・3・

「さて、行きましょうか」
その朝、国軍の制服を身にまとったヨザックは少尉から渡された杖をつきながら、それまで彼を守ってくれた部屋を後にした。

アニシナの研究棟から血盟城本棟の中庭まで普通に歩いておよそ半刻弱。この距離は万が一研究棟が爆発しても本棟に影響が少ないだろうこと、またそれだけ離れていたせいで使われていなかったことから選ばれた。それだけの距離、地上を行けば途中で襲われる機会は充分にあったが、地下通路は使わないことで意見の一致した二人は堂々と降り注ぐ朝日を浴びて、地上を歩いていくことにした。

本棟に近づくにつれて人の声が作り出すざわめきが強くなっていく。
「ずいぶんと集まっているようですね」
「そりゃあまあ、初めての公開審問会ですからね。朝だってぇのに暇人ばっかなんでしょう」
人々の好奇の目に晒されるというのに普段と変わらないヨザックの口調に少尉は明るい笑い声を上げた。
指定された場所で待ち構えていた警備兵は「杖も武器である」として渡すよう迫ってきた。なくても歩くことはできるが悪意をもって辱めるつもりなのは明白。だが、ヨザックは逆らうことなく杖を手放した。
「おい、あんた。足の悪いもんから杖を取り上げるなんてよくできるな!!」
周囲を取り囲む人々をかき分けて出てきたのは武具職人の頭。
「こいつは武具で武器じゃねぇからなっ!! ほら、グリエ、ぼやっと突っ立ってねぇで足ぃ出しな」
かがみ込んだ頭は持ってきた武具もどきを装着していく。
「もぉ〜、一月かかるって言ってたじゃないですかぁ」
少尉の肩を借りながら立っているヨザックの言葉には隠しきれないうれしさが溢れている。
「こいつはまだ試作品なんで走り回るのは無理だが……ほれっ、歩いてみな」
ぎこちなく歩く様子を眺めていた頭はヨザックを止めては微調整を繰り返す。
「ねぇ、頭。ちゃんと代金は請求してくださいよ。借りっぱなしじゃあ気持ちが悪いんで」
「バカいえ。まともに動けるんなら欲しいって奴はいくらでもいるんだぞ。そいつらからふんだくりゃ、これにかかった費用なんてあっと言う間に稼げらぁ。さて、まっ、こんなもんだな」
一人納得すると振り返りもせず人混みに戻っていった。
ヨザックと少尉はやれやれといったように微笑みを浮かべたが、布令係の声に表情を引き締めた。
「グリエ・ヨザック、出廷されよ」

北棟と東棟の境から内庭に入ると、東棟を背に審問官5名、地上では見物人が押し掛けないよう警備兵が生きた柵となり、建物の窓という窓、回廊、渡り廊下にも人が溢れていた。視線の的となったヨザックは正面の南棟を背にした魔王陛下と猊下の貴賓席、一段下がったところに座るフォンヴォルテール卿グウェンダルの前までまっすぐ歩み寄り、護衛たちの半歩踏み出す様子に立ち止まると金属音をさせながらぎこちなく片膝をついて頭を垂れ、臣下としての正式な礼をした。頭を上げると身を乗り出さんばかりの己の忠誠と命を捧げる陛下と、それ以外のすべてを捧げる椅子の肘掛けをきつく握っている猊下に微笑みかけ、いつもとは違う眉皺の閣下に視線を合わせた後、手すりに囲まれた証言台についた。
「これより審問を始める。起訴された罪状、第27代魔王、渋谷有利陛下に対する大逆罪。被疑者、所属と氏名を述べよ」
木槌の音が響くとさっきまでのざわめきが嘘のように静まるなか、「眞魔国国軍フォンヴォルテール卿直属、特務上級曹長、グリエ・ヨザック」、力強い声が響いた。

「告発者代表フォンビーレフェルト卿ヴァルトラーナ、告発の内容を述べよ」
人々は噂されていた内容を熱く──ことさら仰々しく──語る彼に人々は煽られ始めている。もっとも群衆の中に先導するサクラもいるようだが、ヨザックはまるで他人事のように淡々と聞き流している。
勝利を確信したように「──、よって、陛下に剣を向けたグリエはその死をもって償うことを要求いたします」、満足げに言い切ると席に戻った。
「では、弁護人。弁護の主張を述べよ」
心細げに座っていた軍専属の年若い弁護人はその視線を逸らしながら「はい。あの、それは主任弁護人から……」
「主任?」
「ああ、今そっちに行くから」、貴賓席から歩み出た猊下が弁護人席へと歩いていく。
「猊下? この書類では証人と──」
「そうだよ? 審問典範を調べたけど証人が弁護人になれないという記述はなかったからね。それから主張だけど、誰がなんと云おうと“ここにいる”グリエ・ヨザックは無罪だ」
審問官たちに答えた猊下は普段とはあまりに違う、凄みを感じさせる笑顔をヴァルトラーナたちに向けた。その様子に数人の力強い拍手、正反対の主張に迷うざわめき、「お気に入りだからなっ」吐き捨てるような声が群衆の中から聞こえた。

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