・2・

夜半、勢いよく開いた扉でうとうとしていた少尉はハッと目を覚ました。
「いましたね、オスカー。あなたにはグリエの世話を任せます、いいですね」
「畏まりました、アニシナ様」
「まずは、この邪魔な箱をかたづけるように。もう氷漬けにしておく必要はありません」
「よろしいのですか? それで、人形は……」
「人形? もちろん、不要です。ああっ、あなたもしばらく会わない内にギャンターと同じくおつむの回りが悪くなったようですね。いいですか、ギュンターの場合は魂は正常で、毒が全身にまわらないよう肉体の活動を停止させていただけ。グリエの場合は肉体は正常に回復しつつあり、魂が死にかけているのです」
高く結った髪を振りながら、アニシナの自信に満ちた言葉は続く。
「癒し手としては一応優秀な乙女軍曹で手に負えないとなると、これは私にしかできない、貴重な実験となるでしょう!! オホッ、オハッ、オハハハハッ」
(いえ、それは、グウェンダル閣下のご希望とは違っているかと……)

それなりに広い部屋は実験道具で埋まり、アニシナならすっぽり収まる仮眠用にソファも長身のヨザックにはひざ下が飛び出てしまう。
翌朝、物置き状態の続き部屋を片づけてベッドを持ち込むと、少尉はメイドたちの手を借りてヨザックを移した。
「他にお手伝いすることはありますでしょうか、少尉」
「ありがとう。それではあと一つ、フォンクライスト卿がたにこちらに来てくださるよう伝えてください」
「あの〜、閣下が自主的にいらっしゃるとは思えませんわ。ねぇ」
「そうですとも。アニシナ様に掴まえていただいた方が早いですわ」
少尉は苦笑を堪えながら「いえ、ギーゼラ様と閣下のお二人に来ていただきたいのです」
「あっ、ではギーゼラ様が閣下を捕縛、ということですね。はい!! それならもう」
三人娘は顔を見合わせ、含み笑いを残しながらいそいそと部屋を出ていく。残った少尉は乾いたタオルを手に取るとベッドに腰掛け、氷が溶け始めてぐっしょり濡れたヨザックの髪を拭き始めた。

「本当にアニシナはいないのですね」
「お義父様、何度申し上げていますが、ただグリエを解凍していただくだけです。もうそのように怯えないでください。みっともない!!」
「だって、お前──」
「ええぃ、黙らんかぁ!!」
「はい」
こんなやり取りがあったかどうかは分からないが──たぶん、あっただろう、とにかく、扉を開けても顔だけをのぞかせたギュンターが突然後ろからド突かれたように部屋に転がり込んできた。
「ご希望通り、連れて参りました」乱れた髪と服を正す義父を見ながら悠然とギーゼラが言った。
「閣下、お呼び立て致しまして誠に申し訳ございません。アニシナ様から解凍の指示がありましたものですから」
「いっ、いえ、いいのですよ。ちゃっちゃと済ませてしまいましょう。それでは、二人きりにしていただけますか」

ギーゼラと少尉は扉から漏れてくる奇声を敢えて無視すると、廊下の突き当たりで終わるのを待っていた。
「蘇生にはどのくらいかかるでしょう」
「さあ、それほど長くはかからないはずです」
「それで……目覚めたら、また同じことをするでしょうか」
「船内では自殺をほのめかすようなことはありませんでした。もっとも無反応だったというのが真実ですが。でも、何かが引き金になったはずです。少尉、グリエが自分を取り戻すためにも、ぜひそれを探り出してください」
「かしこまりました。それにしても……あの声、中ではどうなっているのか想像だにできませんね」
「ああ……」顔を押さえてうつむくと「義父は……ああいう人なので」
あきらめたように言うギーゼラに少尉は同情した。
「いえ、高貴な方のされることは私のようなものには推し量ることもできません」
「高貴……お上手な言い方ですね」
「ええ、商売にはかかせないものですから」
真面目な顔つきで冗談じみた台詞を言う少尉にギーゼラはつい笑い声を上げた。

奇声が止んで扉が開くと乱れた姿のギュンターがまるで意識がないような足取りで本館に戻って行く。
「閣下、大丈夫ですか」
追いかけようとする少尉に「ほおっておいてかまいません。あんな調子でもちゃんと自分の部屋に帰れますから。それよりグリエの様子を見なくては」
「しかし、あのような状態でアニシナ様に遭遇したら──」
「彼女が必要とするのは強力な魔力。そんなもの、今の義父には残ってませんよ」
足早に部屋に入り、手際よく診察をするギーゼラの様子を見ながら(子供とはなんと冷静にずばりと冷酷なことを言うものだ)と思っていた。
「どうやらきちんと蘇生できたようですね、よかった。胸の傷を縫合するのはこの様子だとあと一刻ほど、もう少し皮膚が柔らかくなってからにしましょう」
小鼻の伸縮、上下する傷ついた胸、ろうそくのように白かった肌に血色が戻りつつある。
ベッド脇に椅子を持ってくると、少尉はヨザックの寝息を聞きながら持ってきた書類に目を通し始めた。

気に入ったら↓のハートをクリックしてね
1つ星 3
読み込み中...