「魔王と小シマロン王を捕まえるのだ。生かして私の前に連れてこい。行け!!」
(言葉がよく分からないとはいえ、よくも私を、聖砂国皇帝であるこの私を愚弄したな。逃さない、決して!!)

命令を下すと僅かな兵を率いて城の地下、皇帝は母が待つ地下通路の入り口へと向かった。
崩御した皇帝を北の墓所に埋葬するためだけに使われていた通路は、死者を納めた荘厳なる棺と葬送を司る者たちが通れるように穿ってあり、十名以上が担いだ御簾を下ろした輿や騎乗のままでも充分に通行できる。
火を禁じ、次第に暗くなる地下通路は皇帝に何ら障害となるものではない。むしろ思念を集中させやすい。むしろ、護衛という名目で付き従うこの生きた兵たちの方が後々厄介になるかもしれない。多少夜目が効くとは云え、言い伝えによるこの地下通路と闇に対する恐怖を最後まで押さえつけていられるかどうか。
一人の恐怖は瞬く間に伝染する。そうなったら……捨て置けば良い。意に従わぬ者など不要だ。
なだらかに下る坂道の先から蠢く気配が漂い、生きた兵たちに緊張が走る。だが、皇帝は笑みを浮かべていた。
疲れもせず、悪夢も見ず、死にもしない……本当に便利なモノ。
(進め、探せ。逃げ出したあの魔王と、私を騙したあの兄を!!)

思念のままに進んでいたモノの動きがおかしい。
{なぜ止まる? 先へ進むのだ!!}
闇に怯えないよう目を隠した馬を進めるにつれ、次第にモノの密度が高くなる。互いにぶつかりあって進む方向を誤り、まさに混沌としていた。
{脇に退け。私を通すのだ}
モノを払い、押し退け、命令を阻む元凶、その堰は……閉じていた。
(魔王め!!)
「皇帝陛下、男が倒れております!!」
「魔王か? 顔を、髪を、確認しろ」
禁じていた火が灯って映し出された色はこの国では見たことのない鮮やかなオレンジ。
「生きているのか?」
「微かに息はあります。いかがいたしますか?」
(あの色は確か……だが、なぜ? そうか、悪夢に囚われたな)
「その男をこれへ。残りは堰を開けるのだ」
「しかし──」
「この男は魔王の護衛だ。魔王を捕らえる良い餌になる」
(そう、私の意のままに動く餌になってもらうぞ)
数名に抱えられて持ち上げられた男の額に触れると、こうなる間際に男の見ていた残像が見え始めた。

*****
サラは陛下の手を引き、俺を引き離すように先を急ぐ。闇の中で振り返る陛下の瞳だけが白い。微かに読める表情の最初は疑問、やがて怯えた声で「後ろから石の球が追いかけてくる!!」
だが、俺には陛下の言う『石の球』なんて見えない。
(だいたい、そんなものが追いかけてきたら……)
困惑する俺の耳に何が転がり来る大きな音が聞こえ始め、何度か振り返ると次第にその正体が見え始めた。
通路の横幅一杯ほどの大きな、大きな、石の球。
*****

(あぁ、魔王の悪夢に感染してしまったのか。それにしても、おもしろい悪夢を見るものだ)

*****
(どうする、どうすればいい)
駆ける先に何度か通り過ぎた堰がまたあった。
この通路は行き先も分からない、ただただ奥へと続く一本道。こんなところに堰を作る理由は二つ。
一つは外からの侵入を防ぐため。それなら内側から解除する仕掛けがあるはずだ、そうじゃなきゃこの通路は使えなくなっちまう。あるいは繋がってないだけでこの通路以外にも地上に出る道はあるのか?
あるいは中の者を閉じこめるため。この場合、開けるなんてことはこれっぽっちも考えちゃいない。
(どっちだ? この堰はどっちの目的で作られた?)
そういえば、松明があったころ堰の手前にしかけと思われる出っ張りがあったな。
(出てるってことは『押す』んだろう。押してからくぐり抜けるだけの時間はあるか。
このままでは追いつかれてしまう。ええぃ、迷ってる暇はない!!)
*****

(それで、こちら側に残って仕掛けを動かしたのか。『見えない』とはなんと不便なことだ。さて、お前の悪夢は何かな?)

ぼやけていたイメージが焦点を結び……この男が大切と思う魔王が目の前にいた。
身に宿したもう一つの黒は大きく見開かれ……剣に刺し抜かようとしている。

(なるほど。お前の一番の悪夢は、なすすべなく目の前で魔王が殺されることか。
んっ? どうして魔王のイメージが時折揺らぐ?
そんなに大切な魔王なのに、なぜイメージが固定されていない?
まあ、いい。よく見るのだ、お前の主は…私、私こそが、お前の主。
主である私を殺そうと剣を持つのは、黒髪の男。
ほぉ〜ら、剣が私に、お前の主に届いてしまうぞ、どうする?
そう、それが良い。その身を挺して切っ先を止めるのだ。そして、男の細い首を力の限り握りつぶしてしまえ。
そうだ、残った力の全てを使ってその黒髪を殺せ、殺せ、殺せ!!
よくやった。お前の主は、私は、生きている、もう何も心配することはない。
よく覚えておけ、お前の敵は双黒の魔王だ。再び魔王に巡り合ったら、その時は今と同じように殺すのだ。それまでは安心して……逝け)

男はイメージのすり替えに散々抵抗したが、ついに皇帝に屈した。
ほどなくして堰が開き、モノたちが再び動き出す。

通路の終着地に到着した後、モノを連れて墳墓の中を捜索に行かせた男が黒髪を捕まえてきた。
魔王とは違うが黒髪、黒い瞳……双黒。
(魔王のイメージが揺らいだのではなく、双黒が二人いたのか。そして、そのどちらもこの男にとって『大切』に思っているわけか。こいつが何者であろうと構わない、箱を開けた後はどうせ殺すのだから)

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