・ 5・

朝食を終えた渋谷と村田は昨日と同じように扉の隙間から中の様子を伺っていた。
「あんま、昨日と変わらないな」
「そうだね。でも、こっちを見てるみたいだよ」

扉が開いて……誰かが覗いてる。
ほんの少ししか見えないが、光の加減なのか俺には黒髪に、メガネをかけていない方は、いや、かけている方も黒い瞳に見える。
だとすれば『魔王陛下』と……そうだ!! もう一人は『猊下』、いや『ムラタァ』、あれっ、三人?

ムラタァは、ムラタァは……俺の恋人。
成長途中のしなやかな体を持つ、触れると吸い付くようなアイボリーの肌を持つ少年。それに、ムラタァは縁なしのメガネをかけていた。扉の向こうから覗いている黒縁じゃない。
とすると、メガネをかけていない方が『魔王陛下』で、黒縁メガネの方が『猊下』か。

そうだ、あの大きな黒い瞳は魔王陛下だ!!
陛下は俺のことを「ヨザック」と親しく呼んでくださってた。時には「グリ江ちゃん」とも。
それで俺は時々ふざけて「坊ちゃん」って。
でも、変だな。
俺が「ヨザァ」と呼ばれるのは大抵夜で、そう呼ぶのはムラタァだけのはずなのに、目の前にいる『猊下』からも言われたような気がする。
そんなバカな!! だいたい、髪と瞳の両方が黒、双黒なんて伝説の大賢者以来の高貴な人だぞ!?
俺の恋人であるはずがないじゃないか。
でも、ムラタァの髪も瞳も黒……、いや、夜見てるから黒く見えるだけさ。
なのに、黒縁メガネの猊下を見ていると……触れたい、キスしたい。そして、喘ぐなか「もっと……ヨザァ」と言われたような……『猊下』は『ムラタァ』なのか?
ああ、行かないでくれ、扉を閉めないでくれ。
誰か俺に本当のことを教えてくれ!!

甲板の風は強く、三人の声を聞き取れるものは周囲にはいなかった。
「傷の方はよくなってるみたいだ」
「なんか俺たちが分かってるような感じしなかったか? 明日は入ってみようぜ」
「それは……まだ早いよ」
「そっかなぁ〜。俺、こういうのって嫌いだ。ほら『蛇の生殺し』?」
「僕もユーリに賛成だな。僕やギーゼラが何か聞き出そうとしてもあいつは答えないが、ユーリなら答えるかもしれない。それに……」
「なんだよ?」
「このまま国に帰れば審問が待っている。たとえ真実が辛いことであろうと……僕なら知っておきたい」
「審問なんてする必要ないじゃん!! ヨザックは──」
自分に向けられる二人の視線に言葉が止まる。
「おっ、俺はヒューブの帰国も認めたし、グレタは養女にした。ヨザックだって俺が許すって言えば問題ないじゃないか!!」
「グリーセラ卿は十貴族の縁者、グレタは子供。それに引き換え、グリエは優秀とはいえ兵で、僕は気にしていないが混血だ。魔王が許すと言えば周囲は納得したように振る舞うだろう。でも、お前の目の届かないところでどういう扱いを受けるか、想像してみろ」
「審問の結果、無罪放免となったって同じだと思うけどね。違うかい、フォンビーレフェル卿」
村田の質問にヴォルフラムは無言で答えた。
「お前らさぁ!!」
「おやっ、私がいつ出歩いていいと申しましたか、猊下」
背後から聞こえたギーゼラの声に三人ともギクッと身を震わせた。
(ヤバいぞ。ちょっと怒ってる?)
(渋谷、言ってくれよ。僕はもう大丈夫だって!!)
(ユーリ、早く猊下を部屋に連れて行け)
視線のやり取りを静かに、だが腕組みしていたギーゼラはゆっくり言い聞かせるように「私がいつ出歩いて──」
「あっ、俺たち、村田を部屋に送って行く途中だったんだ。なっ、村田」
(おい、渋谷!!)
「そうとも。まだ本調子ではないんだろう、猊下?」
内心では(いい加減にしろ!!)と思いつつ、「ほんのちょっと立ち話してただけだよ。それじゃね」
そうして村田はいやいやベッドに潜り込み、魔王陛下と婚約者は船内のあちこちに顔を見せに出かけた。

夕食時に飛び込んできたウェラー卿来訪のニュースは船内に緊張をもたらした。向こうの船には、ウェラー卿の手の届くところにはけして行かないことをフォンビーレフェル卿に約束し、渋谷は船の側面、救助艇に降りて行った。
ウェラー卿の声は低くて聞き取りづらく、話の内容は渋谷の言葉から想像するしかない。
「フォンビーレフェル卿。君は渋谷が襲われた後、ウェラー卿の左腕を見つけたんだっけ」
「ああ。それがなんだ」
「誰が、あるいはどうやって移植したのかなって。チキュウの医療技術でもあんな風にごく普通に、元々の腕のように動くようにするのはかなり難しいんだ」
「イ・ショクとはなんだ?」
「腕や足、皮膚や角膜、臓器の一部なんかをほかの人が使えるようにすることだよ」
「それで元通りに動くのか?」
「彼のように腕を自由に動かすにはかなりの時間と訓練がいるね。元々、元通りに動く保証なんてないんだ。襲撃から大シマロンで再会するまで……3ヶ月くらいかな?」
「そうだな、そのくらいだ」
「あり得ないな。絶対に無理だ」
「それじゃあ──」
「ほらっ、渋谷が上がってくる」
甲板に降り立った渋谷はたくさんの手が支える小舟が遠ざかるのを、欄干から乗り出すように見ていた。村田もヴォルフラムも声はかけなかった。

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