「そうだ、グリ江ちゃん。歩けるようになったんだから、前みたいにおやつは奥庭で食べようよ」
無邪気な声にヨザックの顔色が一瞬変わり、その後何もなかったように「ごめんなさいね、まだ廊下を行き来するくらいで精一杯なの。奥庭まで行けても帰って来れなくなっちゃうわぁ」
「そうなの? 少尉もそう思う?」
「えっ、ええ。グリエさんを担いで戻るには私だけでは……大人三人は必要ですから」
「少尉ったらひっどいわぁ〜、アタシ、そこまで重くないわよ!!」
「女の子に体重の話はいけないんだよ!!」
二人の女性から詰め寄られ、真面目な口調で「口が滑りました。もうしわけございません、姫様」と頭を下げる。
「グレタじゃなくて、グリ江ちゃんに謝って!!」
ひと呼吸おいてこぼれる苦笑を押さえ込むと「許してくださいますか、グリ江さん」
ヨザックはつんと顔を上げ「謝罪を受け入れますわ。以後、気をつけるように」、そして最後にウインクを付け加えた。

呼びにきた侍女とグレタが部屋を出ていくと、大人二人は顔を見合わせてフゥ〜っと息を漏らした。
「あんなことを言い出すとは思いもしませんでした」
「そりゃあ姫様をよく知らないからですよ。しかし、次に備えて別の理由を考えないといけないな」
「それは……」
「やだなぁ〜、俺が気づかないとでも思ってたんですか? だてに廊下を歩いちゃいませんって。そりゃあ俺がこうして生きていられるのは少尉が面倒を見てくれるからってのもありますけど……アニシナちゃんのところにいるからって方が大きいんでしょ?」
「ええ、おっしゃるとおり」
いくらヨザックが愉快そうに云ったとしても、二人には笑えない内容だ。
「それでも俺は少尉に感謝してますよ。それで、馬鹿な奴が絡んじゃいませんか?」
「ご心配なく。商いなどしておりますとなかにはそういうお客様もいらっしゃるので扱い方は心得ています。ただ……」
「なんです?」
「姫様はどうでしょうか」
「そっか……でも、大丈夫じゃないかな。姫様自身、周囲の空気には敏感だし、誰でも信用してペラペラしゃべるってタイプじゃないから。お付きの侍女たちは何とも言えないな」
「なぜです? 身元のしっかりした、陛下と同じくらい姫様を大切にしている人たちですよ」
「だからですよ。俺が陛下に何をしたか知ったら……、そうでしょ?」
覗き込む澄んだ青い瞳に少尉は寒気を覚えた。(ああ、グリエさんは達観してしまっている)
「そのことを私に話したいですか?」
「いいえ。俺が報告するのは閣下だけです。でも、ありがとうございます。あっ!!」
「はい?」
「お願いが一つあるんですけど……」
「いいですよ。なんでしょう?」
「あの〜、ある店から品物を受け取ってきてほしいんです。金は軍の事務方に言ってもらえれば俺の給料を為替にしてくれるはずです。ただ、ちょっと……ほらっ」
「足りないかも、ですか?」
「ええ。なにせ『作ったことないから』って店主に言われちまったもんで」
「はははっ、かまいませんよ。店の者に取りに行かせましょう。それで、どこの店ですか?」
「そのぉ……イダールなんです」
「はぁ!? あのツェリ様を始め、貴族の皆様がご愛用の……それも特注ですか? それはかなり奮発なさいましたね。猊下に、ですか……なんと羨ましいことだ」
「やめてくださいよぉ〜」
照れくさそうにいうヨザックに少尉はホッとした。
「猊下がお帰りになったら渡せるように明後日にはお持ちしましょう」
「いえ、預かっててください。俺から渡せるか分からないんで」
「あなたらしくもない。ずいぶんと気弱なことをおっしゃるんですね。私からお渡ししても猊下は喜ばれませんよ、そうでしょ?」
「はっきり言いますね」
「交渉とは相手の言い分を受け入れつつ、相手に気づかれないようにこちらの言い分を受け入れさせることです。品物は受け取ってきましょう。でも、猊下に渡すのはあなたです。いいですね、お返事は?」

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