廊下でふと足が止まった。ヤバいものは片付けたかとか、掃除機はかけたかとか、なんとなく彼女に部屋を見せるような気分。
「ムラタァ?」
「あっ、え〜っと……どうぞ、入って」
渋谷の部屋では大人しくしていたが、僕の部屋ではさまざまなものに興味津々。あれやこれやと質問してくる。一通り見終わると「やっぱりムラタァは奥ゆかしい方ですね」
「どこがぁ」
「渋谷さんの部屋はその人柄のままに、色々なものが溢れて賑やかな感じでした。でも、あなたの部屋は……きちんと整っていて表面だけを見ればどこか素っ気ない風ですが、例えば、あのぬいぐるみ。ご両親に買ってもらったものですね? 古くなっても捨てるでもなく隠すでもなく、かといってこれ見よがしに飾るでもなく。優しさが見えてきます。渋谷さんのように表に出さないだけなんですよね」
「……買いかぶりだよ」
「照れてますね。ほら、そういうところですよ」満面の笑みで僕をハグした。いや、ハグだけじゃなく頬にキスしようとしてる?! しっかり抱きしめられてるんで、とりあえず顔だけは頑張って遠ざけながら「こら、何するんだ!!」
「えっ? 親しさを示そうとしただけですけど。ほらっ、この間の映画で……違ってまし…… んっ、顔が赤い。ああ、キツすぎましたか、すいません、力の加減が分からなくて」
映画? 男同士で頬にキス……くぅ〜、ロシアかっ。

「このドレス、すてきですね」
「はぁ? ドレスは女性が着るもんだよ」
「でも、私には性別がありませんから、着ても構わないんですよね? あっ、このドレスもいいなぁ、着てみたいなぁ」
確かにさすがはアカデミー衣装デザイン賞を取っただけのことはある。どれもゴージャスなドレスだけど、隣に座ったこのガタイが着た場合……バストアップだけならイケるかも……いや、やっぱ却下だ。
「まるで雲のようにフワフワで薄くて軽やかで。ああっ……触れるだけでもいい」
……そうだった、彼には触れることもできなかったんだ。何を想像してたんだ、僕は!!

「外国ならともかく、日本人にとってキスってのは特別な関係においてするもんなんだよ!!」
「例えば、どんな?」
その目の輝きに(あっ、しまった。もしかして墓穴を掘った?)と思いつつ、「恋人とか、夫婦とか、少なくとも僕と君とではあり得ないよ」
「どうしてです、私はあなたの守護天使みたいなものじゃありませんか?」
暮らし始めたころは簡単に引き下がった彼が、いまや納得する答えを得るまでとことん質問をぶつけてくるようになっていた。(僕の教育が間違ったのか?)
「それじゃ聞くけど、守護天使は守ってる人にキスするのかい? 前例は?」
どうやら言葉に詰まったようだ。当然だろう、天使がキスするなんて人間を惑わすようなものだ。そんなの天使のすることじゃない……たぶん。
「私はただ、あなたにキスしたいなって思っただけなのに……」
(今度は泣き落とし? ちょっと人間っぽくなりすぎてないか? それとも、同調している僕の影響?)
ともかく、僕は無視することにした。
「さっ、お部屋訪問は終了。僕は勉強するから出てってよ」

残暑厳しいその日、僕はスーツで出かけなければならなかった。母方の祖父の三周忌。帰国するか電話すると、「お前、頼むわ」父はいとも簡単に云ってのけた。
新たな経験を前に、ヨザックはいつものようにワクワクし、僕は(寺での法要に天使を連れて行くなんて前代未聞だな)ネクタイを絞めていた。

開け放たれた本堂は結構風通しもよく、読経と蝉の声がハモってたりする。宗教心なんてないけど、なんとなく日本人だなぁ〜と感じていた。
一同で本堂からお墓の前に移動する間、隣を歩いてた伯母さんが「蝋燭、揺れなかったわね。お父さん、来てなかったのかしら。まあ、ふらっと一人で旅行に行っちゃったりする人だったから」とつぶやいてた。
近所のレストランで精進落としの料理をつまみ、「お先に失礼します」と退席したのは夜になっていた。
「一口くらいいいじゃないか、飲めるんだろ」
未成年に酒を飲ます悪い大人はどこにだっているもんさ。父さんを初めとして。

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