ちょっと想像して欲しいんだ。
夕食を買い込んで自宅に帰ると、ベランダにネグリジェ姿の大男──翼付き──が立ってたら。
……君ならどうする?

*****

僕は村田健。この春、大学1年生になった。総合商社勤務の父は「最後のご奉公……らしいんだよね」と云い、母は「健は大学生になるし、二度目の新婚生活も良いわね」と海外勤務についていった。元々、父は単身赴任や長期出張で留守がちだったし、母は僕が小学校に入学してから仕事に復帰、勤務時間を徐々に伸ばして卒業時にはフルタイムのキャリアウーマンになっていた。小学校の6年間、母は全自動家電の力を借りて家事一般をこなせるよう僕を仕込んだので、いまや埼玉のマンション──ファミリータイプ──に悠々自適の一人暮らし中。
両親がこの部屋を購入した理由はその眺望の良さ。「帰ったときに玄関から秩父連山が見えるって素敵だろ」父のいう通り、玄関から伸びる廊下の突き当たりに居間とを仕切るガラスのはまったドアがあり、さらに居間からベランダに出ると正面に秩父連山が見えるんだが、この日は違っていた。

夕方のセールで買い込んだ食材を抱えて玄関を開けると、いつものように見えるはずの山々が何かに遮られていた。吐き出し窓の高さと同じくらいの白いフワフワが小さく開いたり、閉じたり……。こういうとき、いくら頭の切れる僕でもとっさには何も思い浮かばず、ただ唖然と見つめていた。すると白いフワフワは向き直り、襞のたくさんあるネグリジェを幅広のベルトで締めた大男が僕を見つめていた。
「あの……」
(えっ?)それは耳で聞く音ではなく、僕の頭の中に直接響いてきたように感じ。
「恐れ入りますが、お名前を教えていただけますか」
丁寧な口調に酒焼けしたスナックのママみたいな声。いや僕は行ったことないけど。
「村田健……だよ」
大男はベルトに下げていた袋からノートのようなものを取り出してマジマジ見つめた後、「“セイベツ”は?」
「……男だけど」
「はぁ、なるほど、やっぱり」、この言葉で僕は正気に戻った。
「あのさぁ、招待もされないのに勝手に人の家にきて(そう云えばどうやってベランダに入り込んだんだ?)名前やら性別やら、一体何様なんだよ!!」
荒げた声を塞ぐように急に目の前に現れた大男はニッコリ微笑むと「私はグリエ・ヨザック。天使です、はい」感情を表しているかのように、背中の白い翼がフワッフワッ。

あまりにも非現実なのでしばし言葉を失ったが「で、キリスト教徒でもない僕に何の用?」 至極真っ当な台詞しか浮かばなかったのは僕にあるまじき失態。
しかし大男は動じず、三歩下がってネグリジェの裾を少し上げると片膝をつき、右手を僕に緩く伸ばしてこう云った。
「おめでとうございます、村田健。近くあなたは子を生すでしょう」、真剣かつ笑みまで浮かべてる。
「ああもう!! 冗談はもういいから、今すぐ出てってくれる?」
玄関のノブを掴んだ僕に「どうぞお心安くなさってください。これは真実です」
心からの笑みというのはこういうものなんだろう、なんて穏やかな表情だ。いや、騙されてはいけない。
「も一度云うけどね、僕は出て行って欲しいんだ。こんな無駄な会話してたらセールの冷凍食品が痛むだろ」
大男はいかにも困ったという顔で立ち上がると「そう云われましても……私はあなたが子を生すまで離れられないのです」
「君が本当に天使なのかはこの際無視しよう。いいかい、男は子供を産まない、絶対にね。だから──」
「それは知っています、これに書いてありますから」
言葉を遮られた時点で僕は大男を無視することにした。大男を押しのけてキッチンのカウンターに食材を置き、入れるべき物を入れる場所に。その間にもついてきた大男は僕に向かってくっちゃべってる。
「でも、こうしてあなたは私の姿を見、言葉を交わすことができる以上、間違いではありません。これは僥倖に値する素晴らしいことなのですよ」
(はいはい、好きにしゃべってろ!!)
キッチンを出てて廊下を歩き、トイレのドアを開けてチャックを降ろす。
大男の声から開放されてホッとして背中から「ここで何をしているのですか」
慌ててモノをしまって振り向くと、大男の上半身と翼の一部がドアからはみ出していた。その瞬間、状況を理解した僕は……卒倒した。

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