったのか、あくまで血盟城対仮想敵のこの模擬戦に介入できない実質的国軍総司令官である閣下は「グリエ、補佐しろ」と命じた。
「俺、猊下の護衛で手一杯なんですが」
「少尉に任せれば良い。以上」
そう言うと執務に戻ってしまった。
(あ〜あ、それでなくても短いのに、また一緒にいられる時間が少なくなる)と言う愚痴を聞いてくれる者もなく、渋々警備隊と国軍とビーレフェルト地方軍の合同会議に参加した。
ちなみにこの会議をプー閣下は免除されている。地方軍上級士官なのに陛下の警護を優先だって……ズルい!!

警備隊はあくまで城の防衛が主ではあるが戦闘能力からいうとそれほどの戦力にはならない。従って、城内での戦闘は国軍、旧市街は地方軍が担当となるのは充分に予想され、そうなると問題は指揮命令系統、警備隊はともかく国軍と地方軍とがどれだけ歩み寄れるかになる。
そこで俺の出番。なんといっても諜報及び戦闘経験と美貌ではこの場で俺にかなうものなどいない。城内・旧市街の地図でそれぞれの軍を再配備、訓練方法と連絡系統と暗号をまとめ、解散したのは夜遅く、いくら猊下でもベッドに入っている時間だ。
まっすぐ自室に戻るか寄ってみるか迷いながら廊下を進むと、猊下の私室の前に立つ警備兵が「ご苦労様です」と挨拶した後「どんなに遅くなっても立ち寄るように、とのご伝言です」と告げた。
やや緊張しながら寝室のドアをノックすると「お入り」
寝室に入るとガウンを肩にかけ、ベッドの背もたれに枕を立てかけて本を読んでいる猊下が目に入った。
「まぁ〜だ起きてたんですか? 目の下に隈ができちゃいますよ」
「どおってことないよ。地球じゃいつもこのくらいまで起きてる」
ベッドの縁をパンパンと叩いて座るよう俺を促すと「で、どうだった?」
こんな近距離は始めてじゃないが、静まり返った夜、ナイトテーブルの明かりで夜着に包まれた体の輪郭がぼんやりと浮き上がり、なんとなく体の内側から欲望が湧き上がる。
「もぅ〜、頭の固い連中を相手しててウチの親分みたいになっちゃいそう」
「それじゃあ……もうちょっとこっちにおいで」
距離を縮めると猊下は「ご苦労だったね。いい子、いい子」と俺の頭を撫でた。
100歳超えの兵士に対する行為としてはどうかとも思うが恋人なら……いや、むしろ親分の『子猫たん』状態だ。
おどけ半分「メェ〜」と鳴きながら膝の上に寝そべるとクスクス笑いながら耳の後ろや顎の下を擽られた。とてもいい気分。
「メェメェ」と顔を腹や胸に擦り付け、体を起こしながら開いた襟元に顔を近づけた途端、グッと髪を引っ張られた。これはどうもやり過ぎらしい。
「さあ、もういいだろ。僕は寝るから」
布団に潜り込んでしまった猊下は布団越しに眼鏡を差し出すと「んっ!!」と言ったっきり。
仕方なく眼鏡を受け取ってベッドから立ち上がった俺の背中に「報告は欠かさないように」
布団の中で猊下がどんな顔をしてるか想像するだけでにやける顔を無理やり引き締め「お休みなさい」と灯を絞って寝室を後にした。
翌日からは猊下を起こして朝食までお送りするとそれからは別行動。再び会えるのは夜、その日あったことを報告しあうという毎日。
こういうことが数日過ぎると警備兵たちも俺が夜遅く猊下の部屋に入ることに慣れ、人目を気にせず確実に──短くはあるが──二人きりの時間を持つことができるようになった。

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