日中は各部署に配置した情報部の同僚からの報告を受けたり、城内の準備状況を見回ったり。改めて血盟城と城下の全体像を確認するとその範囲の大きさにこの人数と装備で大丈夫だろうかと考えてしまう。
「こんなとこに突っ立って、何を見てるんです?」
「……んっ」
「誰もサボっちゃいませんよ?」
「……そうだな。ところでダッキーちゃん、メイドのお嬢さんたちがこっちを睨んでるぜ」
「うわっ!!」
城への出入り口、建物内では階段の脇と渡り廊下、陛下と猊下の私室前、曲がり角には各2名、陛下と猊下の私室前は主の在不在に関わらずそれぞれ4名の警備兵が常駐し、その他にも6名が一団となって定期・不定期に見回り、その他の重要な場所には必ず2名以上の目がある。これを3交代制で運用。
建物の周囲はほぼ俺の背ほどの幅で白く粗い砂利、通路は靴音が響くよう堅めの敷き石が敷かれ、外壁はあくまで白く、簡単によじ登れないよう3階まで出っ張りや窪みはほとんどない。
屋根には兵と数体のコッヒーが常にたむろし、彼らの叙情的な言葉は完全ではないにしろ当直の通信係が聞き耳を立て、上司はもちろん内容によっては閣下まで報告される。
夜になればあちこちにかがり火が焚かれ、昼──は言い過ぎか──のごとき明るさで城下から見ると満天の星の中に城が浮かんでいるかに見える。
階上から見やると城門と旧市街地の間には城に向かってやや上り坂の、所々に林がある野原や畑。投石機を持ち込まれたら微妙に城まで届く距離なので植樹して森にしてしまおうという意見も出るが、そうすると城下の様子が見づらくなる、敵兵が紛れ込んだら却って分かり辛い、大型の兵器は分厚くて高い城壁と旧市街を通り抜けられないなどの理由からいつも却下されている。

「模擬戦が始まったらどこに隠れるか、説明を受けましたか?」
「ああ、もうウンザリするくらい聞かされた」
組んだ足先で室内履きを揺らしながら猊下は退屈そうに言った。
既に冬の二月も終わりかけたころ。
寝室という親密な空間に二人でいるには早いと思っているのか、あれからは控えの間の、3人が優に座れるソファで語らっている。猊下と俺の座る距離は遠のいたり、縮まったり、その日の猊下の気分次第。揺れる乙女心も持っている俺はその距離の取り方で猊下の心境がなんとなく分かってしまうのがうれしかったりする。
「大広間がゴールなんだから僕たちが避難しなくたって良いじゃないか」
「他の棟に侵入しないとは限らないでしょ。あわよくば陛下と猊下のご尊顔を拝したいって奴だっているでしょうから」(きっといるぞ、田舎もン揃いだから)
「別に良いじゃないか。本当の敵じゃないんだし、そのくらいのこと」
「あのですね、一応これはお二人の避難訓練でもあるんですよ?」
「やっぱり渋谷にサインさせるんじゃなかった。あ〜、面倒くさっ」
「そんなこと言わないでくださいよぉ〜。ちゃんと猊下が避難してくれなきゃ、心配で指揮が鈍りますって」
仮にそんな気持ちがあったとしても一度敵を殺すための剣を取れば消える。これは二人きりの今、恋人にだから言える甘えた言葉だ。
「こんなことで鈍るようならフォンヴォルテール卿に言って解任させようか?」
さっきまでが素の『ムラタァケン』だったとすれば、立ち上がり、俺を見下ろしながら静かに言ったこの言葉は恭しく奉られる『猊下』のものだ。こういう彼の変容に俺は慣れなければいけない。
「戯れの言葉はお忘れくださるよう、切にお願い申し上げます、……猊下」
片膝をついて頭を垂れ、床に張り付いたように動かない室内履きを見つめた。
無音がしばらく室内を支配後、「お休み」の言葉と髪を揺らす指先の僅かな感触を残し、ドアの閉まる音で俺の全感覚から猊下が消えた。

早朝、城下からの報告が入って猊下の起床に間に合わなかった俺は、食堂で遅めの昼食をとっている少尉を見つけた。
「ここ、いいですか」
「あっ、久しぶりですね、グリエさん。さっ、どうぞどうぞ」
「そちらの具合はいかがですか」
「順調ですよ。しかし、あんなところがあるなんて知りませんでした」
「いざと言う時はよろしくお願いします」
「お任せください。ところで……避難に関して何かおっしゃいましたか」
「はい?」
「昨日まではやや真剣味に欠けるところがおありでしたが、今日は実に熱心で。まるでどなたかと張り合っているように見えたものですから」
少尉の表情は眉を下げ(仕方ないなぁ)という感がまる見え。
「べっつにぃ〜」
「まあ、私が口を出すことではありませんから。それで、いつ頃始まりそうですか」
「準備期間は今月しかないから、おそらく来月末あたりじゃないかな。ただ、俺だったらそう考えてることを予想して月が変わったら即ってのもありだと思いますね」
シュピッツベーグ地方軍は当時、当主の権力をかさにし、本来なら入れないところまで入り込んでいたと聞く。どの程度までこの城のことを知っているか、それが一番肝心なところだ。

冬の三月に入ったその日、朝霧が高原を包み込む中、一番鐘が王都に響いていた。
城下がよく見える南棟最上階に作戦本部を置き、そこで寝起きしていた俺は伝令の慌ただしい足音に目を覚ました。
(やはり早めに来たか)
魔動遠眼鏡で旧市街を見やると早朝にも関わらず大勢の人が蠢く様子が見える。ビーレフェルト地方軍は効果的に敵を誘導しているようだ。
「グリエ、来ましたね」
伝令の報告を受けたギュンター閣下も本部にやってきた。
「はい。ただ……人数が少な過ぎる。これ、どうぞ」
「なんですって? なるほど、二連隊といったところですね。王都を攻めるには確かに少な過ぎる」
「ありゃあ陽動部隊って気がします。とすると、本隊はどこかってことになりますが」
「他からの報告は?」
「まだです。陛下と猊下は避難されましたか」
「兵たちに指示は出しました」
俺たちは相談の上、お二人の避難先を本当の血盟城にした。猊下にとってはあまり良い場所とは言えないが、第3通路を含めてシュピッツベーグ地方軍はほとんど知らないはずだ。

陛下と猊下は無事、血盟城に到着との連絡が届いたのはそれからしばらくしてから。
戦闘は、ビーレフェルト地方軍が街中を避けるため野原まで後退してシュピッツベーグ地方軍を引きつけ、国軍の一部も加わって一進一退の攻防を繰り返していた。
この模擬戦ではもちろん真剣は使わずすべて刃を潰した訓練用のものを使用し、また弓などの飛び道具・重機・魔力は禁止、討たれたものは『死亡』として以後の戦闘に参加できない規則になっている。つまり、兵の数が多ければ多いほど優位になるのだ。
だからこそ、俺たちはシュピッツベーグ地方軍がわずか二連隊程度しか姿を見せていないことに『本隊を早く見つけなければ』と躍起になっていた。
戦闘が始まってから約2刻、野原での戦闘は終盤戦との連絡を聞いてもこの部屋の者たちは安堵することができなかった。まだ見つかっていなかったのだ、本隊が。

「閣下!!」
勢いよく開けられた扉から伝令が駆け込んできた。
「アイン・カリナから……敵襲の……のっ、のろしです!!」
その場にいたもの全員が(間違いでは?)という顔を見せた。
王都のある高原の北東連山の向こうがシュピッツベーグ領地、そこへと抜ける峠であるアイン・カリナを今ごろ兵が通っても血盟城につく頃には午後遅く、兵も疲弊し戦闘する状態にはない。
「間違いないのですか!?」
「はっ、はい!! 川を下っているとのことですっ!!」
かつて大洋を渡り、人々をこの地まで送り届けた船長に感謝を込めて、その名をつけたタウベ川の上流は北東連山辺りに数段の滝があり、とても船で行き来などできない。
「奴らは滝下まで陸路船を運び、続々と!!」
あまりのことに思考停止した奴らはほっぽって、
「城内、各城門担当はそのまま、残りは長槍を持って川へ。急げ!! 閣下、戦闘中の国軍に伝令を頼みます!!」
俺は部屋を駆け出した。

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