Supplementary lessons:

城に戻ると案の定、陛下から外出を羨ましがられ「今度は俺も──もちろん、遊びに──連れて行け」と言われたが、その余りの熱意に(あっ、陛下もちょっと息抜きが必要かも)と感じた。魔王として執務続きだが、猊下と同い歳だもんな。
ただ、第三通路を使って遊びに行こうなんてことは──まっ、猊下と違って──思いつきもしないだろう。
連れ出すことに抵抗はないが、そうすると今日のようにはいかないわけで、忠実な臣下として役割を果たすか、愛すべき恋人との時間を優先するか……非常に悩ましいところだ。

「降参します。入り口ってどこなんですか」
風呂に浸かっている猊下の背中を流しながら問いかけたら、「いくら君でもやっぱり無理なんだ。ここを作った人ってほんと人の心理を良く理解してるよ」そう言って子供が水遊びするように両手を押し合わせて水を弾いた。
「入り口はねぇ……」
「ええ、入り口は?」
「……ここだよ。この湯船の底」
「はぁ?」
「お湯で満タンの底が抜けるなんて誰も思わない。ほんと盲点だね」
「でも……お湯は抜けないんで?」
「うん。なんていうか『十戒』の海が割れるみたいにって、ああ、分かんないか。とにかく水は開いてる時脇に寄ってるんだ」
この部屋を修繕する時、元々あった湯船のタイルの剥がれ、配管や水漏れはチェックしたがそんな仕掛けは……いや、おそらく魔力か魔石があって特定のものが『開け』と命じなきゃ開かないんだから分かるはずがない。
手を止め、ついため息を漏らした俺に猊下は「まっ、気を落とすことはないよ」と言ったが、俺のため息を勘違いしたようだ。
入るのは良いが出て行くためには事の後、猊下を“起こして”開けてもらわなければならない。(せっかく気持ちよく寝ている猊下を起こすなんて、そんな無粋なことはしたくない)
「でね、僕としては渋谷より先にマウノさんを夜遊びにつれて行こうと思うんだよ」
「ははぁ〜、たらし込むんですか」
「ひどいなぁ、君のためにするんだよ」
(そして、自分のためでもある)微笑みかける猊下の瞳はそう語っている。
「だから、彼の好みそうな場所をみつくろっといてね」

ひっそり地下を支配するマウノの情報はほとんどなかったがそれでも情報を繋ぎ合わせ、春のパレード前日、マウノに預けていた俺の魔石は元の暗赤色一色から中間に刷毛で掃いたような白い雲のような柄が入って帰ってきた。
「猊下が強く要望されるので私の認証を加えましたが、くれぐれもなくさぬようにお願いしますよ」
神妙な顔をしていたが、帰り際には「また、ぜひお供させてください」と頼んだくらいに猊下とのお忍びが大満足だったようだ。
(まっ、あれだけ猊下がおだてれば誰だってその気になるさ)
そうして深夜、忍んできた俺に「百代通いさせるけど、でも僕は『小町』じゃないからさっ」と笑いながら抱き寄せた。
(いよいよ明日から一週間続く、春の式典が始まる)
その思いは同じようで、交わりの後、眠ることなくただ抱き合ってその温もりを味わっていた。
「そうだ、一つお願いがあるんだけど」
猊下はナイトテーブルの引き出しにあった小さな袋から取り出したものを、俺の手のひらに置いた。
「これって……」
「マウノさんがくれた僕用の魔石。でさぁ、加工しておいて欲しいんだ」
初夏を思わせる、乳白色をベースにキラキラと輝く赤や青と緑などの様々な色が散らばる小さな石。
「渋谷みたいにペンダントにするには小さ過ぎるし、ピアスやリングじゃさすがに学校にもして行けないし、トゥリングにしてよ。それならスタツア中に外れる心配もない」
「“とぅりんぐ”って?」
「ここにはめるんだ。靴や靴下を履いてれば見えないしね」と足の人さし指を指し示した。
細い足首を持ち上げて薄い桃色の爪先を唇で愛撫しながらサイズを覚えたが、つけたことのない俺はつい気にかかって「引っ掛かるといけないから、石は内側にしておきますか?」
「大丈夫だと思うけど……どっちでもいいよ、君に任せる」
(どんなデザインがいいだろう)早くもこの足に似合うリングを想像し始めていた。

パレードで始まった式典は連日全国から集まった貴族たち、招待された豪商たちや人間の国からの客人たちで昼食会や夜会を繰り広げ、公式な場では側にいることのできない俺は遠くからその姿を見つめ、夜は共に過ごした。
そして、全ての行事が終わり皆がのんびり起きた翌朝、エンギワル鳥の声が響く中を陛下と猊下は連れ立ってチキュウに戻って行った。
今までと違うのは、立ち上がる水幕の向こうから猊下が俺にいたずらっ子のように微笑みかけてきたこと。
それは俺の元に必ず帰ってくることを約束してるように思えた。
見送った後、いつものように猊下の私室を片づけに戻ろうとした少尉からその役目を奪うと、隅々まで片づけながら俺の痕跡が残っていないか確認し、最後に猊下の装束や夜着などを専用の洗濯室に持ち込んだ。
ちょうど洗濯し終わったらしい侍女たちは俺に気付かず、声高にうわさ話をしている最中だった。

これ好き
ハートをあげる!! 2
Loading...