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わざわざ外洋に漕ぎ出して眞魔国に向かう人間はまだ少ない。そんな中「割り増し料金を払ってくれるなら行ってもいいぜ」という船長と船員を見つけ出した陛下一行は、船員の耳だけを避けてやっと落ち着いて相談することができるようになった。彼らには話し合わなければいけないことがまだ山ほどあるのだ。

「なあ、村田。結局あの箱は地球からダルコに飛んできたってことになるのか?」
「途中経過は分からないけど、そういうことになるね。ああっ、次に君が言いたいことは分かるよ。『ここで投棄してもどっかに出現するじゃね?』だろ?」
「そうだよ。聖砂国で見つけた箱も捨てちゃったらまた変なとこに出てくるんじゃね?」
「それはフォンビーレフェルト卿がちゃんと捨てたらってことが前提の話だよ」
「あれが陛下の言いつけに背くとは思えんが」
それまで二人の話を聞いていたフォンヴォルテール卿が口を挟む。
「うん、誰かにそそのかされたりしなければ、確かに。でも、地球からこっちに来るとき嫌な奴に会ってさっ、もしかしたらって」
「はぁ? スタツア中にそんなことできんのかよ。ってか、人間なんて住めないだろ? じっくり見たことなんてないけど」
「そう、肉体を持って生きてたら無理だね」
スタツアはなんとか分かるとしても、二人の会話にほとんどついていけないフォンヴォルテール卿はそろそろいらだち始めている。
「一体、誰の話をしているのだ。私には全く分からん」
「そうかな? 僕が話題にしてるのは君たちがいまだに崇め奉ってる人物だよ」
フォンヴォルテール卿には村田のメガネがキラリと光ったように見えた。
「まさか……眞──」
「ビンゴ!! でも、商品はないよ」、立てた指を軽く振る。
「しかし……」
さらに顔を近づけた村田はさらっと「ねえ、フォンヴォルテール卿。君だったら転戦に次ぐ転戦の最中、いつ壊れるか、あるいは奪われるかもしれない創主を閉じ込めた箱を持ち歩くかい?」
「いいや」
「じゃあどうする?」
「可能なら、戦線から遠く離れた、任せられるものに預ける……だろうな」
「そうだね。そこで重要なのはその人は『鍵』じゃないこと。さて、次の問題です。どうして大賢者は二つの箱を地球に持ってきたのか」
「預けられる人がいなかったから?」
「箱を眞魔国に置いてはおけなかったのか」
「二人の答えを足して……正解」
「えぇっと、眞王は『鍵』じゃなかったんだよな? でも、置いておけなかったって、つまり……」
「つまり、大賢者は眞王陛下のもとに箱があっては危ないと考えたのだ。そうだな、猊下」
無言だが言葉以上に雄弁な黒い瞳が(そうだ)と告げている。
「どーして──」
「おぉ〜い、魔族の坊ちゃん方。天気が悪くなりそうだ、船室に戻ってくれ」
船長の声に「はぁ〜い」と答えた村田は「まだ時間はあるんだ、ゆっくり相談しよう」と船室に戻っていく。その後ろ姿に(暗雲が立ちこめ始めたのは空だけではない)そう感じたフォンヴォルテール卿グウェンダルは背筋を這い上がる寒気に身を震わせた。

「話に入る前に聞いておきてぇ。噂じゃあお前さん、陛下に切り掛かったってぇ言われてるが、本当かよ」
深夜、入ってきた武具職人の頭は腕組みしたまま、腰掛けたヨザックの前に突っ立ってそう切り出した。
見上げたまま答えないヨザックに「俺はよう、お前さんがそんなことするはずがねえって言ったんだが……そうか」といい、椅子に座った。
「で、俺に用ってぇのはなんだ」
「いやなら断ってくれていいんですよ、頭。ご覧の通り、俺の足は今こんな状態で杖じゃあまともに剣が使えねぇ。で、アニシナちゃんが武具を加工すりゃあなんとかなるんじゃないかっていうもんでね」
「靴脱いで裾を捲って、足を見せてくれ。……ああっ、こりゃ酷い、肉がねぇじゃねぇか。骨は繋がってるのか」
「まだ完全じゃない。長靴じゃ補強にはならなくてね」
「お前さんも知ってるだろうが、グリーブの金属部分は前だけで後ろはベルトだが、この足じゃ留めようがねぇや。おぅ、ちょっと立てよ。う〜ん、膝から下だけってより太ももから支えた方が良さそうだが……」
考え込む頭にヨザックは眉をへの字にしながら「難しいっすかね」
「すぐには無理だな。一月、もっとも、その頃には骨はくっついちまってるだろうがな」
「そっかぁ。そんなにかかるんじゃ、せっかく作ってもらっても無駄にしちまう」
捲っていた裾を戻し、靴を履く。
「んっ、筋肉が戻るまでは使えるぜ?」
「やだなぁ〜、頭。戻るもなにも、その頃にはこの世にいないって」
カラカラと笑い声を上げるヨザックとは正反対に頭の顔が強ばる。
「やっぱ杖でなんとかするしかないかぁ」
「剣なんざ振り回して、なにするつもりだ。まさか──」
「これでも俺はアルノルド帰りなんでね、罪人としてあっさり殺されるなんざごめんこうむる。それに……前から一度、閣下と剣を合わせてみたかったんだ」
杖をつく音が扉の前で止むと「こんな夜遅くに来てもらってありがとうございました。気をつけてお帰りください」
ヨザックの前を通り過ぎる間際「なんとかしてやらぁ」、頭はそういうとそのまま廊下を歩き去った。

洋上から放たれた鳩が城に戻り、陛下一行の帰国がおそらく5日後と判明した夜だった。

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