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やっと眞魔国同盟国に入国した陛下一行は支店を構えていた自国の商人たちから資金を借り、船を仕立てて出発したとの連絡が入った。最初の鳩から5日ほど経った、十貴族の一部がヨザックの処分を決議する十貴族会議の招集を求めてきた最中に。

「妹ごのところに匿っていないで裁きの場に引き連れてきなさい!!」
面と向かって云われたフォンカーベルニコフ卿デンシャムは「妹が僕に従うなんてぇ思ってるんですかぁ。第一、妹に預けたのはグウェンダルですよぉ」と飄々たる態度はいつも通り。
「フォンクライスト卿、あなたはそのグリエという者の味方をなさるおつもりか!!」
「陛下に剣を向けるなど大罪であることは明白。お帰りを待つまでもない、極刑です、極刑!!」
王佐兼儀典長のフォンクライスト卿ギュンターも「まず、真実を証せるのは陛下と猊下とグリエだけ。公正な裁きを行うためにも陛下がたのお帰りを待つべきです。さらに、十貴族会議は国の行く末を決める場、裁きの場ではありません。彼は国軍所属の兵士なのですから、軍の審問会で審議されるのが必定」と毅然たる態度を崩さない。
そして、ヨザックの心配とは違う形でグレタにも影響を及ぼし始めていた。

「姫様、今日もグリエさんのところに行かれるのですか? できれば、少しお控えいただいた方がよろしいのではないでしょうか」
「どうして? あなたもグリ江ちゃんを悪人扱いするの?」
「いいえ、姫様、そんなこと思ってもいません。ただ、そう思っているものが悪意を持って姫様に近づいてくるのではないかと心配しているのです」
「『たとえ周りからどう思われようと、自分の進むべき道を誤ってはいけません。それでは良い毒女にはなれませんよ』ってアニシナが云ってた。だから、そういう人の言葉は聞かなければ良いんだよ」
「かしこまりました。そのようなものが姫様のお側に近づかないよう、全力でお守りさせていただきます。では、グリエさんのところに参りましょうか」
そして当の本人は、
「グリエ。体だけでなくその脳も鍛えた方が良いでしょう。私の手伝いをなさい。但し、よろめいて私の機材を壊したら……分かっていますね」
「……はい。光栄です、アニシナ様」
実験に使った容器を洗い、片付け、設置し、アニシナが早口で読み上げる数字や言葉を書きとめ、その字の汚さを指摘され……戦場とは違う、なかなかにスリリングな日々を過ごすことになった。
一方、その光景を苦笑しながら眺めていた少尉は至急で届けたられた店からの手紙にため息を漏らした。

血盟城の主要建物に比べるとやや幅狭く長い廊下は剣の基礎、直線的な動きで攻撃と防御を練習するには確かにちょうど良い。だからと云って実際にするものなどいない……はずだ。
「でも……」
「あっ、杖は気にしないでください。俺、左手も使えるんで」
試すように剣を振り下ろしたり、突き出したり、剣の重さやバランスを確かめた後「じゃ、始めましょうか」、刃を潰した練習用レピアを構えるとヨザックはニヤッと笑った。
(引きずる足に杖。その上、利き手ではない。これなら勝てるかも……)と普通なら思うだろう。だが、少尉の由来となった階級の『少尉』は武勲より兵站で授かったもので、実戦も経験してはいるがヨザックのように前線で血にまみれた経験はない。さらに云えば、彼の本質はあくまで『商人』。
「年配者にはご配慮いただけるのでしょうね? どうぞ、お手柔らかに」
双方の切っ先が合わされると、まずは基本に沿ったやり取りが始まった。

左利きの不利な点は、前面に来る脇を確実に防御しないと心臓を一突きされること。そのため、生来の左利きであっても剣は右利きとして習うのはどの国でも同じ。つまり、左でも実戦に対応できるということはそもそも並の使い手ではないのだ。
間合いを詰めるために踏み出される左足。だが、体のバランスを取りながら攻撃するため、また防御するために重要なのは後ろに残る傷ついた右足とそれを補う杖。結果、そのスピードもバランスも今までのヨザックとは比べるまでもなく、少尉に攻撃を許す隙が生まれた。
大きく一歩踏み出し、勢い強く突き出した少尉の切っ先がヨザックの脇を狙う。
体は反射的にのけぞって躱そうとしたが、踏ん張りが利かずバランスを崩したヨザックは音を立てて壁にぶつかった。
「グリ──」
「まだまだ!!」
廊下の中心に戻ったヨザックが再び剣を構える。その面構えは真剣そのもの。
(この瞳……初めて戦場に赴いた兵士のようだ)
時間を忘れて向き合っていた二人が「病人が何をしているのです!!」に剣を停めたとき、どちらも息を乱していた。

「歩行訓練を始めてもよいと言いましたが、こんなことまでしてもよいとは言っていません。それから、少尉。あなたもあなたです」
「もうしわけございません、フォンクライスト卿」
「ギーゼラで結構。グリエ、その椅子に座って足を見せなさい!!」
押し付けるように座らせると靴を脱がせ、パンツの裾を手早くまくり上げたギーゼラは散々あちこちを押したりさすったりした後、「ご覧なさい、骨はまだ不完全、その上筋肉は熱を持っているではありませんか。歩行訓練は一刻、廊下を歩くだけ、剣の訓練などもってのほかです。いいですね」
「俺にはのんびり養生してる時間なんてない!!」
反論は予想していただろうが、ここまで直接的で激しいとは思っていなかったのだろう。勢いに飲まれたギーゼラは瞬時に言葉が出てこない。
「ああ、杖じゃダメだ。なんかもっとこう……足に負担をかけないで動き回れるものってないのかなっ」
それはどちらに向けてというより独白にちかく、ヨザック自身返事を期待しているようには見えない。
「パウレイン(膝当て)、グリーブ(脛当て)、そしてサバトン(鉄靴)を一体化したものでしょうね」
珍しく髪を下ろし、ドレッシングガウン姿で腕組みしたアニシナに驚く様子も見せず、身を乗り出すと「それって作れるますかね?」
「甲冑の修繕係に相談してごらんなさい。さて、他に問題はありませんか、ありませんね。ではもう一眠りするので静かにするように」
(修繕係かぁ〜、袖の下にいくらぐらい用意すればいいだろう。猊下ので使っちまったし……)
(こういう優しさをもう少しフォンヴォルテール卿に向けて差し上げれば……今更言っても仕方ないか)
(確かにそういうものがあればも他のものにも使える。なぜ思い浮かばなかった!? ええい、悔しい!!)
閉まった扉を見つめながら思ったことは三人三様だった。

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