・ 6 ・

やっと床上げを許された村田は目の前の固形物の食事に思わず拍手喝采を送っている。
「なんか、恥ずかしから止めろよ」
「6日目にしてやっとガッチリ噛み締めることができるんだぜ? これが喜ばなくて何を喜ぶんだ。おはよう、パン。おはよう、目玉焼き。おはよう、ソーセージ。おはよう、みんな、おはよう!! さあ、僕の胃袋はいつだってウェルカム、大歓迎だよ」

食後、昨日と同じように扉の陰から眺めた二人はヨザックの顔が昨日よりよく見えることに気づいた。窓が半分開かれていることせいもあるが、それより顔の向きがややこちらに向いていることの方が大きかった。
「やっぱ、気づいてるよ」
「うん、そんな感じだね」
「おはよう!! 具合はどうだい」
「渋──」
「大丈夫だっ──」最後までいう間を与えず、フォンビーレフェル卿が中から扉を閉めた。
「ヴォルフ、危ないじゃないか!!」と言う渋谷を「止せって。やり過ぎだよ」、扉から引きはがし「いいかい、渋谷。記憶の混濁っていうのはそう簡単には解決できないんだ」と村田が諫める。
「自分は経験者だからって言うのか」
「声が大きいよ。彼はやっと『自分』を取り戻しつつあるんだ。何が引き金になってまた失うか誰にも分からない。ここには経験豊かな精神科医なんていないんだからもっと慎重にいくべきだよ」

ああ、やっぱり黒髪に黒い瞳、陛下と猊下だ。
それに傷の手当をしているこの女も、扉近くで腕を組んでこちらを見ているあの金髪も見覚えがある。
えっと、名前は……ギーゼラ、フォンクライスト卿ギーゼラ。癒しの術者で養父はフォンクライスト卿ギュンター。
あっちは、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム。陛下の婚約者、火の術者、先王ツェツィーリエ様の三男。兄弟はコンラート・ウェラー、コンラッド……隊長……幼なじみ、フォンヴォルテール卿グウェンダル……閣下……親分……俺の上司。俺は閣下直属の対外諜報員。
うん、間違ってないはずだ。

確認したいと思う反面、もし間違っていたらという不安もある。なにしろ『俺はグリエ・ヨザックだ』って思ってないと、あの薄気味悪い声が俺を引きずり込もうとするからな。
あの奈落に陥るとあの声が命じる『双黒の魔王を殺せ』に従ってしまいそうになる。
俺が陛下を殺すなんてあるはずないのに、逆らっても逆らってもどうにもならない。まるで『自分』ってもんがなくなっちまう。

だが……この手に残る細い首の感触。
“そんなことをしたって開かないよ!!”
黒髪の少年を手荒に扱った気がする。
“やめろ、ヨザック!!”
剣を交え、一太刀喰らった気がする。
そっか……、俺は実際にあの二人を襲ったんだ。
だからここに閉じ込められ、彼らは入ってこようとしないんだ。
なんてこった……。

操られただけだろ、お前の意思じゃない。
ああ、そうさ。でも、やっちまったのさ。
どうするつもりだ。おとなしく国で審問を受けるのか?
審問かぁ……結果は知れてる、死刑だな、絶対。
命乞いしろよ、あの二人にさっ。
バカ云え!! 襲われた当の本人たちだぞ!? いくらなんでもそりゃあ無理さ。
陛下は前にも自分を殺そうとした奴らを助けただろ? それに、猊下はお前の恋人じゃないか。
陛下に俺をグリーセラ卿やグレタ姫と同じに扱ってくれって云うのか?
自分以上に大切に思ってる陛下を殺そうとした俺を、単に恋人だからって庇うような猊下じゃないさ。
第一、俺は陛下に忠誠を尽くすって約束したのに、それを破ったんだ。
あの地下通路で命がけで陛下を助けたじゃないか。その後のことはお前の責任じゃないぜ?
そりゃあ、そうだけど……それでもやっぱり俺がしたことだ。
お前に何ができた? 死んだ後のことに責任なんて負えるかよ。
死んでなんかいないじゃないか、こうして生きてる。
本当にそうか? これもあの悪夢の続きかもしれないぜ。
そんなはずない!! 陛下と猊下がいるし、傷の痛みは感じるし、腹も減るし。生きてるに決まってるじゃないか!!
それがお前の『生きてる』って証拠かぁ? バカだなぁ。
うるさい、黙れ!!
なあ、お前、いつから飼い犬になっちまったんだ? どうせ殺されるんだから、さっさとここから逃げちまえよ。
……お前もあの声の一つだな。
クックックッ、ほんと馬鹿だなぁ。まだ分からないのか? 俺は、お前さっ。

夕暮れの中、海原のかなたに陸地が見え始めてきた、小シマロンだ。本当なら進路を変えて眞魔国に直行したいところだが、そのためにもあと一週間分の食料と水を補給しなければならず、また、残してきた王佐を引き取らなければならない。
船長の提案は、本船は入港は避けて沖に停泊、早朝、食料補給部隊と王佐を迎えに行く部隊とが小舟数隻で上陸するというものだった。
「うわっ、俺、ギュンターのこと忘れてたよ」
「ああ、いろいろと話題の王佐殿だね」
「やっとこの毛編み100%から解放されるぞ」
様々な思いで過ごした夜は明け、下ろされる錨の音が早朝の静かさに響き渡っていた。

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