・4・

「つまり、ヨザックが俺を見たらまた襲うかもって云うなら、見えなきゃいいじゃん」
再び無反応となったと報告を聞いた陛下は折衷案──ギーゼラが傷の様子を見ている間、扉の隙間から陛下と猊下が呼びかける──を提示し、結局、室内にはフォンビーレフェルト卿も入り、何かあった場合には扉を閉めるということで話はまとまった。
その後、剣を携えて入るかでひと揉めしたが、フォンビーレフェルト卿の「武人としてはみっともないが、仮に奪われたとしても切られるのは僕とギーゼラだけだ。持って入る」に誰も異論を挟むことはできなかった。

ほんの少し開いた隙間から覗き込んだ二人は、部屋の隅でうずくまっている姿が自分たちの知っているヨザックとあまりに違うことに息を呑んだ。
二人に見えるようギーゼラは固定していた足の包帯をとり、薬の練り込まれた布に外すと、その酷さに動揺する二人の様子が室内に伝わった。
「おっ……俺だよ、渋谷有利。覚えてるだろ?」
できるだけ普段通りの声を出そうにも、難しい。
「ほら、村田もいるんだぜ。村田、なんか言えよ」
自分の下で跪いている肩に手を置くと、緊張が伝わってくる。
(村田……そんなにショックなのか)
ヨザックから真下の黒髪に目を移して軽く揺するとやっと「やぁ」と聞こえたものの、はたして奥まで届いたかどうか、それほど弱々しい声だった。
「俺たち、元気だからさ」
それ以上、言葉が出てこない。
振り向いたギーゼラは軽く首を振り、なんの反応も示していないことを伝えるとその後はてきぱきと処置を済ませ、部屋を出て廊下に揃った4人は無言だった。

光と闇の狭間でたった今聞こえてきた声が魔王自身の声なのかそれとも自分の記憶なのか、ヨザックにはただ(自分が呼ばれてる)としか分からなかった。でも、呼ばれる度にほんの少し光が増して自分の記憶が戻ってくるような気がしていた。

やや下げた視線の先で揺れる、ストレートとくせっ毛の黒髪。
そうだ、黒髪は二人いるんだ。どっちが魔王陛下だろう。
そして、『魔王陛下』に対する敬愛とは違う、触れたいと願う黒髪。
その髪の感触が俺の手に残っている気がする。
ああっ、なんで思い出せないんだ!?
“死人はただの虚。お前の中にこだまするのは私の声だけだ”
死人……、俺は死んでるのか?
それじゃあこの記憶は、この感情はなんなんだ!!

行きの元気は既になく、心配する渋谷の誘いも断わって大人しく自分の部屋に戻った村田が何をしているのか誰も知らない。
声を、涙を漏らすまいと枕に顔を押し当てている彼の姿を、誰も知らない。

夕食に現れなかった村田の分を持ってきた渋谷は、ベッドに腰掛けてボーっとしている村田を見て「なぁ、大丈夫か?」と声をかけた。渋谷には村田がかの地で再び会った時より今の方が疲れているように映った。
「大丈夫だよ。ただ、あれ程酷いとは思ってなかったから……ちょっとね」
(嘘つけ。大シマロンから逃げ出して襲われた時、お前、視線は背けてたけど死体を検めてたじゃないか)
「ああ、そうだよな」
(憔悴してるのは、それがヨザックだからか? こっちじゃあ俺よりヨザックと一緒の方が多いかもしんないけど)
「渋谷、アレ、どうする?」
「アレとか言うなよ、ヨザックだぞ⁉」
「違うよ。箱だよ、箱」
(ヨザックの話はしたくないのか)
「前に、海に沈めたって、誰も手が出せないから安心だって言ったよな。えぇっと、お前じゃなくてさ。それでいいんじゃないか?」
「うん。両方の大陸から離れたところで沈めちゃおう」
村田はホッとしたらしく、具の少ないスープに文句を言いながら飲んでいる。
渋谷はその横顔を見ながら、強く擦った時のように目の周囲が赤っぽくなっているのに気づいた。
(俺はあのとき動転して……混乱して……、泣く余裕さえなかった)
「なあ、渋谷。そろそろ僕も床上げできるようギーゼラさんに口添えしてくれよ」
「おっ、俺にどうこうできると思うか?」
「だって、魔王陛下じゃないか。臣下に言い負かされてどうするんだよ。ああっ、まったく!! 一体、いつまで寝てなきゃなんないんだよ」
(臣下か……。俺は味方であれ敵であれ、誰も死んで欲しくない。特に『俺のために』なんて名目では誰も)
「それならお前だって大賢者の魂を持つ『猊下』だろ? 自分で言えよ」
「女性を従わせるのは難しいんだよねぇ〜」
「そうは見えないけどな」
「ひっどぉ〜い!! 君からそんな言葉聞くと思わなかったよ。純真な少年の心は深〜く傷ついた」
「はぁ? 意味、わかんねぇよ。まっ、一応は言ってみるけど、OKが出るかは保証しないぞ」
「サンキュ、渋谷」

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