授業中、ヨザックは教室の奥にいるようになった。まっ、興味がわくと動き回るけど、以前のように黒板やプロジェクターの前に立ち続けたり、横切るようなことはしなくなった。その代わり、家に帰ると質問の嵐。言いつけを守って人目があるところでは話しかけてこないのだから、その分、相手をするのは当然だろう。他愛もない疑問が晴れていく時のヨザックの表情は羨ましいくらいに喜びに満ちあふれていて、見ている僕の方までうれしくなってくる。そんな彼が現在、夢中になっているのが料理。

例のガイドによれば、歴代の天使たちが自分の住む世界に戻って一番残念に思うのが、人が食べたり飲んだりしているものを味わえないことだそうだ。ヨザックも材料やら作り方やら、どんな味なのかをよく聞いてくる。だから、素材に道具に料理法を口述筆記でもするように二人で台所に立ち、一人分の料理を作り、テーブルの向かいに座った彼は僕の語るその味を熱心に書きとめていく。
まるで空腹な子どもがレストランの窓に張り付いて、人々の食べる光景を一心に見つめているようで(一緒に食べられたらいいのに……)と思うようになった。
でも、ヨザックは僕の気持ちなんか気づきもせず、やがてショーケースの見本やテレビで見た料理をリクエストするようになった。僕のレパートリーなんて限られているにも関わらず、だ。

仕方なく、図書館で料理本を開きながら「これ? ん〜ん、ちょっと難しいよ。こっちはどう?」ヨザックの希望する料理が決まったら──もちろん、僕も食べてみたかったりしたもの──材料を買いに高級食料品店へ。地元のスーパーじゃ売ってないし、道具も足りないし。これを一月やってみたら……エンゲル係数が跳ね上がって仕送り日の5日前で残高が『0』。こういう料理には金がかかり、その金は有限であることを納得させ、翌月からこういう贅沢は月一ってことにした。ヨザックは残念がったが、いきなり金遣いが荒くなった理由を親に釈明し、へそくりから補填する僕の身にもなって欲しいものだ。

しばらくしゃべって電話を切ると、僕が手に持っていた携帯電話を覗き見ながら「どなたとしゃべってたんですか? とっても楽しそうでしたね」
「ん? ああ、渋谷だよ。中学っんときの同級生。やっと時間ができたから野球に行こうってさ」
「野球? なんです、それは」
僕は野球は見ない。本当はサッカー少年──もう、青年かな。でも、ルールは知ってる。なにせ野球少年の渋谷と3年間一緒に草野球をしているんだから。
プロ野球ニュースと野球映画を見せながらルールを説明すると、彼は大いに興味を持ったようだ。

次の日曜、いつも場所で渋谷と待ち合わせて河原のグラウンドに出かけると、メンバーの半分ほどが集まっていた。
「おっ、久しぶり。学校の方はどうだい?」、選手兼コーチの伊藤さんが声をかけて来た。
「おかげさまでなんとかやってます」
「勉強と実技でクタクタ。でも、甲子園って目標があるから頑張ってます」
「そうか、今年も良い試合が見れたもんなぁ。楽しみにしてるよ。お〜い、みんな、そろそろ準備体操を始めるぞ」

渋谷は中学3年の時、学校のコーチとケンカして以来、高校でも野球部には入らなかった。その代わり、この草野球チーム『ダンディライオンズ』で毎週欠かさず野球をしていた。なんとなく誘われた僕も選手ではなくもっぱらマネージャー兼スコアラー役で参加していた。
そんな調子で高校3年になると「村田君はともかく、渋谷君は受験勉強に専念した方がいいんじゃないか」と周囲が心配し始め、僕たちは一年間チームから離れていた。その間、猛勉強した渋谷は教職も取れる体育系の大学へと進学。部長か監督で甲子園に行くつもりなんだそうだ。

「ねっ、ムラタァ。私も外野に行っていいですか?」ヨザックが耳打ちする。衣を膝までたくし上げて外野へのノック練習に参加する気満々だ。
「いいよ、行っておいで」
街中や人混みやマンションの中では広げることの出来なかった翼を思う存分広げると、大きく羽ばたいて外野に飛んで行く。それはあまりに非現実的だけど、彼本来の美しい姿にしばし見とれた。

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