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地下食堂はやり過ぎだろうとの意見もあって、なんとなく見える庭の一角にテーブルを設えて昼食をとりながら、審問会の話など一切せず楽しい会話を繰り広げ、一同はゆっくり歩きながら審問会へと戻った。
聴衆は半分ほどに減り、その顔ぶれも変わっている。仕事を放り出して聴き続けることはさすがにできないのだろう。午後の審問は告発者側の証人から始まった。

「あっ、はい、眞王陛下に誓って真実を述べることを、誓いますです」
きちんとしゃべれたのはここまで。ヴォルフラムたちに同行したという兵士は緊張しきっており、宣誓の後は何を質問されても「はい」「いいえ」「分かりません」を繰り返すばかり。ヴァルトラーナはかの地と今ここで証言台に立つグリエ・ヨザックに変わりないことを証言させようと躍起になっていたが、残念ながらそもそもグリエ・ヨザックがどういう人物かを知らず、またかの地でも遠くから見ただけ。その内容はヴォルフラムの証言を裏付けにしかならなかった。
弁護人は質問するまでもなく、審問官の「下がってよい」との言葉を聞いて明らかにホッと笑顔を見せたが、苛立つヴァルトラーナの視線に恐れをなすと足早に舞台裏に消えた。

「次の証言者、ボリス・マッティラ・ドレイシー博士」
見るからに年配の男性が証言台で宣誓をしている。
「どういう人?」
ひっそり耳元で囁かれた猊下の質問に弁護士助手は慌てて名士年鑑をひっくり返しているが、なかなか見つからない。背後から自分の名を呼ばれた気がして振り向くと、軍曹モードな声で衛士と言い合っているギーゼラと目が合った。
「猊下にこれを届けなさい、いますぐ!!」
怯えた衛士がそっと差し出した紙には殴り書きでこうしたためてあった。
『ご注意を。この男は金次第でどんな証言でもするヤブ医者です』
「ふぅ〜ん。まっ、どこにだっているもんさ」

「確かに閣下のおっしゃるように私はあの男を診てはおりませんが、これまでの話を聞いておりますと数千人を診てきた経験から導き出される回答は『覚えていないなどあり得ない』の一言に尽きます」
博士の自信たっぷりな証言にヴァルトラーナは我が意を得たりと満足そうだ。だが、博士は調子に乗り継ぎた。
「兵士としてならともかく、いくら優秀とはいえ混血がお側に仕えるなど──」
「今の発言は不適切な上、今回の件には無関係です」
猊下の指摘に審問官たちはなにやら相談をした結果、「証人は医学的な証言だけをするように」と命じた。
「それではもう一度。猊……弁護人が主張する『同一人物でありながら別人』というのは」
「詭弁ですな」
博士の回答に聴衆がざわめき始めた。言葉の意味を考えれば、それはすなわち猊下だけでなく、証言した陛下の言葉をも嘘であると主張しているのと同じだからだ。
やがて、ざわめきから非難の言葉が聞こえ始めるとさすがにマズいと思ったのか、ヴァルトラーナは「博士のように専門的な知識がない場合、別人と勘違いすることもあるのでしょうね」と言葉を繕い、「ええ、もちろんです。これは非常に難しい診断ですので。もう、これで宜しいでしょうか、閣下」
勝手に立ち上がった証人は、「審問官がた、反対尋問を許可願います」
証人は猊下の張った声に射られたように席に崩れ落ちた。

「博士、あなたは診察もせず診断できるという、癒しの魔力を超える希有な能力をお持ちのようだ」
猊下の皮肉たっぷりな言葉に聴衆は盛大な笑い声で更なる続きを期待している。
「『覚えていないなどあり得ない』なるほど、4,000年の記憶を持つ僕などあなたの持論ならごく当たり前ということですね」
一層大きくなった聴衆の歓声を何気なくスッと肩辺り上げた手で制する。その仕草、穏やかな顔つきに(周囲には自信に満ちあふれた姿を見せつつ、心の中では不慮を心配する、まさに戦いを前にした智将そのものだ)とヨザックは身を引き締めた。
「今回の審問の主題は『自分の意志で行ったのか』であって、記憶の有無ではないということを思い出していただきたい。ああっ、あなたには思い出すことなど不要ですね」
「猊下、私は──」
「博士、『意志』の定義を説明してください。医学用語は使わず、ここにいる全員が理解できるように」
「あー、目的を達成するためになにかしらの行為をしようと考えること、とでも云いましょうか──」
「例えば、生活費を稼ぐためなら確証のない証言も辞さない、とかですか?」
聴衆はせせら笑い、博士は顔面蒼白、ヴァルトラーナは身を戦慄かせている。それでも猊下は追撃の手を休めない。
「僕の見たところ、あなたはかなりお疲れのようだ。これでも長い人生の中で医者だったこともあるので、このくらいの見立てはできますよ。……さて、そろそろ最後の質問をしましょう」
猊下の言葉に証人はホッと安堵した表情を浮かべた、最後の質問を聞くまでは。
「魔王陛下と僕は“ここにいる”グリエ・ヨザックの上司であるフォンヴォルテール卿より長く、公私ともに一緒にいるかもしれない。その二人が別人だと認識しているのに、よく知りもしないものが同一人物だと主張する根拠と目的は何だと思いますか」
当然のごとく、猊下は証人に答えられるとは思っていない。ただ、怒りに我を忘れた告発者からある発言を引き出したかっただけだ。
「審問官、この質問は我々に対する侮辱です!!」
「フォンビーレフェルト卿、あなた方が召還した証人からはこの審問の根拠たる『自由意志』での魔王陛下殺害未遂を裏付ける証言が聞けていません。そろそろ私たちも聞きたいと思っているのですよ」
告発者席に座っていた年配のフォンラドフォード卿はいきり立つヴァルトラーナを落ち着かせようとしているが、若い分だけ血の気が多く、また収まりがつかないらしい。その様子にフォンギレンホール卿、フォンロシュフォール卿は露骨にうんざりした表情を浮かべている。
「それでは……そこで恥知らずにもシレっとしているそ奴の口を割ってみせましょう!!」
ヴァルトラーナに指を突きつけられたヨザックは、まるで貴婦人が「あらっ?!」とでも云うかのように片眉を上げてみせた。
「その結果!! ……その結果、“ここにいる”グリエ・ヨザックの自由意志ではなかったことを納得したら、訴えを取り下げて公式に彼に謝罪してくれますね。……ご自身の名誉にかけて誓っていただけますね!!」
念を押す猊下の迫力に吞まれたのか「もっ、もちろんだ!!」、ヴァルトラーナの声はやや上ずっていた。

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